燃費の悪い魔術。
いつもお読み頂き有難うございます。
沢山ブックマークも頂いて、嬉しいです。
さて、毎日2回の更新をしてきたのですが、
ちょっと執筆の時間が取れなくなってまいりましたので、
恐れ入りますが一日1回の更新に変更していきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
「…という魔術の術式が手に入ったのだが。資料的には役に立ちそうですか?」
「ええ、そうねぇ、これは、ちょっと今の私たちの理解を超えているというか…こんな大量の魔素、何処から仕入れてくるつもりなのかしら?」
アルダーのギルド総統、サリーに話しかけるカーミラ。昨日の21階層で入手した火炎術式を別の魔鉱石に起こして、情報の共有を図っている。流石に勝手にモレヴィアだけ情報を得るわけにも行かない。先ずはアルダーに伝え、それからシーラに送るというのが仕事の流れ。
それにしても、サリーの言うように地下に眠っていた古代魔術はどう考えても常識を逸脱した広域魔術や高威力の魔術ばかりで、とても使用に堪えるとは思えない。
「こんなのこの町中の魔術師の魔素を全てかき集めても、精々一回使える程度よね。一体、古代人はこれをどうやって運用したのかしら?とはいえ、これがあったから共和制都市連合も駆逐で来た、という話だろうし…きっとどうにかして使っては居たのでしょうけど。」
サリーは思案顔だ。この世界でこの魔術を展開するにはあまりにも魔素が不足し過ぎている。テレスタはその話を後ろで聴きながら、魔素の循環のことを考えていた。
(資料は1000年前、まだ世界に魔素が循環していた頃のモノだ。そうすると、平時でも空気中に大量の魔素が存在していたと考えられるし、少なくとも今の状況とはだいぶ運用環境が違ったという事なのだろうな。確かに人間の身体の中にこの術式に堪える魔素の量は生み出すべくもなさそうだし、そうなると外に潤沢にあったと考えるのが普通だろう。)
ということは、結局今回仕入れた術式もテレスタの自前の魔素で間に合わせなければいけない訳で、目的であるアグニの魔術合理化とはちょっと道筋が逸れてしまうかも知れないようだった。
(まあ、自分でも思いつかないような合成魔術も手に入ったことだし。【ラーヴァ・ウェイブ】とか。ついに土魔術にも手を出さないといけなくなったけどな。)
それなりの収穫はある。流石に古代の遺跡に眠る魔術は半端では無いものが多く、それだけに規格外のテレスタの運用に応えてくれるものも多く存在しているようだった。
「今日は、22階層、23階層を攻略していきたいと思っています。資料の読み込みにも時間がかかるので、流石に今まで通りに進めないですね。」
苦笑を浮かべるカーミラ。楽に行けるとは思っていなかったが、資料の読み込みに時間を取られるとは余り思っていなかったので、思わぬところで足止めを食らったといった感情がある。
「まあ、そう急がなくてもいいんじゃないかしら?私達ギルドとしてもAランクパーティでさえ中々持ち帰れない資料をわんさか持って帰って来てもらえるのだから、有り難いしね。」
深層に潜るようになってから、アルダーのギルドからは記録用の魔鉱石を預かっている。流石に暗記だけで術式を覚えきるのも無理があるため、各書架に魔力を流した後にそれを魔鉱石に写し取っているのだ。そして、それにかなりの時間がかかる。
「まあ、そうですね。ともかく怪我をせずに帰ってくるのが一番ですし。」
カーミラの言葉にそうね、と頷くサリー。いかにテレスタ一行が規格外に強いとはいえ、深層に向かい無傷で毎回帰ってこられる訳では無いと考えているのだろう。若干の憂いの色が見える。
「今日も、気を付けて行ってらっしゃい。」
最後にそのような声をかけてくれた。
22階層は水のフロアであるらしい。察するに、魔術として巷に浸透している火水風土の階層が続いているように思える。
(水のフロアは若干相性悪いんだよな。)
テレスタはそう思いながら巨大な柱のような毒槍をアクシズに打ち込む。慣れた相手だ。どのくらいで相手の水壁を突き破れるのか、いい加減把握している。
この階層ではミスティとオリヴィアの役割を交代した。オリヴィアの光属性はそれなりに水属性に相性がいい。逆にミスティは相性的には可もなく不可もないが、その分相手を倒すのに魔素を多く使用しなければいけなくなるので、昨日みたいな魔素切れの心配がある。ミスティは何ぞ苦言を呈していたが、今日は後衛だ。
“ふふ、久しぶりに光魔術を全開に出来るのは楽しいです!”
