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毒牙の泉  作者: たまごいため
悪辣なる意思の萌芽
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浸食する。

「今の王都は、ロンバルディア家が牛耳っていると言って良い。現国王はロンバルディア家出身の皇后の子供であるし、大きな声では言えないが、今は内政をロンバルディア家当主ルクソール・ロンバルディアに任せてしまってる。」

「あら、それは何でなの?」


きょろきょろと辺りを見回すようなしぐさをする男。そんなことをする必要も無いのだが。


「絶対に、口外しないと約束出来るかい?」

「ええ、勿論。私と、貴方だけの秘密よ。」


 甘ったるい声で、先を促す。そもそも、男がどこからか情報を仕入れてきているのだから、私と貴方だけも何もないのだが、自己顕示欲が強い男は満足気に笑みを浮かべると、話を続ける。


「国王は、色狂いなんだ。それも、亜人に対してね。」


ハッと口元に手をやり、驚いた表情をつくる。


「そんな…それは本当なの?」


 国王と言えば、巷では神とも同等。特に1000年以上の歴史を持つロンディノムでは、王権神授説が全く疑いも無く信じられており、国王は神の信託を受けている特別の存在として扱われ、場合によっては神の化身であるとさえされている。それが、色狂い、それも亜人などという、人間族からすれば下等な生き物に対して痴情を燃やしているとなれば、問題になるのは明らかだろう。


「ああ、本当だ。そのために、国王は半年ほど前から奴隷制を無理やり改変し、亜人の奴隷に関する扱いを大幅に緩和したんだ。ここは高級娼館だから大丈夫だと思うが…君の事が心配だよ。」


 男はじっと目を見つめてくる。色恋に踊らされている時の、男の顔だ。


「勿体ないお言葉…でも、貴方様に想われて、私は幸せですわ。」


 色恋に踊らされている男ほど、操りやすい相手は居ない。彼を含め何人もの貴族や役人が、この娼館の、この娼婦の下へと通い詰めてきていた。高級娼婦の顔をした、アルラウネの下に。




 アルラウネが王都に入り、先ず行ったのは情報収集。表の情報、裏の情報を選り集め、現在の世界の姿を描写していく。ルクセリア朝ロンディノムは、この西大陸の覇者として長年君臨し、北のガラハッド王国と南のケイロネア帝国がわずかに残るのみとなっている。そして、王朝が長くなれば付き物である内部の腐敗もまた、お決まりのように蔓延しているようだった。

 それでも国が倒れたり、戦争に敗れたりしないのは、余程残り2国の国力も落ちているとみるのが適当だろう。あるいは魔素の濃度が下がり、戦力差を埋めるために存在していた大魔術がすべからく使用できなくなった、という所も大きいのかもわからない。

 ロンディノムは国家としては斜陽と言ってよさそうだ。国王は毎日遊び呆け、実質的な支配はロンバルディア家に握られている。そのロンバルディア家にしても財務運用能力はかなり低いようで、そこをライバルたるメイウェザー家に付け入られる隙を与えている様子。

 メイウェザー家は今代は内政に深く切り込むことが出来なかったために、名ばかりの軍部を掌握しているが、それ以上にレビウスやアルダー、それにタリンと言った交易都市との繋がりを強くし、財務基盤の強化を図っているようだ。このあたり、メイウェザー家は既に次代の内政進出への布石を打っていると言える。


「それにしても、退屈ねぇ。動きの無い世界っていうのは、死んでるのも同じ。」


 アルラウネは独り言ちる。王都の高級娼館に入り込むのはそう時間のかかることでは無かった。奴隷の事もそうだが、現在の王都は風俗関係についての規制が緩い。街の必要な場所へ赴けば簡単にスカウトを通じて中へと潜りこむことが出来る。後は、ちょっとした魔術を使えば、高級娼婦の出来上がりという訳だ。

 そうして様々な貴族から情報を集めた結果がこれである。若干の落胆があるのは間違いない。何しろ、のっぺりとした時代の踊り場のような場所に出てしまった、という事が解ったのだから。

 とはいえ、考え方によってはここから幾らでも世界をデザインできるという事でもある。次は、退屈しのぎに国政でも動かしてやろうか。アルラウネは今はそう考えていた。そして、国政を動かすということになれば、近づくべきは自ずと決まってくる。その手配を整えるのも、そう難しいことでは無いだろう。


