魔素喰いの来歴。
このダンジョンの管理者については色々思うところが有るテレスタではあったが、管理されていた情報についてはそれこそ想像以上の収穫となった。
まず、東の地で起きたことについて。1000年以上前から小競り合いを続けてきたアルダーと共和制都市国家群であったが、合成魔術の開発でアルダーが大勝し、共和制都市国家群は一度ガストラ山脈東の国土まで退いた。ここまでは良い。だが、どうやら、その後魔術に於いて大きく後れを取っていた共和制都市国家群は、アルダーの魔術そのものを無力化する手段を模索して、研究を重ねていたようなのだ。東側諸国はアルダーに完全に敗北したとは考えていなかったわけである。
さて、その研究過程において、魔素を吸収することのできる魔道具、というものが開発された。テレスタの使用しているドレインの術式に酷似した魔術を組み込んだ、全身鎧のようなものである。しかし、これの開発は遅々として進まなかった。そもそも全身鎧が魔素を吸収できる容量が極端に少なく、体積に比例するという事が問題であった。これを解決するために取られた手段が、後々に問題を引き起こす引き金となる。
人間には門、と呼ばれる器官が有り、その門を通じて幾何学的なメタ世界から魔素を引き出すという事が出来る。しかし、その逆については余り考えられてこなかった。つまり、この世界に存在する魔素を幾何学的な数字に置き換えてメタ世界へと還元する、という方法である。人間の側からメタ世界に一体どれだけの魔素が存在し、それがどれほどのエネルギーなのか、メタ世界の容量そのものはどれほどのものなのか、それを推し量る方法は無かったが、もし一時的にであれ、この世界から魔素を吸い上げてしまう事が出来るのであるならば、それは相手の行使する魔術を封印してしまう事が出来るという事に他ならない。
そして、東側諸国は自分たちの国に売るほど余っていた債務奴隷に目を付ける。債務奴隷の抱える負債の帳消しを確約して、彼らを人間の「門」の逆流の実験体としたのだ。
研究の成果は、上々であった。数年で魔素の逆流化に成功し、身体に直接刻んだドレインの術式と相まって、術式を刻まれた奴隷たちは永久に魔素を吸収し続けることのできる存在となったのだ。
そして、次に問題となったのは、その出力。ドレインの魔術によりかなり高等な魔術の術式の組み上げに必要な魔素を奪い取る事が出来るようになったが、所詮は人間の身体に書き込んだ術式、その効果の大きさはたかが知れている。その魔術陣の大きさを補うため、時を追うごとに非常に繊細で精密な術式が奴隷たちの身体に刻み込まれる結果となった。
そのころから、少しずつ実験体である奴隷たちの身体に異変が起き始める。当初は想定されていなかった魔素の人体への影響が出始めたのだ。はじめは、「魔素酔い」などと呼ばれる軽微なものであったが、それが徐々に強烈な飢餓感と中毒症状を催し始めた。実験に素直に協力していた奴隷たちが、突然研究者たちの指示を聞かなくなり、暴れ出すという事故が相次ぐようになっていく。
そもそも、人間の身体は魔素を留めておくことが念頭に入れて出来てはいない。魔獣と違って、魔素を体内に取り込む器官が無いのだ。それ故に、「門」で必要な分だけ取り出してすべて使い切る、という構造を取っていたわけで、根本的に身体が魔素を受け容れるようには出来ていない。それが「魔素酔い」の原因であるとともに、強力なエネルギーである魔素は体内で余剰が蓄積するにつれ、脳に直接働きかけ、幻惑や陶酔感にも似た症状をもたらした。
結果として魔素の吸収実験を終えた後、被験者たちは日に日に魔素の欠乏感に苛まれるようになり、また、魔素を吸収する最中にも体内の「門」から否応なく余剰の魔素を削り取られていくことから、憔悴の色を濃くしていった。
きっかけは定かでは無い。だが、ある実験の最中に1人の実験体が他の実験体に襲い掛かり、その体内の魔素を全て吸い尽くすという事故が起きた。そこから急激にコントロールを失った実験体は、周囲の実験体の余剰魔素を吸い尽くし、そして、あろうことか自分の身体に書き込まれているドレインの魔術陣をその余剰魔素で空中に組み上げ、近隣すべての魔素を吸い出し始めたのだ。
