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毒牙の泉  作者: たまごいため
エクリッド氷原とエルフの里
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ネヴァルトロンの群れ。

 タイガの森を抜ける。知識としては知っていたが、尖った葉を持つ大木の林が連なり、気温は非常に低い。テレスタは風の付与を纏ってなるべく体温を逃がさないように気を使いながら前進する。時折襲ってくる寒風は、自然によるものか、それとも魔獣の固有術式か。


「ふっ、ハッ。まだまだ!」

“遅いですね!”


 森の中に現れる魔獣たちを、ミスティとオリヴィアが残らず駆逐していく。足止めされることも無く、あっという間にタイガを縦断すると、そこから先はツンドラエリア。年中寒気に覆われ、永久凍土の上にほんの少しの地衣類をはじめとした背の低い植物が育っている。身を隠すものは何もなく、遥か彼方まで色とりどりの苔の大地が拡がっている。

 そして、その視界に入ってくるのが、ツンドラで生きる魔獣たち。寒冷な気候を生き抜いた強靭な種族のみが生き残ったのだろう、その種類は余り多いとは言えないが、どの種族も厳しい環境を生きてきただけあって、一筋縄ではいかないものばかりだ。

 だが、その分だけ非常に偏った属性を持っており、エクリッド氷原の魔獣の殆どは水属性、それも氷に特化している。


“そして、あの地平線に見えている真っ青な壁が、ネヴァルトロンの群れ、という訳だな。”


 テレスタは遥か地平線を見やる。恐らく、5キロほど向こうになるだろうか?地平線が真っ青に染まりながら蠢いているのが解る。数にして数百の、ネヴァルトロン。流石に以前ヒュデッカで闘ったサマエルほどでは無いにしても、かなりの数が群れているのが解る。


“極北に戻るわけにも行かず、ここで南下してきた魔獣を食い散らかしているという訳か。”


 エクリッド氷原の最奥がどのような状況なのか、ここからでは想像がつかないが、ネヴァルトロンでは生き抜くことが困難なほどの何かが待っているという事は確かなようだ。いずれにせよ、この群れを撃破する力が出来なければ、奥地へ向かっても返り討ちに遭う他ないだろう。


(ツンドラっていうのは、気候の関係で一度破壊すると再生するのが極端に遅い様だな。さて、どうしたものか。ファイアストームで焼き払うのは気が引けるな、私が封印を引き継いだ後が焼け野原というのは頂けない。)

 

 テレスタは龍王という立場をこれで結構重んじる。であるから、各地の守護者としての見地からすれば、土地の破壊はやはり避けるべきこと。熱帯であるヒュデッカと違い、寒冷地は生物にとって非常に厳しいのだ。


「よし、今回の方針が決まった。ウダル、マイヤ、合成魔術だ。」

「おー、僕の出番だね!」

「…了。」


 テレスタはネヴァルトロンとの距離を詰めながら、広域殲滅型魔術を組み上げていく。

 ネヴァルトロン達も、空気中の魔素の急激な高まりに気付き、テレスタへと猛然と迫って来た。それは言うなればスノーストーム。一匹一匹の詠唱する雪の魔術が組み合わさって、巨大な雪の嵐が群れの上空に吹き荒れる。


「アグニ、炎壁展開。流石にあれは直撃を貰いたくない。」

「了解だ、俺の出番が少ないのが残念だぜ。」

「お兄ちゃん、術式の組み上げが終わったよ!」


 マイヤがそう言うが早いか、ネヴァルトロンの引き起こした雪嵐のさらに上空に、巨大な魔術陣が出現する。ウダルの創り出した低気圧の術式だ。


「これはバリエーション技だな。環境を壊さないように、かつ、相手は殲滅出来るように。中々の術式が完成したと思う。」

「大将、ごたくはいいから早うしてくれ。これで、この雪嵐、結構な攻撃力なんだぞ。」

「おお、すまんすまん、じゃ、マイヤ、お願い。」

「うん、行くよ!【ヘイル・ストーム】」


 術式が解放されると、空中には信じられない量の氷の塊、雹が出現した。それがウダルの創り出した低気圧から次々と地面へ向けて落下していく。

 鋭い刃物のような雹がネヴァルトロンの鋼鉄のような毛皮を引き裂き、巨大な岩のような雹の塊が群れを叩き潰していく。まるで周囲に地震が起こったかのような衝撃が続く。


ドドン、グシャ、ドン、ドドン。

「グギャアアアア!」


 ネヴァルトロンの断末魔の鳴き声が周囲に響き渡る。が、敵もさるもの。ヘイルストームの魔の領域を突き抜けて、テレスタまで迫る個体が出てきた。


「ガアアア!」


 雪の狼は巨大な咢に並んだ牙をぎらつかせながら、テレスタに迫る。


グシャア!