 彼女は一仕事終えると、夜の王都から城壁の外へと繰り出す。王都の門番など、適当に魅了をかけてやればよい。そしてしばらく歩いた後、近郊の林の中の闇に、自分の従者を呼び出す。


「サルガタナス」

「ここに。」


 夜の闇の向こうより、サルガタナスが姿を現す。以前の悪魔のような異形はなりを潜め、黒髪の美丈夫の姿を取っている。アルラウネの指示を受け各地へと情報収集に赴くことになったサルガタナスは、魂を冥魔術によって分割し、人間や魔獣へと憑依させているのだ。


「解っている範囲で、教えてちょうだい。」

「は、先ず、地上における魔素の状況ですが、やはり殆どの地域で失われております。そして、人間どもはそもそも魔素がこの世界に満ちていたこと自体を知らぬ様子。そのことを鑑みると、魔素が地上から失われてかなりの時間が経ったと言えるでしょう。」


 何かを考えるように、俯き、右手を顎に当てるアルラウネ。


「各地域の状況をお願い。」

「は、先ず西ですが、ヒュデッカのみ高濃度の魔素の存在が確認されています。魔獣も他地域に比べるとかなり凶暴で、人間族には立ち入りがかなり難しい地域となっているようです。」


 ピクッと、アルラウネが反応する。それを見て言葉を切るサルガタナス。だが、アルラウネからの言葉は無い。


「続けてちょうだい。」


「大陸中央、パラ大平原は魔素が完全に枯渇している様子。魔獣の姿も見えず、人間が定住する集落も見えません。全くの不毛地帯となっております。」

「北、ガラハッド王国ですが、アルダーとの交易で国を保っている状況と言えるでしょう。独立国家の体を取っていますが、実質的には属国か、自治州のような扱いと言っても過言ではありません。」

「南、レビウスはブラビア帝国を滅ぼしたとされるケイロネア帝国との交易を行っている模様。現在、私の枝が乗船し、ケイロネアに向けて進んでいる状況です。」


 こくりと一つ頷くアルラウネ。先を促す。


「そしてアルダーですが、どうやらこの1000年間、共和制都市国家連合からの攻撃は全くなくなっている様子。ガストラ山脈を挟んで東には大きな変化があったと推測されます。」

「ふぅん?」


 アルラウネはこの話を聴き、初めて少し楽しそうに口角を上げた。そう言えば東側はしばらくお世話になっていないわねぇ?ロンディノムは退屈だし、少し足を伸ばしてみようかしら。


「サルガタナス、ガストラ山脈から東の様子を重点的に調べてちょうだい。」


「御意、そして、我が主、竜族についても、お話がございます。」

「アンガスでの竜族の消失は以前より私の知る所でありますが、どうやらそれは他地域にも言える様子。現行の世界では、竜族の事は半ば伝説扱いされ、存在しないものとされております。また、各地を治めていた龍王に関しても、その存在は全く確認されておりません。」


 竜族が居なくなっている?あの寿命の長い、地上でも類を見ない力を持った種族が、この世界から消え去るなど有り得ることだろうか?否、そんなことが出来る存在は、彼女が活きてきた長い時の中に於いて、一度として現れたことは無かった。


「へぇ?竜族が居ないの。魔素が無くなっちゃったのも、竜王が管理をサボってるからなのかしらねぇ?」


 魔素の塊のような竜族にとって、魔素の無くなったこの世界はさぞかし生きづらいことだろう。果たして、どちらが先だったのだろうか?魔素が無くなるのが先か、それとも竜族が滅び、魔素が管理されなくなったのが先か。あるいは――


「まあ、どっちでもいいわ、もう少し時間が経てば、解ってくることでしょう。あんまり早く色々な事が解ってしまったら、かえって退屈だもの。物事は楽しみに待っている時が、一番幸せなのよね。」

「左様で。」


 まだまだ、楽しめそうな事が残っていたみたいね。アルラウネは内心で浮かれるのを抑え、サルガタナスに退去を促すと、静かに王都へと踵を返した。


いつも有難うございます。

西洋貴族よりは、日本の平安時代みたいのを意識しました。

もうちょっとちゃんと日本の勉強をしておけばよかった…

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