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毒牙の泉  作者: たまごいため
悪辣なる意思の萌芽
92/105

進化。

 テレスタはこれをどう判断するべきか迷っていた。アンガス大地溝の封印は無事解くことが出来たが、スッキリとしないモノが残る。アンガスを守っていたであろう魔法生物の残骸。そこから居なくなったのであろう、アルラウネの存在は、どのような位置に持ってくるべきものなのだろうか。テレスタ自身の行動を阻害するものなのか、それとも全く関係のないところで行動しているだけの存在なのだろうか。

 だが、いずれにしても、今は魔素喰いの方がはるかに重要だ。何しろ、時間が無い。それに、エルフの里で話し合った時にも、先ずは魔素喰いの事が先決であり、アルラウネについてはともかくもそれが終わった後の話だと結論付けた筈だ。エウロパには再度アルラウネの事を聴いておく必要があるかも知れないが、ともかくテレスタは残りの封印を解きながら、来たる年の月食に備えなければならないのだから。


「主君、心配には及びません。アルラウネという精霊、確かに強力なようですが、私がその術式を抑え込んで見せましょう。」

「うん、そうだな。シェオル、頼りにしている。」

「まあ、ちょっと不気味だが、今すぐどうこうって相手でもねぇだろ?」


 アグニの言う通りかもしれない。それに、独りで考えていても埒が明かない。テレスタはともかくもエルフの里に帰還することにした。カーミラの体調のこともある。もうじき起き上がる頃だろう。カーミラの調子が整ってから、次の行動を開始しても遅くは無い。






「…うん?」


 あれ、わたし、どこにいるんだろ?天上に、大きな木の節が見える。随分大きな木を伐り出して創ったもので有るらしい。少し肌寒い空気が流れている。イネアの村ではこんな気温にはならない。そもそも、こういう造りの建物はイネアには存在しない。

 カーミラはゆっくりと自分がどうなったのかを反芻していく。


(エクリッド氷原から戻って来て、宴会があって、ミスティに慰めてもらって。それで、ええと、そうだわ、私はテレスタから守護に任命してもらったんだった。ええとその後は、猛烈なめまいが来て…。眠ってしまっていたのね、きっと。)


 そこまで思い出すと、徐にベッドから身体を起こす。ギシギシと音のなる木製のベッドは、エルフ達が丹精込めて作成したのか、少し精霊の加護を感じることが出来る。お互いが認め合って、ある程度の木材の私用が精霊の方から融通されているのだろう。ダークエルフはなるべく樹の切り出しは行わずに、もっぱら自然にある樹を精霊たちの使役で変形させて使うのが一般的だが、エルフ達は精霊と細かく契約を結んで、切り出しの許可を貰っているらしかった。

 カーミラはきょろきょろと辺りを見回す。


(みんなは、出払っているのかな?)


 ベッドに腰かけながら、しばしの間ボーっとするが、僅かに林のざわめきと、小鳥の声が聴こえてくるばかり。内にも外にも、人の気配は無い。視線を部屋の隅に移す。そこには一台の姿見が置かれている。水鏡を木枠に固定したのだろうか?器用な事をするものだ。

 カーミラはゆっくりと立ち上がると、鏡の前へと歩み寄る。そして、そこに映し出された姿に息を呑む。


(え?これ、私?)


 肩口で切りそろえられていた筈の髪の毛は腰まで伸びており、くすみのない純白へと変化している。顔かたちは変化が無いが、耳が伸び、肌の色も少し明るくなっただろうか。

 身体のラインはやや中性的な雰囲気に代わり、以前のような出る所は出ている、というダークエルフ特有の体つきから、スレンダーなラインに変化していた。

 

「…わたし、強くなったのかしら。」


 そんな独り言を漏らす。ふと、思い出したようにルノを呼び出してみた。直ぐ傍らに呼び出された彼女は、カーミラの今の姿に歓声を上げる。もっとも、念話なので音は無いのだが。


“スッゴーイ、カーミラ、美人さんになったね!一気に大人っぽくなっちゃった!”


