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毒牙の泉  作者: たまごいため
悪辣なる意思の萌芽
99/105

背景。

 ケイロネア帝国では、この数カ月を通して粛々と軍備が拡張されていた。

 ロンディノムとの全面戦争と、悲願の大陸制覇に向け、今以上の時期は無いと考えているからだ。

 皇帝アズハン・ケイロネアは、自身の執務室の椅子に深々と腰掛け、虚空を見つめながら思考にふける。

ロンディノムに潜ませている間者によれば、彼の国は現国王が戴冠して以後、財政が急激にひっ迫しており、軍部の予算が急激に圧迫されているとのこと。

 メイウェザー家率いる軍部は、現国王の王権を見限り、地盤固めに奔走している様子。恐らくは、第一王子を擁して、武力を背景に国王の退位を迫っていく方向で動いているのだろう。そして、その根回しを文官率いるロンバルディア家が阻止するように動き回っている、というのが現状という所か。


「先の戦争から100年、すっかり平和ボケをしたという所か。」


 少なくとも、ロンディノムの前王権までは、堅実な王権運営がなされていた。仮想敵国は間違いなくケイロネア帝国であり、レビウス付近に常備軍を配置し、監視を怠るような真似はしてこなかった筈である。

 無論、現状でも常備軍は存在しない訳では無いが、その質の下がり様は目に見えて明らかだ。予算の削減により部隊そのものの規模が縮小され、食事はより簡素で味気ないものに、装備はより貧相なものに、取って変えられたわけだから。

 そして何より、そういった軍備縮小の動きと相まって、国王が王宮で遊び呆けているという噂が流れれば、軍隊の士気は嫌でも下がる。誰のために、何の仕事を任されているというのだ?という疑問が、そこここから湧き上がってい来るのは自明だ。

 ロンディノムは、すでに帝国の手の上にあると言ってもいい。国王の噂を軍部で流し始めたのもこちらの手の者だし、内政にも何名か間者を深く潜りこませている。現王権に発言力の弱いメイウェザー家は自陣の軍隊の士気を底上げするために何かしら策を弄さなければならなくなるし、国王の放蕩ぶりとメイウェザー家台頭とに板挟みになったロンバルディア家に、こちらの様子を伺う余裕は無い。 

 後は、こちらの軍備が整い次第、戦争を仕掛ける。ブラビア帝国の時代より幾度となく煮え湯を飲まされ続けた海洋都市レビウスを落とし、半島を征服した後は、海洋からマーレン河を上り、王都メラクへと一気に攻め入る。アルダーとモレヴィアはこの際無視だ。あれらは半ば自治都市と化している。ロンディノムの王権に傅いている訳では無く、都市の運営が自由に行われさえすれば良い、という態度を取るだろう。

 だとすれば、どの国政が変わろうが最悪国が変わろうが、奴らと態々事を構える必要は無い。使者を送っておくだけで足りるだろう。


「お前たちは余りにも長い間、支配を手にし過ぎたのだルクセリア王家よ。せいぜい、後数カ月、胡坐をかいて居るがいい。」


 アズハンはそう言って一人ほくそ笑むのだった。






 ケイロネア帝国に軍備拡張の動き、という情報をはじめに掴んだのは、ロンバルディア家だった。間者からの定期連絡が途絶え、代わりの者を派遣し、数カ月後に伝書鳩からの文を受け取ったのだ。

 遅きに失した感は否めないものの、宣戦布告が成される前に事態を把握できたのは、ロンディノム側とすれば僥倖であったろう。

 そこからは慌ただしく動き始めた。軍備の特別予算が組まれ、徴兵が開始された。市民は度重なる重税で疲弊していたが、国が滅んでしまえば元も子もない。王都周辺には野盗がはびこり治安が目に見えて悪化し始めていたが、背に腹は代えられぬ。

 そして、国政に於いて発言力のある2大貴族、ロンバルディア家とメイウェザー家の一時的な共闘の必要性が方々から叫ばれるようになった。だが、その進行は捗々しくなかった。あまりにも長い間、内政に従事してきた貴族たちは、自分たちの地位が国ごと脅かされても尚、何処か他人事というか、この国が揺らぐことなどまず有り得ないだろう、というような楽観が蔓延していたのだ。

 特に、この数年間というもの、甘い汁を吸い続けてきたロンバルディア家の派閥貴族たちは、現在の自分の地位を守ることにしか目が行かなくなっていた。


「この戦争が終われば、軍部を要するメイウェザー家が台頭することは必至。どうにかして、我々の側にも戦力を引き入れ、戦争での功を立てる者を見繕って来なければ。」


 ロンバルディア家現当主のアレクセイは、派閥の貴族に対してそのように漏らす。その言葉からも、ロンディノムが敗北するとは露ほども思っていないのは明らかだ。

 

