異名を持つ魔獣たち。①
25階層にやって来たテレスタ達は唖然と辺りを見回した。階段を下り、通路をあけ放つと、そこはだだっ広い空間が一つ。書架は一つも見当たらない。魔素の感知も出来ない所を見ると今のところ周囲に魔獣が現れる様子も無い。ピット器官に反応するものも何もない。
本当に何もない部屋なのだ。そして、ただ床だけが白黒の規則正しいマスを描いて暗闇の向こうまで伸びている。
“一体、どうなってる?”
テレスタは万全を期すため蛇の姿になってカーミラの首に巻き付いている。一行に、何かが引っかかる様子も無い。ただひたすらに真直ぐに歩いていく。と、部屋の中央だろうか?真円に削られて磨き上げられた黒曜石のような真っ黒い石碑が一つ、無造作に転がっている。大きさは、直径2メートルほどだろうか。
「信じられない。これ、魔鉱石の塊よ。一体どこでこんな大きな鉱石が取れたのかしら。」
カーミラの言葉に銘々目を丸くする。現在ヒュデッカなどで採取される魔鉱石は大きなものでも精々両掌に収まる程度の大きさしかない。だというのに目の前の石碑は直径2メートル。原石はもっと遥かに大きかっただろう。かつての魔素の濃度をそのまま表しているとも言えるだろうか?
そのまま魔鉱石に鼻先で触れてみるテレスタ。ふわり、とあたたかな魔力が流れたのが感じられる。しばしの沈黙。もう一度触れてみようとしたところで、異変は起こった。
「汝、魔素喰いを鎮めんと欲するものか?」
その言葉とともに、石碑は輝き、その頂点より上に光で出来た像が浮かび上がる。人間の形をしているようだ。
“私は、大厄災のことを調べに来た。今から800年前にこの地を治めていた竜王達が何に立ち向かい、どうなったのか。東の地では一体何が起こったのか。光のカーテンの向こう側に、何が隠されているのか。それを調べにやって来たのだ。”
テレスタは応えた。光の像はしばし沈黙した。暫くして、口を開く。
「東には、魔素喰いがおる。汝らは、それを鎮める力を欲するか?」
要領を得ないが、魔素喰い、というモノが大厄災と関係しているのかもしれない。テレスタは首肯した。
“私はそれを鎮める力を欲する。”
「ならば、そなたが魔素喰いと向かい合うだけの資質があるのかどうか、この部屋で試すとしよう。ここを抜けることが出来れば、続く階層で我が実体がそなたに魔素喰いについて知り得るすべてを伝えようぞ。」
ブン、という音とともに、光は唐突に消え去った。そして…
“みんな、四方に魔素の反応あり!私とカーミラの周りに集まってくれ!”
彼とのやり取りが引き金になったのか、四方から同時に魔獣の反応が現れた。恐らくは、空間魔術を展開したのだろう。テレスタ達がやって来た方角からは、真っ黒の肌に四本の腕、そして全身に真っ赤な火炎を纏った、「太陽の番人」ケモシ。その左側からは、上半身は人間の男性、下半身は大蛇、そして両腕には巨大な大剣を握り、全身に稲妻を帯びた「ジャッジメント」ボティス。そして、ケモシの右側からは、鋼鉄の肌に巨大な深紅の隻眼、鎖のような髪を地面まで垂らした大巨人「鋼鉄の要塞」グレンデル、そしてテレスタ達の背後からは、空中に浮かんだ真っ青な巨大イカ、「深淵」カナロア。地水火風それぞれの異名付き、Sランク魔獣達だ。当然今までのようにはいかない。
よくもまあ、こんな魔獣どもをダンジョンに閉じ込めたものだ。昔の竜族も大概だな。テレスタは思わず苦笑いをしてしまう。だが、いつまでもそのような余裕を浮かべては居られない。
「アタシは目の前の炎野郎をやる。」
“では、私は左の雷蛇を。”
“残りは私が受け持とう。”
「じゃあ、私はテレスタの足になるわ。」
ドウッ!ミスティの風の付与がきっかけとなり、それぞれの敵へ向かっていく。
「ハッハ、先ずは小手調べと行こうか!」
ミスティは両手から鎌鼬を放っていく。あらゆる方向から押し寄せる風の刃は、そこいらの魔獣なら胴体ごと両断される切れ味を持つ。だが、ケモシはそれに対して微動だにしない。そのまま風刃がケモシの身体に四方から着弾する。 ギギギギイン! 硬質な金属音を立てて、鎌鼬が跳ね返される。
「あん?なんだこの硬さは。」
「ブオオオオオ!」
牡牛のような頭を持つケモシは、そのまま咆哮を上げると、右にある2本の腕から拳を叩きつけてくる。ミスティはそれを難なく右へ回避。続いてケモシの左の拳。ミスティに向かって右からのフックと、下からのかち上げ。そのかち上げに乗じてミスティはケモシの頭上まで跳躍、次なる術式をお見舞いする。
「刃がダメなら拳はどうだ?【メテオ・フィスト】!」
ドガガガガッ!!