 カーミラの回りをクルクルと飛び回るルノ。


「そう…かな?ありがと、ルノ。」


 美人になったと言われると満更でもない。何だかちょっと身体のラインが貧相になってしまったと、若干ショックを受けていたが、悪いことばかりでもないか。


“ああ、カーミラさん、目を覚まされたのですね。”


 ルノと別の念話が聴こえ、振り向くとそこにはエウロパの姿。カーミラの姿かたちを確認して、一つ頷くと、


“どうやら、エルフ・ロードになられたようですね。”


 と、何でも無いように言う。小首をかしげるカーミラは、問いかける。


「エルフ・ロードですか?聴いたことのない種族のようですけれど…。」


“ええ、エルフとダークエルフはそれぞれ祖先と言える強力な魔力を持った種族が居ました。今はエルフとダークエルフそれぞれに溶け込んでしまいその力は殆ど残っていませんけれどね。”


 聞けば、エルフ達は元々ハイ・エルフから血を分けられた精霊であり、ダークエルフ達はエルフ・ロードから血を分けられた精霊なのだという。それが少しずつ土地に馴染んで肉体を持ち、一つの種族して定着していったと言われている。現在はハイ・エルフもエルフ・ロードも精神世界へと戻り、顕現することはめったに無いという事だ。


“先祖返り、とでも言いますか、あなたに流れた大量の魔素がエルフ・ロードの受肉した姿へとあなたの身体を変化させたのだと思います。その力も、一般のダークエルフとは比べ物にならない程だと思いますよ。”


「本当ですか!?…良かった、これで私もみんなと一緒に進んでいくことが出来る。」


 カーミラはグッと拳を握ると、嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃ、ルノ、早速試してみよう!外に行こうか!」


“カ、カーミラ、その前にとにかく着替えようよ!ちょっと、待ってよー!”


 待ちきれない!とネグリジェ姿で駆け出そうとするカーミラを追いかけるルノ。せっかちな性格までは、変わったりはしない。






 テレスタが帰って来たのは、その日の午後遅く。なにやら問題があったのか、あまり冴えない表情だ。


“アルラウネが、脱出していたよ。アンガスを守っていた眷属は全て殺されていた。”


 その一言に押し黙る一同。


「その中には、守護も含まれていたって事?」


 ミスティが尋ねる。


“ああ、シェオルの話だと、恐らくアンガスの眷属は魔法生物で、冥府の王が術式を書き込んで創り出した人口の生命だったみたいだ。それは守護も一緒。アルラウネはどうやら、その冥府の王が書き込んだ術式を書き換えて、肉体と魂を分離したようなんだ。結果、すべての眷属はただの土の塊になってしまった、という事。”


「そんな…龍王の術式を解読してしまうなんて。」


 驚きの表情を隠せないミスティ。それはそうだろう。名目上、この世界に龍王よりも強力な魔術を使える生物は居ない。いや、居ない筈だった。


“アルラウネは途方もない時間を生きてきた精霊です。彼女はその膨大な知識を基に、冥属性・毒属性のあらゆる術式を解読してしまいます。いかに龍王の術式であったとしても、ある種のパターンを持っている以上、彼女に解読できないものでは無いのです。”


 そう言うのはエウロパ。眉間を寄せ、困ったことだと軽いため息を吐く。


“ただ、アルラウネは驚異ですが、今はどこに行ったのかも、何を考えているのかも解りません。彼女の事を考えても、埒が明かないでしょう。”


「エウロパがそう言うなら、私達に追いかけようがないわね。」


 と、カーミラが漏らす。


“ともかく、そいつが魔素喰いに対峙する私たちの邪魔をしない事だけを祈る他無いね。”


 テレスタはそう言うと、カーミラに向き直る。辛気臭い雰囲気の話はここまでだ。


“それはそうと、カーミラ、無事に守護になれたみたいだね!おめでとう。”


「ありがと、テレスタ。」


 首をちょこんと傾げ、微笑むカーミラ。


「毒牙の泉の守護として、これから頑張ります!テレスタをずっと支えていくつもりだから、よろしくね!」


“う、うん、こちらこそよろしくね。”


 笑みを真剣な表情に戻して真直ぐに見つめてくるカーミラの視線に、少しドキドキしてしまうテレスタだった。

いつも有難うございます。

ちょっと投稿が遅れてしまいました。すみません…

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