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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
8/105

ほんのいたずらのつもりでした。

「…ったく、少しくらい言うこと聞いてくれたっていいじゃない!ムルクのアホ!うんこたれ!ブツブツ…」


 森の声を聴いた明くる日の早朝、室内で膝を抱えるようにして俯くのは、カーミラだ。彼女は今、村の外れにある使われていない住居用の建物に閉じ込められている。2人の見張りのおまけつきで。理由は単純で、要するにカーミラを危険な源泉に向かわせることは出来ない、というムルクの判断なのだが、カーミラの性格を考えればさもありなんという所。

 ただし。。。


「やっぱり、村のみんなに迷惑をかけるわけにもいかないかなぁ…でも、おばあちゃんを早く何とかしてあげないと、明日はどうなるか解らないって、ムルクさんも言ってたし…うん、やっぱり、源泉の霊水を私が汲んで来ちゃおう!

 ・・・ルノ、力を貸してくれる?」


 カーミラが呟いた瞬間、部屋の中にふわりと風が起こる。そして、彼女の目の前には身長20センチほどの妖精のようなシルエットが現れる。2対の透明なトンボのような羽をもち、ショートヘアで快活なかわいらしい女の子が、いたずらっぽい笑みをニンマリと浮かべている。ルノ、と呼ばれた彼女は、シルフィード、風の精霊である。ダークエルフの村では精霊を使役するいわゆる「精霊魔法」を使用するものが居る。ただし、彼らの全てがその才能を持っているかというとそういうわけではなく、村人の半数ほどが使用するに限られている。その中でもこうして精霊を実体化させて魔法を行使することのできる者は非常に限られており、類稀な才能を持っているといえる。もっとも、カーミラは物心ついたころにはすでにルノと一緒にいたずらを繰り返していたため、それが特別なことであるとは認識していないのだが。


“いたずらの時間だね?カーミラ”


 頭に直接響く声。初めて聞いた者はその声にたじろぐことが多いが、カーミラは慣れたものだ。


「ち、違うわよ。これから頑張ってアラムの源泉まで行って、霊水を取ってくるんだから!」


 ムルクの対応は間違ってはいなかったのだが、いささか詰めが甘すぎたのかもしれない。何しろ、精霊を呼び出しての脱出工作だ。そこまでするとは、彼も踏んでいなかったのだろう。だからこそ、見張りにもこれから霊水の回収で忙しくなるであろう狩人たちではなく、一般のダークエルフに声をかけたのだから。

 ルノ、と呼ばれる彼女は面白そうに頷くと、


“とりあえず、ここを出たらいいのね?そうねぇ、どうしましょうか、取りあえず、外の2人をはげ散らかしてやろうかしら”


 恐ろしいことを事もなげに呟く。2人の見張りは知る由もない。かつてカーミラの父がその怒りにふれ、腰まであった髪の毛をはげ散らかされ、「角刈りのフレッド」という忌み名をつけられていたという事を…。しかし、本能的に自らの(髪の)危機を感じ取った2人は、住居の入り口で背中に冷や汗を流して身震いする。


「おい、なんか今凄い殺気がどこからか飛んできたような気がするんだが…」

「あ、ああ、気のせいだといいんだがな…」


 そんな見張りの背後から、声がかかる。


「ねぇちょっと2人とも、私、ちょっとお花を摘みに行きたいのだけれど…通してくれるわよね?」


 艶然とした笑みを浮かべる(ただし、目は笑っていない)彼女に、見張り二人は青ざめた表情でお互い目を見合わせると、コクコクとあっさり頷いた。

  




 そのころ、村の主だった面々が集って夜通し行われていた会議は紛糾していた。


「アラムの源泉に足を運ぶなど、一流の狩人であっても難しいのだぞ。他に何か方法は無いのか?」

「いや、森の声がそう伝えてきた以上、それに従うのが当然であろう?我々は今までだってそうして生きながらえてきたのだ。忘れたわけではあるまい?」

「それはそうだが、そもそもその森の声を聴いたのはムルク殿では無く、長老の孫娘だというではないか。彼女が森の声を聴けるなどと言う話は、ついぞ聞いた記憶がないぞ?そのあたりはどうなのだ?」

「確かにその通りだ、ムルク殿そこは信用してよいのだろうな?」


 疑問の声にムルクが毅然として応える。


「カーミラの聞いた森の声は真実であると、私が認めよう。長老の血を色濃く継いでいるという事もあるし、あれだけ幼少から精霊の声・精霊の存在に親しんできた者は村中でもほんの一握りだ。森の声が聞こえたとて、不思議はあるまい。」


