25階層へ。
結局、今日は24階層も探索を完了し、夕刻に地上へと帰還することになった。22、23階層が思いのほか資料が少なく、記録用の魔鉱石がかなり余ったことや、魔素に余裕があったこともあり、24階層を翌日に回す必要も無いか、という結論になった訳である。
案の定、風属性のフロアであった24階層は21階層と同様かなり広大な構造をしていたが、風属性とは相性のいいメンバーが多く、難なく資料の読み取り・階層の踏破は完了した。ちなみに風属性の古代魔術もかなり手の込んだものだったが、ミスティが居れば事足りるのであまり目新しさは無かった。
「はい、いつも有難うございます、こちらが4人前ね。熱いうちにどうぞ!」
地上に戻った一行は今、行きつけのクレープ屋に来ている。
「今日は、何処まで潜られたんです?」
テレスタ達にも慣れてきた店主が言う。ようやく顔にも自然な笑顔が浮かぶようになった。毎日クレープを食べに来るのだから、それもそうだろう。
「今日は24階層まで潜ったよ。中々にハードだったね。」
「うへぇ、今日日20階層以下に潜る方は聴いたことがありませんよ。私が子供の頃にAランクのパーティが決死の覚悟で何度か潜った記憶が有る位です。」
驚いた顔の店主。この店主が子供の頃、と言うと…大体2、30年前だろうか?そんなにも昔のこととは。最近は冒険者も小粒なのだろうか。
「このところは、アルダーの冒険者でAランクになる方は出てきてませんね。王都の方が儲かるとかで、少し腕が上がると向こうに行ってしまうんです。最近は王都の周りも物騒ですしねぇ。」
「そういえば、盗賊ばっかりだったわね。あれ、どうなってるのかしら。」
カーミラが疑問を口にする。確かに、王都方面の街道の盗賊の数はちょっと異常だった。
「ああ、大きな声じゃ言えませんが、何しろ王都内の税がここのところ急に上がって、一般市民に締め付けが出てるみたいです。そんで、食うや食わずの連中が盗賊になってるとか…。債務奴隷になるやつもいるらしいですが、まあ盗賊の方がまだしもって事なんですかね。」
「へぇ、王都はそんなことになってたのか。」
「ま、確かに盗賊にしては歯ごたえの無い連中だったね。」
ミスティが言う。いや、お前は人間族相手なら歯ごたえ無い連中ばかりだろ…。テレスタは口から出かかった言葉を飲み込む。
「でも、王都にこれから向かう訳でもないしな、特に詳しく知る必要も無いか。」
「今の王都に行ってもろくな事にゃなりませんよ。まあ護衛はお金になるかも知れませんが。」
店主も苦笑した。
(ヤレヤレ、人間族は色々問題を抱えているようだな。非合法奴隷のことといい、重税のことといい、あんまり国の運営がうまく行っているようには思えないのだが。)
「わかった、有り難う。」
「こちらこそ、いつも有難うございます。またお越しください。」
テレスタ達は広場のベンチにいつものように腰を下ろす。明日はついに25階層で、そこ
からは先は未到達領域だ。全くどうなるか解らない。
「25階層の属性は一体何だろうか?」
「うーん、広く普及してるとなると、無属性かしら?冥とか光とか毒とか、あまり人間族の間に広まっていないわよね。」
確かにそれはそうだ。使用頻度から言えば、無属性のエリア、ということになるだろうか。
「そもそも、属性が付くとは限らないんじゃない?今までの4属性全てがゴロゴロ出てくるとか?」
ニヤリ、と笑うミスティ。まあ、強敵が居ればそれでいいのね。表情からすぐに解る。
「明日は蛇の姿で潜った方が良いかも知れないな。万全を期すならその方が良いだろう。」
“そうですね、何が待ち受けているのか解りませんから。”
オリヴィアはそう念話を送ると、上目遣いで右肩に寄りかかってくる。うん?なんかすごく近くないですか?
“万全を期すなら、やはり今日のうちにテレスタ様の成分を吸っておかないと…”
なんじゃそら。成分?
