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毒牙の泉  作者: たまごいため
悪辣なる意思の萌芽
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時間を操る。

「ねーねー、もうやめるの?いつまでそうして居るつもりなのー?」


 トウテツが喋りかけてくる。今、俺は並列思考の最中で、構っていられない。誰か!相手をしてやってくれ。


「…。」


 ウダルにやらせるな!状況が全く変わってない!マイヤ、話合いそうだから、適当に相槌打っておけ!

 私はマイヤに念話の主導権を譲る。ともかく、術式を完成させるのが先だ。


“ちょっと待っててねー。今家族会議中だからさー。終わったら一緒に遊ぼう!”


「え?あ、はい。っていうか誰?」


“マイヤでーす。お兄ちゃんから担当変わりましたー。仲良くしてねー。”


「うーん、調子狂うなあ。でもいいよ。鬼ごっこスタートってことで良い?」


“いやー、家族会議がまだ終わってないからー、もう少しそこで待っててくれる?”


 良い調子だ、マイヤ。術式が組み上がるまで、もう少し粘ってくれ。トウテツがこの術式に対抗できるかどうか解らないが、今の私達にはこれしかないのだ。





「調子、狂うなあ。」


 鬼ごっこを再開できると思ったんだけど…あの人、何かに気付いちゃったのかな?

家族会議って何の事だろ…変な人だなぁ。


“ねー、トウテツはさ、好きな食べ物とか、無いの?”


 唐突だし。性格も言葉遣いも、ついでに声色も、変化し過ぎだよね。


「うーん、僕はこう見えて精霊だからねぇ。ものを食べたことが無いんだよね。」


 でも、こうしてお話するのは嫌いじゃない。何しろ、初めてのお客さんだ。鬼ごっこで優しくするつもりは無いけど、それ以外の事だったらむしろ仲良くしたい。


「マイヤは、何か好きな食べ物はあるの?」


“えっとねー、ヒュドラ?の肉、とか?”


 おおう、物凄く美味しくなさそうな…それ食べ物なのかな?


「ヒュドラの肉って…食べるものなの?」


“うん、お兄ちゃんはいつもヒュドラの肉をモリモリ食べるんだよ。僕も好きかなー。魔素が濃い肉の方が美味しいんだって!”


 はあ、そうですか。僕も長いこと生きてるつもりだけど、初めて聴いたなあ。


「じゃあ、今度ここから出たら食べてみようかな。」


 なんてね。僕がここから出ることは、無いんだけどね。


“それがいいよ!僕が一匹やっつけてくるから、一緒に食べよう!”


 物騒なお子さんだなぁ。


“あ、準備が出来たみたいだよー。念話代わりますー。”


 …調子、狂うなぁ。この人ほんとに。


“あー、聴こえますか?テレスタです。これから、私、あなた、捕まえる。”


「???、えー、はー、ハイ。頑張ってください。」


 じゃあ、再開ですねー。っと?誰ですか、僕の右肩を叩くのは?


“ハァ、ハァ、捕まえた…。”

 

 



 クロノスは回復魔術を今まで、自然治癒能力の高速化を促して発現させていた。しかし、回復魔術には、実際にはもう一つのジャンルがある。それは、時間を遡及する回復魔術で、そもそも怪我もダメージも無かった事にする、という代物だ。

 それは、はっきり言って存在すること自体は理論上確認されているものの、実際に使用できるかどうかは殆ど謎に包まれているといって良い。今までに挑戦したものは数知れず居るのだが、そのどれもが失敗に終わっている。何しろ、消費する魔素の量が桁違いであり、人間族には当然それに耐えられるものが居なかったのだ。

 もしかすると、過去のウロマノフ台地の龍王の中には、この術式を完成させている者もあったかもしれないが…今となってはそれは解らない。ただ、確実に言えることは、無属性魔術は時間に干渉する術を持っているという事である。


 さて、そこで私はクロノスと一緒になって考えた。時間遡及は今のところ置いておいて、時間停止であれば手持ちの魔素でも可能なのではないか、と。

 この場所は幸い魔素の濃度はかなり濃い。術式がひとたび発動してしまえば時間そのものが止まるので魔素の補給は出来ないかもしれないが、それまでに体中に魔素が行きわたっていれば、あるいはこの術式を完成させることは可能なんじゃないだろうか。

 

「クロノス、どうだ、行けそうか?」

「主よ、時間停止そのものは難しくないようです。問題は、停止した世界の中を我々が動くことが出来るか、という事。恐らく、何もかも停止してしまえば、目の前の世界そのものが見えなくなる可能性があります。ギュネシ術式を参考にするなら、光にも速度があると思われます。ならば、時間ゼロであれば速度もゼロになるという事。私たちは、景色の見えない世界の中を相手の下まで進まねばならないということになります。」