 先ほど疑問を呈した壮年のダークエルフが、眉間にしわを寄せる。

「うーむ、そうなのだがな、だからと言って危険な魔獣の巣窟と化しているアラムの源泉に、村の稼ぎ手たる狩人をつぎ込むのは…この村の生計にも関わるのだぞ?」


 狩人を代表する若者が、その声に応える。

「我々も日頃より鍛錬を積み重ねております。魔獣を討伐しに行くならいざ知らず、霊水の回収が今回の目的であるならば、最小の被害で潜り抜けることも可能でしょう。」


 壮年のダークエルフは、ため息交じりに言葉を紡ぐ。

「…ほかに方法がない以上、そのように対応するしか無いのか…」


 ほかに参加しているダークエルフの面々も、苦々しい表情ではあるが、それでも長老を救うための方法がそれ以外に思いつかないことから、渋々了承をする。

 それを受けてムルクが霊水回収のミッションを行う狩人を選別しようと席を立ったとき、ダークエルフの若者が会議室の入り口に勢いよく飛び込んできた。


「も、申し上げます!カーミラ様が、行方をくらませました!」

「何だと!?」


 会議場は騒然となり、参加者たちは目を白黒させている。


「軟禁していた北の住居の見張りはどうしたのだ!」

「そ、それは…何らかの方法で脅迫されたのか、ガタガタと震えておりまして、その隙に逃げられたものと。」

「く、こんなことにならないための見張りだったというのに!」

 ムルクは歯噛みするが、そうしていても仕方がない。


「すまん、ライナス、狩人諸君、目的が変わった。霊水の回収もそうだが、何よりカーミラ殿の身柄の安全確保を最優先に、アラムの泉へと向かってもらえるか?」

「招致しました。」

ライナスと呼ばれた狩人は、簡潔に応えた。




 ライナスが狩人達を伴って会議場から外へ飛び出すと、そこにはオロオロとした村人たちの姿、そして村の入り口の樹木のアーチを利用した門の横では、髪の毛をバッサリと刈り取られ、絶望に打ちひしがれて白目を向いている門番のダークエルフの姿が見えた。

 

(カーミラめ!何をやっているんだ、この大事な時に!)


 ライナスは内心で舌打ちする。彼はカーミラとほぼ同じ時期に生まれたダークエルフで、数少ない幼馴染である。ダークエルフは非常に長命で、その影響か出生数が驚くほど少ない。この村の中で幼馴染といえるのは、カーミラとライナスの二人のみで、彼らよりも若いダークエルフなど数えるほどしか居なかった。人口が500人近い村の中にあって若者その数である事からも、そのことは推測できる。

 ちなみに若いとは言われているものの、ライナスの年齢は今年30歳になる。とはいえ、場合によっては1000年を生きると言われており、寿命が尽きると森と一体化して精霊となるといわれている彼らの中では、まだ生まれて間もない子供のように扱われていた。

 それでも彼の狩りの腕前は一人前であり、村の中でもトップクラスの実力を持っている。そんな、若いなりにしっかりと実力を備えているライナスの周りに狩人達が集まり、装備を確認するとお互いに頷きあい、足早に門から森の奥へと消えていった。


(カーミラ、無事でいてくれよ。)


 ライナスは心配を振り払うように、力強く駆け出した。





 カーミラはルノの助けを借りて、風の衣を纏い気配を殺しながら、高速で森の中を移動していた。足に付与されたシルフィード特有の風の魔法が、片足が地面に触れるごとに身体を押し出していき、かつ前方から吹き付ける空気抵抗はカーミラの周囲の風がコントロールし、後方へと吹き流している。もし傍から誰かが彼女の進む姿を目撃したならば、まるで空気を切り裂きながら低空を前進する大鷲のように見えたかもしれない。

 

(このスピードなら、あと数分もすれば源泉までたどり着けるはず!おばあちゃん、待っててね。)


 徒歩であれば半日はかかる行程を、ものの30分で走破して見せるその精霊魔法は、熟練のダークエルフの精霊魔法師でも脱帽だろう。カーミラとルノの親和性はそれほど高いものだ。

 ほどなくして源泉の畔にたどり着いたカーミラ。先ずはほっと安堵の息を吐く。続いて、周囲の圧倒的な魔素の濃度に一瞬顔をしかめつつ、周りを見渡し、木の水筒を取り出した。


(魔獣は、今は居ないみたいね。朝の早い時間に出てきたのが良かったのかしら。)


 そのように考えながら、泉の畔へ、なるべく身体の隠れる藪を選んでその中へ隠れ、そこからそっと水筒を水面につけた。


(すごい、綺麗な水。透明なのは当たり前なのだろうけど、なんていうかどこまでも透き通って、まるで光っているみたい…)


 水筒へと流れ込む水を見ながら、そのあまりの美しさに少しだけ息を飲む。とはいえ、長居をしているわけにはいかない。すぐに立ち去らないと、と水筒の蓋を閉めようとしたその時、


 ボタ、ボタタッ


 カーミラの頭上に、どろりとした液体が降りかかる。


(ぎゃあああ!わたしの髪の毛が!きもいきもい!なんな・の・・・これは・・・)


“カーミラ、上よ!逃げて!!”


 ルノの必死な声が頭に響き、恐る恐る視線を上げると、見たこともないほどの巨大な黒い塊が、木の上に逆さになりながらこちらを見つめていた。

 その口にはズラリと並んだ白い牙。その間から涎がポタポタと垂れている。その姿に生理的な嫌悪感と言いようのない恐怖を感じていると、ギチギチと噛み合わさり音を立てていたそれらが大きく開き、


グォオオオオオオ!!


 魔獣の咆哮が轟いた。


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