契約。
“次の動きなんだけど、私はウロマノフ台地を攻略してしまおうと思う。あそこは一度行ったことがあるから、転移魔術で跳んで真っ先に攻略が出来る。もしかしたらクロノスの空間魔術が進化して、今より便利になるかも知れないしね。”
テレスタは言う。
“だけど、ウロマノフ台地は無属性魔術が使えないと攻略が難しい場所でもある。アンガスと同じように、今回も私一人で向かう事になると思う。そこで、みんながその間どうするかについても決めておきたい。”
カーミラが真っ先に手を上げる。
“えっと、はい、カーミラさん。”
会議らしい会議などやったことが無かったので、ぎこちない進行だ。
「私は、しばらくこのエルフの里に残ろうと思うの。起きてからルノと一緒に色々試してみたんだけど、どうも私の魔素の出力が余ってしまってるみたいなんだよね。ルノのフルパワーを出しても、だいぶ力が余ってしまうの。彼女は昔から一緒にいる友達だし、もう家族みたいなものだからこれからも一緒に居るつもりだけど、戦闘とかには別に精霊を使役する必要があると思う。」
“それで、エルフの里に残ってより闘いに向いた精霊を探そうという事ですね。”
オリヴィアが尋ねる。
「そう、イネア周辺にはあまり精霊は居ないし、ここだったら多くの精霊と話すことが出来るしね。」
もちろん、ダークエルフ達が暮らすイネア周辺にも精霊が居ない訳ではないが、この土地の様に精神世界と地上とのレイヤーが近い、という訳ではなく、様々な精霊と話をするにはエルフの里が持って来いなのは間違いない。
“ふん、私はお払い箱ってわけね。”
ルノが勝手に顕現して、ぷいっと顔をそむけながらほっぺたを膨らまして、「私は不機嫌なんだ!」とアピールしている。まあ、それも仕方ないことだ、何しろ30年も連れ添ったパートナーなんだから。
「ごめん、ルノ。ルノの力が必要なくなったわけじゃないんだよ?でも、私たちも1年後、魔素喰いと戦わないといけない。そのために力を出し惜しみしたくないんだ。」
カーミラは申し訳なさそうにルノに話しかける。ルノはチラっと視線をカーミラに送り、「ふんっ」という雰囲気でまた視線を逸らしてしまう。彼女自身も解っていない訳では無いのだ。これは言ってみればただの八つ当たり、シルフィードという精霊の限界、彼女の力ではカーミラをフルにサポートするには足りなくなってしまったという不甲斐なさの裏返しでもある。
ルノにそっぽを向かれてしまい、苦笑するカーミラ。まあ、仕方ないよね、さっきも2人で話し合って決めたことなんだし…と、半ばご機嫌取りは諦める。
“…別に、カーミラが要らないって言っても、勝手について行ってやるんだから。”
「要らないなんて言ってないでしょー、闘いの時だけ別の子に代わってもらうだけよ。」
まあ、この二人は大丈夫だろう、とテレスタは判断して、ミスティとオリヴィアに向き直る。
“ミスティはどうする?”
「私は、ちょっとヒュデッカの奥で修行かな。最近良く思うんだけど、スタミナ不足なんだよね、私。術式がいちいち大雑把すぎて、持久戦に持ち込まれると結構きつい。今まではただぶっ放すだけで大抵の魔獣は仕留めることが出来たけど、これからそうも行かない可能性があるものね。」
フレスヴェルグとの戦いは彼女にとってのターニングポイントになっている。強力な術式だけでは捕らえられない相手。のらりくらりと持久戦に持ち込むことのできる相手に、今のミスティのスタイルは随分と後れを取っている。
「風の術式をもっと合理化して、魔素の消費を抑えて行けるはずなんだ。今まではそんな事考えたことも無かったけど、魔素喰いってどうにもパワーでぶつかってくるタイプの相手だとは思えないのよね。だから、なるべく簡単な術式で強力な風を呼ぶことが出来るようになっておくべきなんじゃないかって。」
竜化したミスティがその考えを踏襲して、頑張って合理化に励めるのかどうかはさておき、必要な事ではあると思う。彼女がバトルバカでなければもう少し色々な戦術も掴めていたのだろうに…何百年も暴れてきたのに今のスタイルとか…ねぇわ。とテレスタは内心思うが、口に出すと明日の日が拝めないので、自重。
“私も、実はヒュデッカに戻って修行をし直そうと思っていたのです。”
オリヴィアもまた、悩んでいた。アルダーでもエクリッド氷原でも、自分は肝心な時にダメージを負ったり、魔素が切れてしまったりしていた。ミスティの様に魔素をドカ食いしたわけでも無いのだが、彼女の場合は魔素を持っている量が少ない。結局魔素が無くなってしまえば足手まといでしか無い訳で、それは今後絶対に避けたい事だった。
“このパーティ、攻撃の面ではミスティとテレスタ様がいらっしゃれば問題は無いと思うんです。ですから、私はサポートの魔術をもっと洗練させたいと思っています。”
光魔術というのは、そういう意味では非常に良いサポート能力を持っている。目くらましもそうだし、透明化もそうだ。彼女は夜這いの時にしかそういう魔術を使って居なかったが…何故戦闘中にそれを使わな勝ったんだ!と、今更そのことに気付くテレスタ。
“わかった、じゃあ、ミスティとオリヴィアは私が毒牙の泉まで送り届けよう。二人で組みながら、ヒュデッカの西で修行を積んでくれ。くれぐれも、無理はしないでね。あそこの魔獣は本当に厄介だから。数も多いしね。”
一抹の心配を持つテレスタだったが、まあ彼女らだったら大丈夫だろう。魔素切れの心配も無いし。
“じゃあ、決まりだな。私がウロマノフ台地を攻略したら、カーミラをここに迎えに来て、そのままヒュデッカまで帰還する。その後の事は、その時にまた決めようか。”
「「「わかった」」」
カーミラは、テレスタ達を見送った後、エウロパの下を訪れていた。実はもともと、彼女がエルフの里に残る目的ははっきりしていた。「色々な精霊と話をする」などと言っていたが、実際には話をする相手は初めから一人と決めていたのだ。
“随分、緊張されているようですね?カーミラさん。どうかなさいましたか?”
