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毒牙の泉  作者: たまごいため
エクリッド氷原とエルフの里
85/105

光の鎮魂。

「らあああああ!」


 拳が唸る。フレスヴェルグはその巨体故、ミスティにとっては相性がいい。一瞬で相手の懐まで肉薄すると、一閃。大鷲の腹に文字通りの風穴を開ける。


「なんだ?呆気ないったら無いな。」


 だが、その直後、


「ギュウアアアア!」


 叫び声を上げながら大鷲が鉤爪を振り下ろしてくる!

 ふっ、ミスティは息を吐きながら素早く左へと回避。一本足の攻撃のパターンなど知れている。が、問題はそこじゃない。何でこいつ生きている?

 見ればたった今空けた筈の風穴は見る見るうちに塞がっていく。


「何だこりゃ?自己再生?聴いたことないぞ。」


 一瞬目を丸くして動きを止めたミスティに、もう一度鉤爪が振り下ろされる。と、同時に空中に現れた無数の氷の槍が迫る。


「なめんな!」


 ミスティは竜巻のごとき暴風で身体を包み、その攻撃の全てを凌いでいく。ギャリ、ギャリ、と金属がぶつかるような激しい交錯音が鳴り響く。


“ミスティ、そのまま相手を続けてくれ!奴の回復のカラクリを調べる”


「ハッハ、ちょうど玩具が無くて困ってたのさ!いくらでも続けてやるよ!」


 暴風を纏いながら、ミスティは突貫する。


(ミスティの攻撃パターンは決して長期戦向きでは無い。対するフレスヴェルグは、初めこそ広域の大魔術をぶっ放してきたが、その後は魔素の消費を極力抑えたような戦い方をしてる。このままではまず間違いなく押し切られる。だが、自己再生を使っている間しか、奴の術式を暴くすべはない。ミスティ、魔素切れまで、持ちこたえてくれよ!)


 テレスタはそれぞれの首を使って並列思考を行っていく。どこかに奴の能力の糸口が隠れている筈だ。どこにある、どこに。

 それぞれの首はそれぞれの属性の感知能力を上げ、それの解析に専念する。少しでも変化があればそこに気付くように。

 

 上空ではミスティがフレスヴェルグの頭めがけて鎌鼬を放つ。大鷲はそれを全く避ける素振りも見せず、思い切り唐竹に脳髄を割られている。一瞬、鮮血が迸るが…

 キンッという音とともに下方からまたしても氷の槍が迫る。たまらず回避するミスティ。


「アンデッドでも、ここまで気色悪くは無いんだがね。」


 続いて、弾丸のような風の塊を右拳から無数に打ち出す。

 それらは、大鷲の顔と無く翼と無く、体中に突き刺さる。


「アタシの攻撃なんて避けるまでも無いってか!?舐めるなよ!」


 ミスティは続いて大型の術式を組み始める。上空にはそれを補完するように巨大な魔術陣が姿を現す。大鷲はと言うと、そのことを気にする様子も無くミスティに向けて相変わらず氷の槍を放ち続ける。それらを難なく躱しながら、ミスティは苛立ったように声を上げる。


「ワンパターンなんだよお前!細胞全部焼き切れても、余裕かましてたら褒めてやる!【雷電フルミネ・爆裂陣エスプロジオーネ】!」


 瞬間、上空を真っ黒な雷雲が覆い、雷の龍がとぐろを巻くかのように紫電が迸る。そして―


 ッガアアアアアン!!!!!


 猛烈な轟雷が地表へと炸裂し、ツンドラの大地に火花を散らす。

 

「主君、見つけましたぞ。古城の周りのアンデッドを見て下さい!」


 シェオルの言葉に従い、テレスタは古城を見やる。そうすると、明らかに縛られていた筈のアンデッドの数が減って来ている。総数で言えば、半分位だろうか?


「彼奴は自分自身で組み上げた冥魔術であれら魔獣の魂を縛り付け、それらの魂を自らの肉体に取り込むことで傷を超速で回復しておるのです。言ってみれば、反魂回復…」

「マジか!?なんだその術式は!そんなことが出来るのか?」

「従えている魂が冥魔術で顕現する際に受肉するという術式を書き換え、自らの血肉とするように仕向けているのです!」

「シェオル、その術式を崩すことは可能か!?」

「やって見せましょう!」


 勝機が、見えてきた。


“ミスティ、奴の再生能力は冥魔術によるものだ。今までの攻撃を同じだけ叩き込まなければ、恐らく奴の再生を止められない!魔素の残量的に、そいつは無理そうだ。ここからシェオルが奴の術式を分解するから、それまで回避に専念してくれ!”