 と、瞬間、頭を潰される。横合いから出てきたのは、金髪の亜竜。


「アタシの出番が来たみたいだね!生きてる奴は残らずかかってきな!」


 ミスティは勢い込んで散り散りになった群れに突撃していく。その横では光の矢が天から何本も降り注いでいる。


“流石に、自分が従えていた魔獣ごときに後れを取るわけにはいきませんから、ね!”


 オリヴィアもまた、上空からネヴァルトロンの群れを蹂躙していく。一頭一頭のネヴァルトロンの戦闘能力は決して低くは無いが、群れが完全い崩壊して混乱のさなかにある今の状況に在っては、まるで戦いにならない。


「す、凄い。まさかここまでの闘いになるとは。」


 エルフの戦士の1人が言う。ネヴァルトロンは、1頭ですら複数人の狩人を必要とする厄介な相手。それでも互角に戦い、ツンドラの向こうへ追い返すのがやっとというのが正直なところだ。だというのにこの2人と一匹と来たら、まるで虫でも潰すかのような勢いで、雪の狼を薙ぎ倒していく。


「私も、確かに森の声を聴いて大陸の南へはるばる助力を求める決断をしましたが、それでもしかし、このような魔術がこの世界に未だ存在するという事が俄かには信じられませんよ。」


 ミロードは苦笑しながら呟く。その視線の先には、カーミラ。


「ええ、私も最初、テレスタの闘いを見た時には、まるで実感が湧かなかったわ。なにしろ、おとぎ話みたいな戦いぶりなんだもの。その時ですら、今ほど派手な魔術は使っていなかったけれどね。でも、あれでテレスタは本気ではないわ。オリヴィアやミスティもそう。彼女たちもまた、Sランクの魔獣を一人で易々と葬ることが出来る人たちなの。」

 

 開いた口が塞がらない、とはこのことだろう。ミロードは文字通りぽかんと口を開けてしまった。そんなパーティ、聴いたことが無い。


「もしかするとこのまま、龍王の遺跡も簡単に問題が解決するのでは?」


 誰ともなくエルフ族の戦士が呟くその言葉に、カーミラは首を横に振る。


「多分ね、エクリッド氷原の最奥の戦いはかなり激しくなるわ。怖いもの見たさで見に行ってもいいと思うけど、あんまりお勧めはしないわね。パラで、あそこにいるミスティとテレスタが直接ぶつかった時なんかは、私もそれなりに距離のある所から見ていたけれど、生きた心地がしなかったもの。」


 カーミラの言葉に、ごくり、と喉を鳴らす戦士たち。狩猟と闘いに生きる者として、その戦いを目に焼き付けておきたい。だが、このダークエルフの女性をして生きた心地がしないとは、どれほどの戦いになるというのだろう?戦士たちは互いに目配せをしてみるものの、最後には諦めて村で待っていることにしたようだった。

 

 そうこうしているうちにネヴァルトロンの討伐は完了。ダメージも無いテレスタ一行はそのまま奥に進むことにした。まだまだ、他の魔獣が控えているかも知れないのだ、あまり休んではいられない。ちなみに消費した魔素はネヴァルトロンを美味しく頂いて回復済みだ。ミスティとオリヴィアも、カーミラから霊水を受け取り、万全の状態をキープしている。


“氷魔術で、環境破壊はそれなりに避けられたな。所々クレーターがあるが、ご愛敬だ。さ、次は何が出るかな?”


 テレスタは久しぶりにワクワクとした気持ちになっていた。やっぱり合成魔術を遠慮なくぶっ放すのは気持ちがいい!なんだかんだ言って、テレスタもまた、戦闘狂のようなところが有るのだ。

いつも有難うございます。

今日は筆が進んだので2話書きました。

この調子で行きたいところですね。

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