まるで砲撃のような風の弾丸がケモシの頭上から降り注ぐ。ガンガン、ガンガンと硬質な衝突音が鳴り、確かにダメージを与えているように見えるが、ケモシは効いた素振りも見せない。
「硬いね。そうそう簡単に壊れられちゃ、こっちも楽しめないってもんだよ!」
(どうやら、火山岩を体表に圧縮してるらしいな、この硬さ、厄介だが、衝撃自体は体内にも通る筈だ。)
となれば、活路は至近距離。ミスティは相手の背後からすかさず距離を詰めようとするが、ゾワリ、という悪寒を感じ、瞬間的に右に離脱する。刹那――
ドゴオオオオゥ!!
間欠泉のような炎が、先ほどまでミスティが居た場所から噴き出した。無詠唱で術式を組んで、任意の場所から発動できる火炎魔術。威力も一級品だ。ミスティの口角が無意識に上がる。
「なるほど、大層な異名を誇るだけあるじゃないか。ワクワクするねぇ!」
叫びながら、突貫する。ケモシの左背中。そこに一瞬で距離を詰める。相手もさるもの、炎壁で身体を守ろうとするが、ミスティはお構いなしに突っ込んでいく。少しくらいの火傷なら、こっちの一撃でお釣りがくる。ミスティは右の拳に術式を込める。24階層の資料に有った古代魔術【空圧砲】、その応用版という所か。
「おらあああああ!」
ケモシの背に到達すると、そのまま拳を打ち込む。花崗岩を超える硬度のケモシの表皮に、強烈な衝撃波が叩き込まれる。それはまるで寸勁のように硬い表皮を貫通し、ケモシの体内へと爆発的に拡散していく。
「ゴブッ」
ケモシの口から大量の血液が漏れ、拳を打ち込んだ対角、左肩の岩石で出来た表皮が吹き飛んだ。そこからも鮮血が迸り、周囲を赤く染める。
「【空圧拳】という所かね。中々の使い勝手だ。」
ふむ、と自分の右拳を見つめるミスティ。だが、仕留めたと思ったケモシの表皮に異変が現れる。表面を覆っていた岩石のような皮膚が見る見るうちに真っ赤に染まって高温を放ち、ドロドロと溶けて流れ出したのだ。
「まだ、やるかい?そりゃ楽しみだ!」
バックステップで大きく距離を取り、こちらも身にまとう風をドンドンと強化していく。その姿はさながら竜巻そのもの。
やがて、ケモシが赤というよりは殆ど真っ白ともいえる、白熱した表皮を現し、こちらへ向き直る。その姿はこの地下に舞い降りた太陽のようだ。
ケモシは素早く4本の腕を構えると、そこから高速で真っ白な火炎弾を乱射してきた。その一撃一撃が、当たれば即死確実という熱量を誇っている。ミスティはその雨の中を信じられないスピードで蛇行しながらケモシへと肉薄していく。そのあまりのスピードに、魔獣は瞠目する。そして―
「あんた、炎の力は上がったみたいだが、残念、ガードが外れれば、アタシの敵じゃないさ!」
高速の砲弾となったミスティは、そのまま灼熱の魔獣の懐を突き抜け、天井まで駆け上っていく。背後では身体に風穴を開けられたケモシが、壮絶な火柱を天をも焼くような勢いで突き立てながら、断末魔の悲鳴を上げて霧散していった。
いつも有難うございます。
バビロニアの太陽神とかマイナーですね。
割と中東の神話のキャラクターは好きです。




