王都「ダングム」
門を通過したブロードは普段寝泊まりをしている宿へと早歩きで向かう。店の名前は枕木。
二人の相部屋ではあるが稼ぎの少ないブロードでも寝泊まり出来る数少ない場所だ。
質素な食事が朝夕で二食付きなのもブロードにはありがたい話である。
「おや?もう戻ってきたのかい」
中に入ると女将であるクレアさんが掃き掃除をしていた。
一階にあるテーブルと椅子の並べられた空間は酒場としても利用されている場所だ。
「ただいま。予定が変わってさっきつきました。そう女将さん、ちょっと遠出をする事になりまして。持っていくかはまだ決まってませんけど荷物をまとめておきます。」
しばらく戻らない人のための荷物預りもしてくれるのだ。空いた部屋に別の人が泊まることがある。
「今日は2階の突き当りを使ってくれ。まだ鍵はさしてあるよ」
「はーい。そうそう、今日の分置いとくね」
財布から硬貨を取り出して受付台に並べておく
「明日はどうなんだい?」
道具を片付けたクレアさんが硬貨を確認しながら尋ねる
「祭りのこともあるし、泊まる時にまた払うよ」
「今日飯は?どうする?」
女将さんは宿泊の記録を付けながらブロードの方をちらりと眺める。
「部屋で食べられるものを」
「用意しておくよ」
そう言って女将さんは奥の部屋へと行こうとして振り返る
「そう、今日は1人になりそうだよ」
この宿では足りなくなるまでは1人1部屋が割り振られる。そして長く寝泊まりしてる人ほど相部屋になる可能性が低いのだ。
「じゃぁ寝てるかもしれないから戸の前にでも」
届けてくださいと言い終わると割り当てられた部屋へ向けて階段を登っていった
部屋へと入ったブロードはすぐに扉を開いてフェリールへ報告に向かう。
玉座には姿がないので通路を通って探しに行く。
以前であれば通路の先は穴の底だったのだが、迷宮と繋げることでいくつかの部屋へと行けるようになったのだ。
風呂場の近くにある広間でフェリールは横たわっており、エルドリヒに扇がれていた。
「えっと…王都へ到着したのですが…?」
執事の位置に収まっているエルドリヒに尋ねるような目線を送る
「ただの湯あたりです。少し休めば落ち着くでしょう」
「執事になるんです?」
呼び方もお嬢様と呼ぶようになっていたのでついでに聞いてみる
「外に出る際、不都合のないようにと役割を頂きましたので」
与えられた役割を完璧にこなそうとしているらしい。
「特に指示は無いんですね?」
「街へ行くのは明日と仰っていましたので今日は休まれても大丈夫かと」
「とりあえずお金置いておきますね」
懐から財布を取り出すと近くにある机に置いて部屋をあとにするブロード。
横たわっているフェリールはスヤスヤと寝息を立てていた。
部屋に戻ったブロードは一階の裏手にある井戸で水を汲むと体の汚れを拭き落としてから服を着替えた。
自室へと戻る前に厨房へ立ち寄り、麦パンと蒸した鳥肉のサラダを盛り合わせた料理を受け取り階段を登る。
外はまだ明るく日が沈むまではもう少し時間がある。食事を後にして軽い気持ちで布団へと潜り込んだブロードが意識を失うまでに、あまり時間はかからなかった。
ふと気が付くとブロードは見知らぬ場所にいた。実際は未だ布団の中なのだが、ぼんやりとした意識の中では思いつくことすらできないでいた。
そこは広めの洞窟のような場所で見渡す限り明かりらしきものが見当たらないにも関わらず、太陽に照らされているかのような明るさがあった。
霞がかかったような意識の中でここはどこなのだろうかと感じていると、どこからか呼ばれたような感覚があった。
耳をすまして見渡すと「こっちへおいで」と聞こえたような気がした。
声の聞こえた方向へ歩いていくといつしか洞窟を抜け草原へとたどり着いていた。
太陽の日差しは柔らかく、とても心地よい。
草原の中には1人の女性がたっていた。
手招きをする彼女の
「もっと近くへ」
という声はまるで耳元で囁かれているように穏やかで、優しい音色だった。
その声を聞いていると本能的に従わなければならなくなるような、不思議なものだった。
その女性は鮮やかな金髪を後頭部で一本にまとめた綺麗な人だった。その胸は大きく、それでいてお腹はきっちりと引き締まっている。
身に纏う衣装は扇情的で、かろうじて大事なところが隠れているような大胆なものだ。ブロードが素の状態であれば直視することは出来ないであろうが、ぼんやりとした思考の中では綺麗な人程度の認識であった。
ブロードが近寄ると彼女は両手を広げて彼を受け止めた。
暖かく柔らかい感触に包まれたブロードの意識は心地よい眠りに落ちるかのように、白く塗りつぶされてゆくのであった…
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