「わかった、アタシももうすぐカラッケツだよ!」


“オリヴィア!ミスティと交互に奴の気を引いてくれ!こっちは頭の殆どを動員して演算に入る!2人にはアグニの炎壁を付ける!”


“解りました!”


 オリヴィアが飛び出していく。霊水である程度は回復できただろうか?こういう時、魔術では無く固有の能力で跳べるというのは助かるな。テレスタはそのような事を思う。そして、2人が気を引いている間、毒槍の支援を行っていく。シェオル、ウダル、クロノス、マイヤ、ギュネシに術式の演算を行わせ、アグニとテレスタで相手を攪乱していく。

 こちらの魔素が切れないうちに、奴の術式を分解できるか、勝負はそこにかかっている。すでに術式をとうに組み終え、魔素の湧き出す封印の真上に陣取るフレスヴェルグと、離れた位置から魔素を消費しながら相手を攻撃するテレスタ達とでは、そもそもの条件が違う。持久戦に勝ち目はない。

 だが…果たしてシェオルの分解術式は、どれほどの魔素を必要とするのか?テレスタには解らない。それがもし限界を超えるようなものなら…おそらくそれを使わずに、正面からの物量勝負で押し切るしかあるまい。相手の保有する魂が全て無くなるのが先か、テレスタ達の魔素が切れるのが先か。

 結局のところ、勝機が見えたとしても、一寸先が闇であることに何も変わりはないのだ。


「主君!」

「どうだ、解析は出来たか!?」

「出来ました、が、今持っている魔素でギリギリでしょう。」

「く、やはり消耗戦しかないのか。」

「いえ、しかし、全て終われば魔素の問題は無い筈です。」

「それは、どういうことだ?」

「見ていて頂ければ解ります!術式発動の許可を。」

「解った。良し、行け!」

「【ゼーレ・リゾプション】」


 それは、非常に解りにくい魔術だった。現世で生きている者にとっては、はっきり言って殆ど何が起こっているのかさえ解らないと言っても差し支えない。それほどまでに、目に見えない世界と現実世界との繋がりは薄いという事。だが、確実に繋がっているからこそ、この世界に「違い」が目に見えて現れるという事でもある。

 まず、術式はフレスヴェルグの従えている魔獣の魂全体へと侵入していく。


「なんだ!?アンデッド達が…光り始めている?」


 ミスティが思わず声を上げる。

 次の瞬間、アンデッド達の身体は全て分解され、魔素へと還っていく。シェオルはそこから、魔獣たちの魂とフレスヴェルグの契約の糸をたどり、フレスヴェルグの中にまで術式を浸透させていく。


「ギュアア!ギュウウウアアアア!!」


 苦しみ始める怪鳥。オリヴィアもミスティも、しばし呆気にとられる。が、これが直ぐにテレスタの術式と気付く。


“テレスタ様!これは!?”


“シェオルの…冥属性の…術式だ…”


“テレスタ様!?”


“済まない、魔素が、限界に、近い。”


 オリヴィアもミスティも、霊水の残りは無い。このままではテレスタが!

 そう思った瞬間、唐突に、フレスヴェルグの身体が光り始める。


「ギュアアアアア!!!」


 そして、末端部分から、羽から、鉤爪から、魔素へと分解されていく。尻尾、翼全体、胴、そして顔。キラキラとオレンジ色の光に包まれ、光の帯となったそれは、先に分解されたアンデッド達の魔素もろともテレスタの方へと吸収されていく。

 ザアアァァ…テレスタの身体の周りを、黄金の光が照らし出し、その真っ黒い身体を金色に染めながらゆっくりと溶けるように消えていく。


“綺麗…”


 オリヴィアは呆けるようにそれを見つめていたが、


“ハッ、テレスタ様、魔素は大丈夫なのですか!?”


“大丈夫、だ。今の光が全部魔素だったんだよ。吸収させてもらった。”


 ホッと胸をなでおろすオリヴィア。テレスタのやっていることは、いつも危なっかしい。本人はそれも計算のうちのような顔をしているが、周りの者の気持ちにもなって欲しいものだ。


“本当に、女性の気持ちの解らない方ですね…帰ったら、何かおねだりしましょうか。”


 独り言ちるオリヴィアだった。 

いつも有難うございます。

戦闘シーンはいつも悩みます。難しいですね。

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