そして、そこからはあっという間だった。実験体は近隣から吸収した膨大な魔素を糧にドレインの術式を組み上げながら、同時に中毒と飢餓の亡霊にも取り付かれ、自らの魔素にイメージを与えてどんどんと分身体を創り出していく。精霊に酷似した性質を持つそれらは、しかし魔素に対する飢餓感のみを原動力に動く原始の存在。魔素も血も肉も関係なくすべてを蹂躙し始めた。
実験体の暴走を管制室から見ていた研究者たちは直ぐにそれを止めるためのあらゆる手段を講じたが、無駄だった。純粋な食欲は魔法的な全てを飲み込み、実験室の人間を食らい、外の世界へと飛び出していく。
“そこから先は、あっという間だったと言われています。”
ダインは、先ほどまでのふざけた様子から一転、襟を正してそう言った。
“その資料は東側の竜族とその眷属が集めたものをまとめたものだよ。彼らもそれなりに危機感をもって人間族の動きを見ていたのだろう。スパイのような人間も送り込んでいたようだ。だが、それにしても人間族の暴走がここまで巨大な悪夢を生み出すとは、思っていなかったのだろうね。”
眉間にしわを寄せるダイン。
“この資料を携えてあちらの眷属が霊峰アフラ・マズダまでやって来た時には、もはや東の地は救いが施せないほどの惨状だったようです。”
“ダイン、それでは、この実験体が魔素喰い、という事でいいのだな?”
“それで間違いありません。魔素喰いは一体の実験体から生まれた魔素を食うためだけに生きている精霊のようなもの。余った魔素はドンドンと身体の分裂に使われ、次の魔素喰いが生まれてしまうから、魔素が循環することが無くなる。各地の源泉はあっという間に枯渇し、その後魔獣や竜族、果ては竜王達も個別に捕食されていったようです。”
沈痛な面持ちのダイン。しばし沈黙して下を向いていたが、ゆっくりと顔を上げ、テレスタ達を見つめる。
“そして、ここからが私の知っていること。ガストラ山脈東に広がる、竜王や竜族の魔素を使って展開された光のカーテン。もうお解りかと思いますが、あれは魔素喰いがこちらの世界へ入り込むのを防ぐために創り出された固有術式です。あの術式の内側の世界では、時間が全く止まっています。”
「それは…なんていう、スケールなの…。」
思わずカーミラが漏らした。世界の半分の時間を止める無属性魔術。そこに使われた魔素の量は如何程なのか?想像することすらできない。
“当然、その術式が永遠に続くことは無い、という訳だな?”
“ええ、そうです。各竜王が眷属も含めた魔素を使って各々100年余り、合計800余年の術式を組み上げて創り出した封印術ですので。”
「おいおい!封印が解けるのは、もう直ぐも直ぐじゃないか!」
思わずミスティが声を上げるが、テレスタも同じ気分だ。その様子を見ていたダインは、しかしそんなことは承知の上だという様子で、話を続ける。
“もちろん、いきなり術式が破られる、という訳では有りません。術式は、次の2つ月の月食に切れる筈。なので、後1年ばかり時間があります。このことについて、「光輪の王」は「世界」よりメッセージを託されていました。それは、この800年の時間を経た後に、大陸を治める新たな王が誕生する。それに全てを委ねること、というもの。私はその事を「光輪の王」より託され、王の誕生までこの地下にダンジョンとともに資料を埋め込んで、その時を待っていたのです。”
(ああ、ここにもまた800年前の苦労人が。全く、聴けば聴くほどろくなものじゃないな、大厄災。魔素喰い。そして、やはりこの時代に、私がどうにかしなければいけない案件である、という事は解った。ようやく裏が取れた形だな。)
“やはり、私がこの地を治める王として、また800年前の後始末をするものとして、生まれたのは間違いない様だな。”
“ええ、私の見立てでは、それで間違いないかと思います。そして、その後始末の要となる術式を、「光輪の王」から守護を仰せつかった者が、アフラ・マズダで待っております。”
ダインはそういうと、テレスタに向かって恭しく一礼した。
いつも有難うございます。
説明から過去ストーリーに入りそうになりましたが、
酷く長くなりそうだったのでやめましたー。




