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毒牙の泉  作者: たまごいため
悪辣なる意思の萌芽
94/105

白亜の台地攻略。

 ウロマノフ台地。太古の昔より、非常に高いアルカリ性の水が湧き出しており、それが悠久の時間をかけて幾層もの石灰岩の台地を形成し、特有の生態系を育んできた。

 石灰はモレヴィアをはじめ周辺の多くの町で利用されているが、その奥地に足を運んだことの有る人間族は居ない、とされている。

 その原因は、一つには、行く手を阻む強力な魔獣たちが居ること。そして、もう一つには空間転移の魔術が張り巡らされている、という事。

 以前にAランクの冒険者パーティがモレヴィアに集い、ウロマノフ台地の攻略に乗り出したことがあった。この地の魔獣は凶暴とはいえ、精々単体でCランク、群れでBランクの脅威でしかない。Aランクのパーティであれば、その最奥まで手が届いたとしてもおかしなことは無い筈だったのだ。

 台地の麓を出発してからしばらくは、快進撃が続いた。予定通り、魔獣は大した強さでは無かったし、今回は複数パーティで臨んだということもあって、体力面や魔素の残もそれほど気にならなかった。魔獣の素材も大量に手に入りつつ、調査が終われば別途の報酬も出るとあって、こんなにおいしい依頼は久しぶりだと、お互いに顔を見合わせて笑ったものだ。

 だが、ある地点から話ががらりと変わった。その辺りはまだ切り出されていない真っ白な白亜がテーブル状に並ぶ地形で、さながら真っ白い巨大なキノコが地面から生えているような風景だった。

 そこから先は誰しもが踏み入れたことのない場所だ、という事で、各パーティは拙攻役を決め、送り出した。だが、いつまでたっても拙攻からの連絡が無い。いくら何でも遅すぎる。魔獣の気配も無い。それに彼らは罠についてもかなりの知識を持っているシーフ達だった。仕掛けがあれば、それを解除できる筈だし、その連絡だって寄越すはずだ。

 丸一日が経過し、拙攻を救出するという判断を下した一行は、警戒をしながら台地の上を目指した。暫くキノコ状の大地を昇り降りすると、大きな白亜の一枚岩の上に出た。その中央に彼らパーティが踏み入れた瞬間、眩いばかりの光が全員を包み込んだ。すわ、敵襲か!?と身構えた一行は、自分たちが立っている場所が今の今まで立っていた白亜の台地ではない事に気付く。何か見覚えのある場所だ、と思ったその場所を少し見回して、彼らは直ぐに気が付いた。そこは台地へと続く山道の入り口だったのだ。数日かけて登った道のりが、いきなり振り出しに戻ってしまったわけである。

 シーフ一行もその場所で待機していた。彼らもまた、何もわからずにここへと飛ばされたという訳だ。

結局、一行はその情報だけをモレヴィアに持ち帰ることとした。空間転移への対策など持ち合わせてはいないし、その準備がもし出来るにしても莫大な費用と時間がかかるだろう。彼らはあっさりとウロマノフ台地の攻略は諦め、方々に散ったのだった。


 …なるほど、この場所が、その転移ゲートなわけだ。


「クロノス、術式は見えるか?」

「主よ、間違いなく、この更地の上空に魔術陣が固定されています。解除はそれほど難しくありません。」

「よし、やってくれ。」


 キラリ、と上空が光る。クロノスの術式に反応して、魔術陣が姿を現すが、それが直ぐに輝きながら崩壊していく。


「お見事、ですな。」


 シェオルが呟く。そういえば、シェオルはアンガスの封印を解放した際にもれなく進化を果たしている。姿かたちは、半透明のぼんやりとしら存在。何とも形容が出来ないが、頭頂部が光っており、一応竜の形をしているのだろう、とは解る。

 

「進もうか、ウダル、風をお願い。」

「…解。」


 フワリと身体を浮かせると、テレスタは次の地点へと登っていく。転移ゲートがいくつあるのか、解ってはいない。ただ、クロノスに空間転移の術式を解除して貰いながら、一歩一歩進む他ないな。

 

「主よ、上空から何か来ます!」


 唐突なクロノスの叫びに反応して、上空を素早く見ると、この台地と同じような真っ白な羽毛をした、鷲のような魔獣の群れが円を描いて飛んでいる。

 …蛇が、主食なのだろうか。完全に目を付けられたな。


「見たことのない魔獣だが…ウダル、撃ち落とせるか?」

「…可。」


 そう言うと、ウダルは風の刃を上空へ向けて放った。猛烈な勢いで、敵に向かって飛んでいく半透明の刃。当たれば無事では済むまい。

 

「!?」


 思わず、私は息を呑んだ。ウダルの風の刃が相手を捉える、と思った瞬間、その姿が消え、その爪が目前へと迫っていたからだ!


