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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
9/105

出会い。

 カーミラは樹上を見上げながら息を飲んだ。混乱する頭の中で、なぜだか残っている冷静な部分が呟く。

(ああ、確か、この魔獣は…ウォーバット。蝙蝠の身体に狼の頭を持つ肉食獣だ。森の中でも音波を使って自在に飛ぶんだっけ。翼を広げれば2メートル、風の魔術も纏っていて、弓矢を当てるのは一苦労だってライナスが言ってたっけ。

 …でも、ちょっとこれは大きすぎない?2メートル?嘘でしょう?明らかにその倍はあるじゃない!)


 カーミラの反応ももっともだ。なにしろ樹上で咆哮を上げ、今にも襲い来るウォーバットの翼長は優に4メートルはありそうだ。いかにこの森が豊かな食糧を供給するからと言って、自然に暮らしていてここまで巨大化することはまず有り得ない。だが、この場所はアラムの源泉。空気中の魔素の濃度は通常とは比べ物にならない。おそらくは、幼少期からアラムの源泉の魔素を吸い続けてきたであろうこの個体は、明らかに通常とは一線を画す体格とパワーを持っていることが、狩りの素人であるカーミラにも一見して理解できた。


 シギャァアアアア!!


 先ほどの低い咆哮ではなく、つんざくような音波を発しながら、ウォーバットはカーミラに向かって一直線に降下してくる。


「-----!!ルノ、力を貸して!」

“言われなくても!”


 瞬間、ルノがカーミラの全身に風の魔力を付与し、カーミラが右へ大きく横っ飛びする。と同時にウォーバットの鋭い爪が先ほどまでカーミラが呆けていた地面に突き刺さり、轟音をまき散らす。


「ルノ!風刃!」

“任せて!”


 幼少から一緒に過ごしてきた二人は阿吽の呼吸で次の精霊魔法を紡ぐ。シルフィードの魔法「風刃」は鎌鼬のような風の刃を対象へ向かって複数放つ魔法だ。ちなみに、威力を非常に弱めることによって、エルフの髪の毛を丸刈りにすることも出来る、悪意に満ちた魔法である。

 ルノの周囲の空間をゆがめて現れた複数の風の刃が、着地したばかりのウォーバットの側面から強襲する。片側の翼を切り裂くことが出来れば、あるいは巻いて逃げることも出来るのでは?という期待がチラと頭を過るカーミラ。しかし、直後、その期待は泡と消える。


“だめ!かなり強力な風の障壁を纏ってる!風刃じゃ相性が悪いわ!”


 ルノが悲痛な思念をカーミラに送ってくる。


「くっ、じゃ、じゃあ風槍!一点突破ならどう!?」

“わかった、いくよ!”


 ウォーバットは既に空中に飛び出し、翼を広げながら恐ろしい形相でカーミラへと迫っている。カーミラは風の力をフルに使ってバックステップを踏みながら、空間にルノの練り上げた風槍が相手の胴体へと真直ぐに飛んでいくのを見つめる。


(お願い!届いて!)


 ぎゅっと目をつむりたくなる衝動を抑えて、固唾をのむ。同時に、ガギギギギィイ、っと風の魔力同士がぶつかり合う激しい音が耳をつんざく。強烈な衝撃波で、カーミラは後ろに吹き飛ばされながらも、視線を逸らさない。魔獣もまた、強力な風の防壁を展開し、一歩も引くつもりはないとでも言うように空中に留まっている。

 ルノの槍は数秒ウォーバットを空中に釘付けにするも、しかし、その後力なく風の障壁に飲み込まれる。そして、その先にはギロリとした眼光。


(ああ、完全に怒ってらっしゃる。)


 どこか達観してしまったカーミラが頭の中で呟く。同時に、


シギャァァアアアアアアアアアア!!


 ウォーバットが吠える。


(あわわわ、どうしようどうしようどうしようどうしよう)


 咆哮で完全に混乱状態に陥ったカーミラ。それを見てルノがたまらず声をかける。


“カーミラ!落ち着いて!まだ方法はあるわ!”

「ルノ!本当に?でもどうやって?」

“決まってるじゃない…逃げるんだよおおおおおおおおおお!!!”

