冒険者ギルド支部長、フィリップ
冒険者ギルドには休みがない。祝の日も、真夜中も。いつどんな時であっても誰かがいるし、支部長ともあれば住み込んでいることもある。
空が白くなり始めた時間、日の出までを担当している受付嬢ジェリムはあくびを噛み殺し、短く波立たせた髪を弄りながら仕事が終わるのを待っていた。
ほとんどの冒険者は夜に活動しない。時折訪れるのは報告や買取の依頼で専用の窓口へ行くのだ。それゆえに彼女の仕事はそちらへ誘導することがほとんどだ。
そんな彼女の前に現れた若者。武器などの目に付く持ち物の無い身軽な男性。見た限り18そこらではあるがそれなりに綺麗な服装をしている。
彼は短くギルドの支長へ会いたいと言った。
「そうはおっしゃいましても…約束はされていますか?」
それなりに地位のある人物、ましてや朝の早い時間から飛び込み出会えるほど支部長という肩書きは軽くない。
当たり障りなく普段通りの対応をすると困ったような表情を浮かべながら腰に下げた小さな袋をカウンターへと置いた。
「えっと…買取でしたらあちらで受け付けているのですが…」
彼女は基本すら知らないのだろうと内心で溜息をつきながら買取の場所を伝える
「これを買い取るには説明もしなければならないと思いますので」
男性が言いながら袋を開くとそこには握り拳よりも大きな、紫色に輝く宝石の原石があった。
それを見たジュリムは少々お待ちくださいとだけ伝えこのギルドの支部長である男の元へと急いだ。
「ったく、ようやく寝れたと思えばたたき起こしやがって…しょうもない話だったら減給だからな!」
数日後に迫った王国の祝の日、その準備で仕事に追われている男、フィリップはろくに寝れなかったことの苛立ちを隠そうとせずにジュリムへと怒鳴る。
彼が簡単な身支度を整えて向かっているのは受付へ宝石を持ち込んだ男が待っている部屋だ。
元冒険者であったフィリップはそれなりに有名な男だったが、片目の負傷を理由に現役を引退し新人を育てる立場へと移ったのだ。
ジュリムに続いてフィリップが扉をくぐると部屋の中には一人の男が椅子に座っていた。
とても面倒な事が起きると元冒険者の直感が告げているが、話をするためにと机を挟んだ向かい側に腰掛けた。
「で、俺に用があるって言ったな?」
フィリップは睨みをきかせながら話をするように求めると、彼は宝石を机の上に取り出しながら話し始めた
「一つは買取の依頼です。この原石をお願いします。」
国が買い付けるであろうめったに見れない大きさの宝石。その原石を見たフィリップは嫌な予感をつのらせた。
「もう一つはこの町にあるエルの竪穴が1週間後に閉じるってことです」
軽い口調で放たれた言葉にフィリップは目眩を覚えたのだった…
この町が栄えているのも迷宮あってのものだ。その迷宮が無くなるとあれば衰退の一途を辿るのは間違いない。
「つまりだ…報酬としてこれを受け取り、迷宮が無くなることを伝えろと言われたのだな?」
迷宮が閉じる。小さな迷宮であれば度々報告されている出来事であり、内部と外部が完全に切り離されることを意味する。ひとたび迷宮が閉じれば2度は開かないとされていて、中に居た冒険者がどうなったかは知る術がない。
「そうです。その主が言うには旅に出ると言っていましたが」
ブロードから告げられたのはにわかには信じ難い話である。
「で、お前はどうやって主と話をしたんだ?」
フィリップは話が嘘でないかを確認する為に詳しく話を聞く
「転移結晶で帰るものを無作為に呼び出したと言っていました」
「そうか…ではその主について詳しく聞きたいのだが?」
「スケルトンのような魔物…ではなく魔族と言うべきかも知れません。迷宮内の魔物を順次無くすので1週間以内に出ていくようにと」
「もし冒険者が残っていたらどうするか聞いたか?」
「運が良ければ助かるだろうと」
「運が良ければ、か…」
「僕が聞いたのはそれくらいです」
「ジュリム。緊急依頼として何人かの冒険者を使って調査だ。魔物が居なければ速やかに迷宮内の冒険者を呼び出すように手配しろ」
壁際で立っていた受付嬢は話しかけられると思っていなかったのか、慌てながらもわかりましたと言いながら部屋を飛び出していった
「さて、この宝石なんだがな…王都でのオークションに出すことになるだろう。このサイズだとすぐには値段が付けられないからな」
「それもそうですね」
「でだ、2週間もあれば王都で金を受け取れるようにこの宝石の権利書を作るから少しここで待て。金はすぐに必要か?」
「はい、できれば。」
「そうか…それも準備しておこう」
そう言ってフィリップは書類を作るために部屋をあとにした。
その後1週間は予告通り魔物の姿を見ることは無かった。
各階層の大部屋には転移結晶が置かれ、異変を感じた冒険者達は続々と迷宮を後にした。
そして予告から8日目の朝早く、迷宮エルの竪穴はその入口を消したのであった…
誤字脱字報告は感想より。