 他方、メイウェザー家は強力な軍人を集めることに集中していた。ロンバルディア家との話し合いなど、今は眼中にない。国を守り、そして功を立て、次期王権にしっかりと食い込む。それこそが当主の目指す所であり、全体の融和を図るというような時間は既に残されていない。彼は現実を良く見ることが出来ていた。だからこそ、各地にメイウェザー家の派閥が出来つつあるともいえる。彼になら任せても良いと言わせる力が、この男、スティグリッツ・メイウェザーには有った。


「まずは、レビウスのガリバルディ家を通じて、アタナシウス家に渡りを付けるのだ。レビウスの武闘派を一纏めにする彼らの力は大きい。今は常備軍も装備が落ち、王国の軍隊を預かる身としては汗顔の極みだが、レビウスの私兵団の力を出し惜しみ出来るような状況では無い。我々も出来るだけの兵を集め、レビウスへと向かわせる予定であるから、そのように伝えてくれ。」

「モレヴィアとアルダーのギルドに、冒険者の兵を募るよう依頼を出しておいてくれ。報酬は厚めに出す。場合によっては、こちらに引き立てても良い。そういう風に臭わせておけば、Cランク冒険者辺りまでは釣ることが出来るだろう。」

「後は、私の方で何とかしよう。一つ、仮に協力して貰えるならば、これ以上ないほどの戦力になるアテがある。そちらは、私が直接連絡を取ることとしよう。」


 スティグリッツは砕けた言葉で部下に指示を出していく。非常にフランクな当主なのだ。簡単に人に頭を下げるし、隠居した家臣などには白い目で見られることも多かったが、貴族制がはびこっているこの世界にあって彼の在り方は新鮮で異端であり、特に軍に従事するような荒くれ者には受けが良かった。

 スティグリッツは指示を出し終えると、王都ギルドへと自ら向かった。今回の戦争での最大戦力へと渡りを付けるためだ。

 彼らがロンディノムの側に着くならば、もしかすると、彼我の戦力差を埋めることが出来るかも知れない。スティグリッツは半ば祈るような気持ちで、モレヴィア・ギルドへと魔道具を通じて依頼を送る。依頼先は、モレヴィア・ギルド情報統括部、シーラ。



 



「ふふ、ちょっと楽しそうな雰囲気になって来たわね。」


 王城の一室、奥の間と呼ばれる一部の人間しか入ることのできない、外部には秘匿された空間。今、アルラウネその内の一つに設えられているベッドに腰かけていた。

 内政へと干渉を強め、国政を裏から動かして楽しもうと思っていたアルラウネは、高級娼婦から国王の妾へとその身分を変化させていた。

 この数カ月で、アルラウネの存在は少しずつ貴族間に広まり、当初の予定だったロンバルディア家の耳にも少しずつ情報が入るようになっていたようだが、同時に何処からか国王の耳にも入っていたようで、王室の方から直接声が掛かった。

 そういえば、国王は色狂い何だったわね、それも亜人に対して。彼女は国王が何故に娼婦の噂話など耳に挟むのかと一瞬訝しんだが、いつぞやの下級貴族の持ち込んだ話を思い出し、納得する。

 正直なところ、内政を牛耳っているロンバルディア家の中へと入ってしまった方が後々やりやすいというのは有ったが、何しろ半分は遊びでやっているのだ。ここからどうやって身を振りながら国政を動かしていってやろうか、その成り行きは見通しが利かなければ利かない程、より面白くなるというモノだ。

 

「ケイロネア帝国と、戦争になりそうだ。」

「余はお前たちを失いとうない。」

「何故、戦争など起こった。」

「余は戦いになど行きたくはない。」


 それに拍車をかけたのが、枕元での国王の吐露だ。どうやら、ブラビア帝国の後釜であるケイロネア帝国が、ロンディノムに戦争を仕掛けようとしているらしい。

 世界がこんなに退屈になってしまっているのも、そういう動きが無かったからだ。アルラウネは内心小躍りしたい気分だった。

 戦争は良い。人間が自分たちの生のために雄たけびをあげ、魂を震わせ、激突し、敢え無く散っていく姿は、死という概念を半ば超えてしまった自分にとってはいつ見ても新鮮であり、心を震わせる一大スペクタクルだ。


「内政を牛耳ったら、そのうち戦争を仕掛けようと思っていたけど、これなら手間が省けたわね。」


 そう言うと、徐にベッドから立ち上がり、部屋のドアと反対側にある窓を手で押し開ける。アルラウネはそこで冥魔術の術式を展開、窓の縁に小鳥を数羽、創り出す。


「あなたたちは私の目。戦争を、その躍動を、余すところなく私に送りなさい。」


 彼女が命令すると、小鳥たちはいっせいに夜空へと飛び立っていった。


いつも有難うございます!


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