「!わああああああぁぁぁぁぁ…」


 ルノはカーミラに全力で精霊魔法の風を付与し、足の動かないカーミラをぶっ飛ばした。混乱していたカーミラもぶっ飛ばされた先で上手く着地し、全力で逃走を開始する。


(と、ともかく逃げないと!)


 しかし、それを見逃すウォーバットではない。風の魔力を付与した翼を使って、カーミラとの距離を徐々にではあるが確実に詰めていく。そもそも魔獣にとって無抵抗な上に魔素を含んでいる獲物などこの上ないご馳走だ。ここで逃がす手は無い。ルノの風の魔力の付与をもってしても、もとより森林の空中を自在に飛び回る翼を持ったうえに、風の付与まで受けている魔獣だ、地上を進むカーミラには全くもって分が悪い。


シギャァァアアアアアアアアアア!!


 ウォーバットはまたも巨大な咆哮を上げて、まさに獲物に爪を立てんと肉薄する。カーミラは瞠目した。その先には自分に向かって高速で迫る巨大な爪と、どこか嗜虐的にも見える魔獣の眼光。自分の最後の瞬間を悟り、彼女は恐怖でギュッと目をつぶった。その瞬間…


バグンッ グシャ。


 鈍い音が周囲に響き渡った。

 

 



 魔素の沼の畔に移住してから、もうずいぶんと時が経った気がする。空にに浮かぶ2つ月を見上げて、それが満ち欠けを繰り返していくのを何となしに眺めながら、テレスタは知らず時間の概念を理解しながら首をもたげ、自分の身体を見下ろした。

 全長は15メートル、体幹は大人3人でギリギリ抱えられるほどの太さとなり、このサイズでも毎日のように脱皮を繰り返しながら巨大化を進めている。


(あれから、随分沢山の魔獣を飲み込んだからなぁ)


 テレスタが身を落ち着けている現在の場所は、もともとエルム・ソレノドンの番が魔素を吸収するための縄張りにしていた場所らしく、非常に高い濃度の魔素に満ちている。いきおい、有象無象の魔獣たちを引き寄せるスポットでもあり、絶えず土地の主が入れ替わる弱肉強食の地域でもあった。

 暫くは火ネズミの番が最強の座に君臨していたわけだが、現在はテレスタがその座を奪い、沼から溢れる高濃度の魔素をほしいままにしているというわけだ。そして、そのことを知ってか知らずか近づいてきた魔獣たちの多くは、テレスタに抵抗もむなしく無残に食い散らかされていた。沼の周囲に縄張りを張る魔獣はかなりの数にのぼるが、その周囲を囲むようにしてそれこそ無数の魔獣たちがこの地にはひしめいている。沼に縄張りを持つことが出来る個体は、例にもれずすべて周辺の魔獣よりも強力な力を持っている。そうでなければ縄張りを守り抜くことが出来ないからだ。そういうわけで、テレスタのもとに流れてくる魔獣たちは彼に敵う訳もなく、あっけなくその生涯を閉じていっている。


(おや、今日は少し大きめの反応があるなぁ)


 眉間の魔素を感知する器官の反応から(彼は最近この器官をアジュニャと呼ぶことにした)それなりの魔素を持つ魔獣が高速で接近しているのを感じていた。その魔獣のすぐ近くには、それよりも小さな魔素の反応。きっと獲物でも追いかけて、テレスタの縄張りに気付かずに入り込んだのだろう。


(朝食の時間だな。)


 自分の空腹に気づいたテレスタは、音もなく魔獣の放つ魔素へのもとへと高速で接近する。スルスル、スルスル。【目的地周辺です】などという役に立つのか立たないのか解らないアジュニャの感覚に従って周囲を確認しようとピット器官を開くと、そんな必要も無かったようだ。件の魔獣が怒りに任せて吠える。「シギャァァアアアアアアアアアア!!」


(お、そこかー、場所を教えてくれて有難うー。)


バグンッ グシャ。


 刹那、テレスタは鎌首をもたげ、眼前で翼を広げたウォーバットをひと噛みで絶命させると、そのまま地面に叩きつけた。


(うむ、なかなかに美味。それにかなりの魔素量。おかげでまたマックスが増えたみたいだよー。有難う朝ごはん。朝飯前だね)


 下らないことを逡巡していると、自分の身体のすぐ横に見慣れない生き物が1体、蹲っているのが解る。その傍らには半透明の2対の羽を持った、魔素の塊のような、何か。生き物では無い、とテレスタは本能的に理解する。あれは食べられる類ではないようだと。その時、テレスタの頭の中に直接何事かが流れる。


“カーミラ、カーミラ!しっかりして!!”