「あたしも、最近ご無沙汰だからなぁ、色々。」
カーミラが左肩に寄りかかってくる。ご無沙汰?色々?そんなに色々な事があっただろうか?
「わ、わたしは、こういうことを人前でするのは、そのう、あまりよろしくないというか、何というか…。」
あれ?なんかミスティの調子がおかしくない?顔が真っ赤なんだけど。見ているこちらまでなんだか恥ずかしくなってきてしまう。
“今日は、テレスタ様との添い寝を所望します。”
「え、何それ。私が隣で寝ることになってたんだけど。」
どちらも知りません。初耳です。
「な、なあ、取りあえず宿に戻ってからゆっくり話すのでは…」
“ダメです、そう言ってまた逃げようったって、そうは行きませんよ。”
オリヴィアの目力に沈黙させられる。う、ううむ。どうしようか。
「私達、明日どうなるか解らないのよう?添い寝位、いいんじゃないかしらぁ?」
カーミラさん、耳元で囁くのはやめて下され。色々理性的に大変なのです。
「え、ええと、そういうのはやっぱり婚約してる人たちがやるべきことだと思うのよ、結婚することが前提っていうか、いや、違うのよ!?私はそんなつもりは無いっていうか!」
ミスティの混乱がピークだ。闘ってばっかりだったから、実は初心な乙女だったとか。モレヴィアからタリンの船の上では威厳がある風だったのに…ああ、実際現場を見ると雰囲気に持ってかれるのか。ツンツンしてたのに、全くデレデレになってしまいおって。
「じゃ、じゃあ、もう4人で添い寝!」
「えー、何それ。まあ一歩前進という事で、今日のところは許してあげる。」
“そこから勝ち上がっていけばいい訳ですね?”
「え?私も!?や、やっぱりそういうのはもっとちゃんと話し合って…」
アルダーの広場で騒ぐ4人。それを半眼でじーっと見つめる住人多数。はからずもテレスタ達への恐怖心はこの日を境にアルダーでは払拭されたのだった。男性からは恨めしそうな視線を、女性からは好奇の視線を、それぞれ送られるようになったが…。
「ついに、今日から25階層以下に潜るわけね。では、大事な事をひとつ伝えておかないといけないわ。」
明くる日の朝、ギルドに向かい、サリーに今日の予定を伝えると、彼女は神妙な面持ちで切り出した。
「25階層の存在が知られているのは、以前にAランクのパーティが24階層まで踏破し、25階層への下り階段を発見したからなのだけど、実際にそのフロアに向かったことのある人間は居ません。」
そう、実情では25階層から未踏の領域。そこから先があるのか、あるいはそこで終わりなのか、未だに解っていない。
「24階層までが安全などと言うつもりは全くありませんが、ここから先は真の意味で未知の領域ですから、皆さんくれぐれも無理はなさらず、状況によっては速やかに24階層からこのホールへと帰還してください。お願いしますね。」
サリーは若干の憂いを表情に浮かべていた。確かにこのメンバーは規格外の強さだが、それでも100%身の安全が保障されるなどと言うことはあり得ない。冒険者達を送り出す仕事をしている以上常にその生き死にを間近で見てきているサリーではあったが、それでも尚、出来れば皆に生きて帰って欲しいと思わずにはいられない。甘いかも知れないが、彼女はそこを割り切れる性格はしていなかった。
「心配いりません、もしも追い詰められた時は、空間転移でそうそうに逃げ出しますから。」
二コリとテレスタは笑みを浮かべる。多分その必要も無いとは思うが、そういう手段が無いではない。サリーの心配は少しでも取り除いてあげたいところだ。
「解りました、皆さん全員のお帰りをお待ちしています。」
そう言って、今日の分の記録用魔鉱石をカーミラに手渡す。カーミラも頷いて、真剣な表情でこれを受け取った。さあ、何が出るか。未到達領域のスタートだ。
いつも有難うございます。
いつかダンジョンをメインにした話も書きたいものです。