浮かれ気味のオリヴィア。
「オリヴィア、あんまり浮かれるとミスティと交代した意味がなくなるのだが…。」
“大丈夫、その辺りはきちんとセーブしておきますから。”
言いながら、ニクシーの集団に光線を浴びせていく。ニクシーは人間型の魔獣で、ランクで言えばBなのだが、数が多いので非常に面倒な相手ではある。横凪に払った光線に焼かれるものも多数いるが、何とかかいくぐって水の槍を投げつけてくるものもまだまだ沢山いる。
テレスタはオリヴィアの後ろの位置から毒槍を直線に飛ばしていく。10本、20本。廊下を埋め尽くさんばかりに居た筈のニクシーの集団が、あっという間に魔素に還って消滅していく。囲まれたらそれなりに面倒なので、やはり出会い頭にどれだけ削れるかが大事だ。
その間にもカーミラが記録を読み取っていく。
「…これも、1000年前前後の資料ね。あら?どうも水属性による回復術式みたいよ?聞いたことないわね。」
テレスタが普段用いているものは無属性魔術の回復術式で、水属性では無い。それどころか、この時代に水属性で回復魔術が使える人間など、ついぞ聞いたことが無い。もしかすると、文字通りの掘り出し物かも知れない、とテレスタは思う。
(帰ったらマイヤに練習させよう。ミスティの時みたいに回復役のクロノスの首が吹っ飛ぶことだってあるんだからな。)
手数が大いに越したことは無い。と、廊下の奥に巨大な魔素の反応。
「おいおい、こんなやつどうやってダンジョンに持ち込んだんだ?」
思わずつぶやいてしまったテレスタ。その視線の先には、テレスタが元の姿に戻った時と相違ないほどの巨体。海に生息していると言われている魔獣、サーペントだ。Aランクでもかなり上位に位置し、野生で現れた場合には海軍の艦隊が討伐に充てられるほどの魔獣である。その姿は、真っ白なウツボ、といったところだろうか?頭から後方に長い角が一本生え、背びれが硬質かしている所がわずかな相違点だろう。
そのサーペントは声帯は無いらしく、静かに口を開くと何がしかの術式を高速で組み上げる。瞬間、書架が重なる廊下の奥から、巨大な津波が。
「おおおお、なんて滅茶苦茶な!」
テレスタはその場で跳躍し、書架の上段に掴まって津波をやり過ごす。ミスティとカーミラは風を纏って上手く回避できたようだ。オリヴィアももともと飛んでいるので、被害は受けていない。
“中々やるようですね!”
オリヴィアが光線を矢継ぎ早にサーペントに叩き込む。サーペントも水の障壁でそれを防ごうとするが、水属性であることから光への干渉がしずらく、そのまま数カ所に被弾して煙を上げていく。ガードが意味を成さないと見て取ったか、巨大な頭を横凪にしながら圧縮した水を滝のように口腔から吐き出す。
ドドドドドッ!
一撃もらえばその水圧で骨まで砕かれるだろう帯状の濁流を空中で躱しながら、オリヴィアは術式を編み上げる。テレスタは後方で強化毒壁を何重にも展開して、サーペントブレスに耐えている。
“貴重な資料を破壊されてはたまりませんからね!”
右手に輝きを放つ巨大な槍を握りしめ、サーペントに向かって構えるオリヴィア。次の瞬間には、ブリューナクの槍が放たれる。闇を切り裂いて進む一条の閃光を、巨大な水の障壁で凌ごうとするサーペント。お互いの術式が一瞬だけぶつかり、均衡すること無く水が光を蒸発させながら貫通する。
ドッ!
一瞬、22階層すべてを照らすかのような強烈な光が溢れ、それが納まった後には、すでに絶命して霧散してしまったのだろう、サーペントの姿は跡形もなく消えていた。