「ううん、それは、考えてもみなかったな。解決策は?」

「時間停止と、空間転移の併用です。空間転移は空間の座標を基に行っておりますから、空間転移の移動先の座標さえはっきりしてしまえば、停止中の世界であったとしても正確にその場所まで移動できると考えられます。」

「じゃあ、それで行こうじゃないか。」

「ただし、空間転移の座標を描くときには多少ではありますが術式による魔素の流出が起こります。トウテツがそれに気づいてしまえば、瞬間移動を反射的にしてくるかもしれません。そうなれば、いかに時間を止めたとしても、トウテツの場所が解らなくなってしまいます。

 そこで、主にはお願いがあります。私が座標を割り出す一瞬の間だけ、トウテツの気を引いてほしいのです。ほんの一瞬、トウテツがその場に留まろう、と思ってくれるだけで、この作戦は成功するはずですから。」

「お、おう、奴の気を引けるように頑張るよ。」

「勝負は一度きりで、外せば魔素が回復するまで暫くは動くことも出来ないと思います。主よ、一度で決めましょう。ネタがばれれば、トウテツにも通用するとは思えません。」

「わかった、それで行こうじゃないか。」


 私は深呼吸を一度。スーッ ハーッ

 よし、チャンスは一度きり。行くぞ!


「マイヤ!」

「あ、もういいの?じゃあ念話代わろうか?」

「うん、トウテツにも一言伝えてくれ。その間に時間を稼ぐから。」


“あ、準備が出来たみたいだよー。念話代わりますー。”


 マイヤの念話に、動きを止めるトウテツ。

 瞬間、クロノスがトウテツの背後の座標を割り出す。少しだけ、術式を発動するための魔素が漏れ出す。

 よし、今がその時!


“あー、聴こえますか?テレスタです。これから、私、あなた、捕まえる。”


 やばい!緊張しすぎて、片言になっちまった!トウテツは...


「???、えー、はー、ハイ。…


 よし、何とかごまかせたぞ!クロノス、後は頼む!

 私がそう思うよりも早く、空間は全ての光を失い、音も無い真っ暗な闇に包まれた。これは…術式が発動したのか?と、ともにゴッソリと身体の中身を抜かれてしまったような虚脱感。ま、まずい…魔素が、切れる…


「クロノス、今、何処だ?」

「主よ、もうトウテツの背後に回り込んだはずです。術式を解除しますよ!」

「ちょ、ま!」


 待って!と言う前に、目の前に光が戻って来た!トウテツは…目の前数センチだ!


…頑張ってください。」


 トントン、やった、やってやった。触ったぞー!


“ハァ、ハァ、捕まえた…。”

 

 私はそう言うと、魔素切れのためにフラフラになった身体を横たえ、意識を手放した。






 ハッとして起き上がる。

 目に映るのは、発光する鍾乳洞の天井。そして、視線を下ろすと、右肘を地面に着きながら転がる、トウテツの姿。あ、あれ?


「おはよーさん、今日も元気にいってみよう!」


 マジか…夢、だったのか?

 身体のダルさも取れているみたいだし…また新しい術式考えにゃあかんのか。


「…なんつってね。ちょっとからかいたかっただけー。」


 ?、という事は…


「うん、お見事でした!僕にも使えない時間停止魔術、だったんだよね?いやー、流石です!」


“ちょ、おま、人が悪いだろ!”


「いやー、だってなんか悔しいじゃない?少しくらいからかってやろうと思ってさ!」


 トウテツはからからと笑った。その笑顔には悔しさは全く浮かんでいない。さっぱりとした、後悔の無い笑み。私も、その屈託のない笑顔に毒気を抜かれて、心に浮かんでいた筈の苛立ちや不安はどこかへ行ってしまった。


「さあ、それじゃ僕にもう一度触れてみて。封印の間へと転移をするから。」


“そんなこと言って、また逃げたりしないだろうな?”


「ははっ、大丈夫だよ、僕も龍王と契約した精霊だ。試練が終われば送り届けるのが僕の使命だからねー。」


 精霊というものは、契約に対しては従順だ。それは、契約を違えると存在そのものが消失するからだと言われている。トウテツは恐らく私を送り届けた後は精神世界へと還ってしまうのだろうが、契約を違えてそれすら叶わなくなる、なんてことはしたくないのだろう。


“そうか、じゃあ封印の間までの道案内をお願いしようかな。”


 そう言って、私は、スルスルとトウテツの傍らまで進み出て、その白銀の毛並みに触れる。少しゴワゴワとして硬いが、魔獣たちのもつ硬質なそれとは違って、ごく普通の動物の毛皮、という感じだ。

 

「じゃあ、空間転移を行うよ。僕自身がゲートとして発動する術式だから、しっかり掴まっていてね。」


 私が触れているのを確かめると、トウテツは空間転移の術式を静かに発動した。




いつも有難うございます。

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