 なにか悲痛な叫び声を発しているのは、おそらくその半透明の魔素の塊。そして、その視線の先の魔獣?は腰を抜かしてガタガタと震えているようだ。テレスタは頭の中に直接響いてきた声に、試しにこたえてみる。


“カー…ミラ?”


 それが何かも解らず。それを聞いた魔力の塊は大仰にビクッと肩を竦めると、恐る恐るテレスタの方へ首を回すと、お互いの視線がぶつかる。瞬間、“ひっ!”とまたも大仰に身震いするも、覚悟を決めたのか、話しかけてきた。


“あ、あなた、言葉が解るの?”


 幸いというか、テレスタは頭の中には言語と呼べるものは無かったが、その意味するところをしっかりと理解することが出来た。そもそも精霊の使用する念話は、言語を介さずに魔力を使って直接意識に働きかけるという方法を用いており、知性の在るものであればどんなものでも意思の疎通が可能である。カーミラが言葉もままならない幼少期からルノと会話を楽しむことが出来たのは、こういった背景によるところが大きく、またそれは現在のテレスタの立場にも当てはまる。


“うん、解るよ。言葉って、なんか楽しいね”


 テレスタが軽い口調で返すと、半透明の魔力の塊はいぶかしげな、それでいて安堵の混ざった複雑な表情を浮かべる。


“ま、魔獣に念話が通じるなんて…”


 ルノは内心で呟いたつもりだったが、念話が漏れてしまった。しかし、テレスタはそのことを気にした様子でもなく、ルノとカーミラを見つめている。実際、知性を持つ魔獣というものは、非常に稀で、殆どの魔獣は本能のままにただ魔素を食い漁り、獲物を蹂躙するためだけに生きている。永遠ともいえる時間を生きる精霊のルノですら、驚くほどその数は少ないのだ。


(そ、そうだ、とにかくカーミラをここから無事に返してあげなきゃ!念話が通じるなら…何とか見逃してくれないかしら。とにかく、やるだけやらなきゃ!)


 意を決したルノは、テレスタに念話を送る。


“言葉が、楽しいのね?私とここに居るカーミラだったら、あなたに言葉を沢山教えてあげられるわよ?いっぱいお話も出来るし。”


 先ほど、言葉が楽しいと言っていたことを思い出し、とにかくルノは言葉を紡ぐ。軽口のようであるが、表情は必死だ。しかし、そんな焦燥の真っただ中のルノに、テレスタはあっさり返事を返す。


“ほんとう!?それなら言葉を沢山教えて欲しいなぁ。ここの生活、食べるばっかりでやることないんだよ。退屈なんだー。”


 思った以上の喰いつきに、引き攣っていた頬を少し緩ませるルノ。同時に、カーミラだけに念話を送る。


“カーミラ、カーミラ!私たち助かったわ!そこの蛇、念話が通じるのよ!しかも私たちに言葉を教えてほしいって言ってる!すぐに食べられたりはしない筈よ!”

「え、え?・・・何?」


 あまりに色々な出来事が同時に起こった所為で、腰を抜かしたまま混乱状態に陥っていたカーミラは、呆けたまま返事を返す。


“だから!言葉を教えてあげれば、見逃してくれるっていうのよ!ほらあんたも念話で話しかけてみなさい!”

「え?あ、う、うん。えーっと。」

“適当に自己紹介でもすればいいのよ!”


ルノに尻を叩かれ、おずおずと念話を送り出す。


“こ、こんにちは。私、カーミラっていいます。貴方は?”

“こんにちは、カーミラ。僕は…テレスタ、と言います”


今後1000年にわたって続く、ダークエルフと龍王の最初の出会いであった。


 




 


 

いつも有難うございます。

暑いっすね。驚くほど暑いっす。

文章をしたためながら、同じことを何度も書いてしまいそうですね。

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