その決意をすでに知って居るかのように尋ねるエウロパ。彼女は今、先日宴会があった村の広場の切り株に腰かけている。周りにはお付きの精霊というか、単に顕現するのが楽しい精霊たちが何体か、浮遊している。そろそろ彼らも精神世界へと還らなければならないから、名残惜しいのかも知れない。
「ええ、少し、緊張しているかも。」
緊張している、と口に出して伝えたことで、少しだけ心にゆとりを持つことが出来たカーミラ。スッと深呼吸をすると、話を切り出した。
「実は、お願いしたいことがあるんです。」
“なんでしょうか?”
「先日、守護になった後から、ルノと一緒に色々試しているのですが、どうにも私の力が余ってしまうんです。」
一つ頷くエウロパ。続けて?という視線をカーミラに送る。緊張でゴクリ、と喉を鳴らすカーミラ。
「私は、今の自分の力をフルに使う事の出来るパートナーと組みたい、と思っています。」
そこで一息。一度瞳を閉じて、「よし!」と自分の中で一つ気合を入れると、真直ぐにエウロパの目を見て切り出す。
「エウロパ様、私のパートナーになってもらえませんか?」
単刀直入に。ストレートに。余計な説明も説得も付けずに。それが一番いい。カーミラは直球で勝負することにした。これで撃ち返されたら、それでいいのだ。
“…ルノは、どうなさるのですか?”
静かに問い返すエウロパ。
「彼女は私の家族のようなものです。このまま何処へでも一緒に旅をしていこうと思っています。ですが、闘いというのはそれとは別の事。私とルノでは、闘いに向いているとは言えないと思います。」
“この現代の魔獣と対するだけなら、十分のような気もしますが?”
「ええ、ただ魔獣と戦うだけなら十分かも知れません。でも、私達が今後対峙しなければならないのは、魔素喰い。竜王8人がかりで、倒すことが叶わず封印するほか無かったほどの存在です。魔素喰いが復活したその時、私はルノとただ手をこまねいて見ているだけなのは嫌なんです。私は、私の手でこの世界を守りたい、その力になりたいんです。」
カーミラは切実だった。魔素喰いがひとたび封印を解かれ、この大陸全土に拡散すれば、残り僅かな魔素は全て吸い尽くされてしまうだろう。このエルフの里も、愛するヒュデッカも、すべてが枯れ果てる。そんな事はさせない、私の出来ることだったら、何だってやって見せる。と彼女の瞳は訴えていた。
フッと頬を緩ませるエウロパ。
“…決意は固いようですね。守護となって、迷いがなくなったのでしょうか。解りました、貴方の力になりましょう。”
「ほ、本当ですか!?」
“ええ、私も、今のままではこの森が蹂躙されるのを見るだけの存在でしかありません。もしもそれを止めることが出来るなら、その事に力を注ぐのも吝かではありませんよ。”
エウロパもまた、魔素喰いの脅威が如何程なのか、直接的にでは無いにせよ把握していた。自分の創り出したこのエルフの森、そうそう簡単に破壊させてたまるものかと、内心思っていたのだ。
「有難うございます…本当に、有難うございます!」
言葉の見つけられないカーミラは、しかし満面の笑みでもってエウロパに感謝を伝える。
二人は互いに握手を交わし、ハグを交わして、パートナーとして契約することになった。私達の森を守る、という決意とともに。
有難うございます!
暫く投稿が空いてしまいましたが、気付いたらブックマークと評価を頂いてました!
有難うございます。
今後も更新頑張っていきます。




