始まりの話
ゲート、という魔法がある。
移動に使える便利なものだと想像するかもしれない。しかし、この魔法は文字通り通用口として使えそうな扉を作ることが出来るだけなのである。
もう少し具体的に話をするならば、この世界において最も実用性のない魔法とされている理由がこの魔法にはある。それは、扉を壁に貼り付ける魔法とされているからだ。魔力の供給を止めれば扉は消えるし、どんな場所にも扉を作ることが出来る。
好きな時に、好きな場所に扉を作れるが、所詮それだけの話である。ただの壁に出来た扉を開けたところで、その向こう側には壁があるのだ。発動している間だけ目の前に飾りの扉を作れる魔法が、一体なんの役に立つだろうか?
ゲートの魔法を日常的に使う者はいないのだが、魔力消費量だけは無いに等しく初心者の訓練材料として長く存在している魔法である。
世界の評価基準である五属性の魔法に適性がないと診断されたブロードにとって、唯一使える魔法でもあった。
「扉でも作ってろ」という初心者や約立たずに使われる言葉を彼は毎日のように聞いていた。
彼の役割はもっぱら荷物持ちで戦闘に参加することはほぼない。魔法の腕もイマイチだが、剣の扱いもイマイチだったのだ。時折言われたとおりに扉を作っては笑いものにされる、そういった生活をしていた。
そんな彼の日課は扉を作ることだ。朝、寝床の近くに小さな扉を開きひたすらその扉を維持する。距離を離したところで魔力の消費量は一定らしく、繰り返すことで維持できる時間と数は次第に増えていった。
この世界での魔力切れは思考能力の低下というリスクがある。戦闘中に考えることを放棄してしまうと、たとえ弱い相手であっても死の危険が伴うだろう。しかし、黙々と後ろをついて歩くだけの運び屋にはなんの問題もなかった。
「走れぇぇぇ!!!」
グループのリーダー、ジェイクは追手を打ち払いながらメンバーを急かす。
時折ギン、ギン、と金属がぶつかり合う音が洞窟内に響き渡っている
洞窟型ダンジョン蛇の腹。リザードマンの多く生息するダンジョンで彼らは不運にも湧き溜まりに遭遇してしまい、大量のリザードマンに追いかけられているのだ。
片手で足りるほどであればまだ対処ができるのだが、二十を超えるような群れに襲われてしまっては全滅も免れないだろう。
「ジェイク!」
魔法使いのメフィアが準備を終え声をかける
「わかってる!!」
それを聞いてジェイクは壁際へと体を寄せて射線を作ると直前まで彼がいた場所にいくつかの氷の魔弾が通り過ぎ追手に傷を与えていく。
追手は仲間だったものを踏み越えてくる
「メフィア!!」いち早くそれに気付いたジェイクが悲鳴にも似た絶叫をする
「え?」声に振り返るメフィアの目の前には一本の槍が迫っていた
ブロードが気がついたのはジェイクとほぼ同時、魔法を打ち終えたメフィアが振り返り走り出した時だ。リザードの群れの奥から投げられた槍は不運にもメフィアを貫く位置を飛んでいた。
しかし、危ないとは思えど彼は行動を起こす事が出来ないほど動揺していた。そして、ジェイクの一声でようやく思考を取り戻したのである。
まともな思考ができるようになったとはいえ、彼には飛んでいる槍を捕えられるほどの身体能力はない。時間の流れがゆっくりに感じられるような、ほんのわずかな時間に彼は出来ることを必死に考えたのである。そして、彼は一つの答えを導き出した。
ドッと鈍い音が洞窟に響く。
目を閉じて怯えたメフィアが、なかなか訪れない痛みにゆっくりと目を開くと、目の前には1枚の扉が立ちふさがっていたのである
「あっだめだジェイクがまだ…」
そんな言葉を呟いてブロードは魔法を解除する。扉の向こうではジェイクが目を見開いていたがすぐに動き出してメフィアの元へと駆け寄った。
「ブロード、もう1度扉を作れるか?」
ジェイクに指さされた方を見ると、リザードマンたちが体制を立て直した所ですぐにでも追いつかれそうな距離だ。
とはいえ、追い付かれるよりもブロードが扉を作る方が圧倒的に早いのではあるが…
「ふぅ…ひとまずは大丈夫か」
扉の向こうではべちべちと叩く音やガツガツと叩きつけるような音がしている
「で?いつからなんだ?」
洞窟を二分する扉に触れながらジェイクはブロードに尋ねる
「さっき。やってみたら出来た」
「そう…か。偶然とはいえ仲間を失わなくてすんだんだ。感謝する」
言いながらジェイクは頭を下げる
「ありがと。」
それにメフィアが続く
「ねぇブロード。もしかして扉の形を変えられるの?」
それは確信を持った質問だ
「ある程度イメージしておけばそれなりに」
「…いつから?」
メフィアは頭を押さえながら質問を続ける
「あれは…半年前、かな?多分それくらい」
その答えにメフィアは眉間にしわを作ってため息を吐いた
「え?どういうこと??」
重たい空気に耐えられなくなったのは斥候担当のキュリーだ。
「あなたはあまり魔法をつかわないからわからないでしょうけど、少なくともゲートの魔法は細かな調節ができるような魔法ではないというのが一般的な知識よ。ましてや無詠唱魔法にはならないはずなの」
「そうなの?」
ブロードは何気なくやっているがそんな事例は無いということである。
「この話は宿で詳しく聞かせてもらうわ。まずはここを出てからよ」
「それなんだがな、ブロード。あと何回扉を作れる?」
ジェイクが話に割り込んでくる
「20は余裕で」
「メフィア、詠唱付きの魔法を撃て。見たところ回復を待つ時間も稼げそうだ。どうせなら装備を剥いで持ち帰ろう」
その後、扉の向こう側のリザードマンは成す術なく蹂躙されたのであった…
ブロード
黄色よりの茶髪でややたれ目という点を除き特徴の少ない平凡な顔立ち。荷物運びが多く力はそれなりにある。身長は160なかば
ジェイク
やや白っぽい金髪。左のこめかみに傷跡があり強面の度合いをあげている。グループのリーダーで面倒見の良さから知り合いは多い。170後半で両手剣をよく使う。実家がご近所でありブロードのことをメンバーに加えているのはほうって置けなかったからである。
メフィア
淡い緑の髪色でややつり目で整った顔立ち。幅広く適性のある魔法使いであり、献身的な性格からファンが多いが、ブロードの婚約者であり争奪戦にはなっていない。
キュリー
赤い髪にそれなりの顔。愛の探求者と自称しながら様々な女性を口説いているチャラ男。詐欺師に向いているのではと言われるほどに口が上手く手先も器用。片手剣を愛用。170ほど。