「炎壁!」


 アグニが咄嗟の判断で炎を繰り出す。瞬間移動して襲い掛かって来た鷲は、しかし炎を見ると瞬間で離脱し、気付くとまた上空へ戻っている。


「厄介だな、こちらが術式を出すのを上空で待って、次の術式とのタイムラグの間に仕留めようってわけか。皆、何か対策は在るかな?」

「周辺ごと燃やし尽くせばいいんじゃねぇの?」

「合成魔術でウダルと僕の撃ち落としちゃえば?」

「そもそも、相手にしなきゃいいんじゃね?」

「お、ギュネシ、それはありかもな!」


 私はギュネシ案を採用することにした。アグニの炎壁を張りつつ、無視してしまおう。要するに、突っ込んでこれなければ良い訳だから。


「よし、先に進もうか。」


 白鷲は上空から追って来ているようだが、無視と決めたら無視なのだ。私は冒険者と違って、素材を集めたいわけでも依頼を受けてるわけでも無い。戦わなくて済むなら、それでいいのだ。


 やがて、いくつかの空間転移を解除して登っていくと、真っ平らなだだっ広い丘に出る。ここが取りあえずのウロマノフ台地の頂上、ということになるだろうか。モレヴィアの町全体をすっぽりと収めることが出来るくらいの広さがある。中々に壮観である。


「シーラ部長に伝えたら喜びそうだな。」


 そう言えばシーラと連絡を取るのをすっかり忘れていた。まあ休暇中ってことになっているから良いだろうけど、これが終わったら連絡を取ってみよう。それとは別に、お願いしたいことも出来た。


「それにしても、何もないな。魔素は少しずつ濃くなっている感じはするのだけど、肝心の出どころらしいものが見当たらない。」

「主よ、正面に魔術陣が設置されています。解除しますか?」


 うーん、考えるな。今まで手あたり次第に解除してきてしまったけど、ここまで来て何もない、となると途中の空間転移はもしかして正規ルートに繋がってたんじゃないだろうか?単純に頂上まで行けばいいと思っていたけど…もし正規ルートを見失った、とすると完全に行先をロストしたことになるな。うーん、どうしたものか。


「主よ、仮に入り口まで戻されるとしても、ここまではやって来たわけですから、すぐにこの場所に戻ることは可能です。一度、魔術陣に飛ばされてみるのも一つかと。」


 そうか、まあそれはクロノスの言うとおりだな。ここはひとつ、この頂上に態々設置されている魔術陣に入ってやることとしよう。

 私は真直ぐに魔術陣へ向かう。

 瞬間、


バササササ!


 複数の羽音と、鋭い鉤爪が、目前まで迫る!アグニの炎にもお構いなしだ。奴ら本気を出してきやがったな!


「どうやらここが当たりってわけか?」

「取りあえず炎のドームで俺らの防御は固めたが…っておい!」


 アグニが妙な声を上げる。見れば、炎の空間が破け、そこから鷲が突っ込んで来た。

 ザクッ

 体表が抉られ、鮮血が舞う。この身体に、爪の攻撃は馬鹿にならない。というか、ホントに食べられてしまう。大鷲の爪に引っかかってプラプラしている自分の姿が目に浮かぶ。


「クロノス、空間魔術を解除!本気モードだ!」

「御意!」


 私は本来の身体の大きさに戻ると、鷲の群れと対峙する。いつの間にか10や20ではきかない数の鷲が上空に集まって来ていた。


「なんだ、地味な守護者たちだが…やりにくさはどこも同じって感じだな。」

「大将、さっきは炎の空間ごと吹き飛ばされたみてぇだ。空間魔術以外で対抗するのは難しそうだ。」

「なー、兄貴、光だったら捕捉すれば空間魔術の発動前に間に合うと思うぜ?」

「何故それをさっき言わない!」

「いやー、なんか闘うの面倒くせー、と思って…。」

「バカヤロウ!もっと面倒なことになっただろうが!ともかく、アイツらを捕捉だ!」

「えー、戦わなくてイイなら、それでいいって言ってたじゃないっすか…」

「うっせ!準備だ!」


 上がりかけていたギュネシの株が、著しく下がる。いや、殆ど私の所為か。

 だが、そうと決まれば、後は簡単だ。追尾も何もつけない簡素な光魔術で、奴らを撃ち落とす。ギュネシが術式を展開し、トンビの様にグルグルとノンビリ旋回する群れの一羽一羽の補足が完了する。


「撃て!」


 刹那、パパパパパパパパパン、と乾いた雷鳴のような音が、ウロマノフ台地を包み込んだ。


いつも有難うございます。

お陰様で、創作意欲が戻ってきました。

やっぱり書いてないと話って思い浮かばないモノですね。


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