アルダーでの一コマ。
「ハッハ、中々歯ごたえが出てきたじゃないか!」
ダンジョン18階層。Bランク冒険者パーティが来れる限界深度に近い。かなり厳しい環境で、魔獣の出現率も高い。そんな中、他に冒険者パーティも見られない事から、ミスティは亜竜化して魔獣との戦いを楽しんでいる。今も、二頭を持つ狼型のBランク魔獣オルトロスを、風の刃を纏わせた右ストレートで殴り飛ばした所だ。当のオルトロスはそのまま廊下の端まで錐揉み回転しながら吹き飛ばされ、壁に衝突すると同時に魔素に分解されて霧散した。
「オルトロス、懐かしいね、パラにも沢山居たからな!」
かつてはオルトロスの群れがパラにも生息していたようだ。ミスティに絶滅させられたが。
「ミスティ、程々にな、一応魔素にも限りがあるし。」
テレスタが少しだけ憂い顔で話す。ミスティはかぶりを振る。
「大丈夫だ、この位の魔素の消費なら、後10日連続で闘ったって切れやしないよ!」
まあ、そうなのだろうが。一応20階層以降は魔獣のランクも上がるし、安全度は上げて起きたいところだ。テレスタも久しぶりにツイン・ヴァルディッシュを装備している。ミスティに釘を刺したのは、実際のところ自分の人化状態での戦闘能力を上げておきたいというのもある。
と、廊下に魔獣の咆哮が響く。次の獲物は…
「フォルスラコスか。」
二足歩行の鳥型魔獣、フォルスラコス。4メートル近い体高と、ダチョウのような身体。嘴は鋭利に鉤状に曲がり、両足には巨大な鉤爪。鳥型だが大地の恩恵を受けているらしく、土属性の魔術を操る。
「あいつは、私が!」
テレスタはそう言うと双剣状にしたディアブロを構えて突っ込む。
「あ、おい、アタシの獲物を!」
ミスティが後ろで何か言っているが、早い者勝ちという事だ。先ずは右腕のヴァルディッシュを横凪に一閃。これは予期していたのか、フォルスラコスはそれを土壁の魔術でガードしながら首を振りぬき、巨大な嘴を叩きつけてくる。それを左の大剣で受け、右の大剣で足払い。これをフォルスラコスは跳躍して躱し、そのまま両足でテレスタを踏みつけに来る。バックステップでその爪を躱すと、床に放射状の亀裂が入る。
テレスタは両手剣で魔獣と打ち合う経験が少ない。こういう敵とやり合えるのは、いい経験だ。もちろん、経験にするつもりなのだから、負けてやる気はさらさら無い。
一度仕切り直しのような体制から今度は右の大剣を相手の右肩から入る袈裟懸けに振り下ろす。当然、と言わんばかりにそれを土壁で受けるフォルスラコス。土壁に大きく亀裂が入るが、破壊するまでには至らない。そこに、膂力をかけた左の大剣の袈裟懸けを重ねて、突き破る。一瞬、瞠目するフォルスラコス。直後、ディアブロの刃が魔獣の右肩、退化して小さくなった翼の根元を叩き斬る。
「グギャアアア!」
苦悶の声を上げるフォルスラコス。土壁で勢いを殺された大剣では両断こそできなかったが、そこそこのダメージは与えられたようだ。たまらず怯んでたたらを踏む相手に、間をおかず踏み込むテレスタ。今度は右下から左腕のヴァルディッシュを振り上げる。たまらず土壁を呼び出すフォルスラコス。左の大剣はそこで阻まれ、右の大剣は、土壁にぶつけるのではなく、そのまま胴体を捉える突き。
想定外の動きにたまらずバックステップを踏もうとする魔獣だったが、一手遅い。そのまま硬い羽毛ごと胴体を貫かれると、
「カッ」
と息を吐き出したまま沈黙。瞬間、爆散して霧へと還った。
「ふむ、Bランク程度なら一人でもなんとかなるな。だが、まだまだ経験が足りない。」
「あんな奴、毒魔術でどうともなるだろうが?」
ミスティが怪訝そうに伺ってくるが、
「まあそれだと武器の腕が上がらないからな。人化状態で闘いになったときは両方使えるに越したことは無いさ。」
と応える。「ふうん」と、納得がいくようないかないような表情のミスティ。
ともあれ、ダンジョン探索は問題なく進んでいる。
「この階層は風魔術の応用系が収められているようね。」
もっぱら調査員の仕事をメインにし始めたカーミラが言う。この階層の魔獣辺りから、彼女一人では対応が苦しくなる。調べものをしながらも、常にオリヴィアが背後をカバーするように目を光らせている。
「例えば稲妻の魔術なんかは、風をお互いにぶつける術式を発展させて創り出したのだとか、その術式はこのようだとか、そういう情報が書かれているわ。さすがにこの深さまでやってくると資料も中々貴重なものが多いわね。」
今度、試してみようかしら。というカーミラ。せっかくここまで来たのだし、調査だけでなく術式も持ち帰ったら、今後このメンバーと一緒に活動するのに役立ってくれそうだ。戦闘でいつまでも足を引っ張り続けているわけにも行かない、という気持ちは、少なからず彼女の中には有る。
“ダークエルフは元々魔術を操るのが得意な種族。その手数が増えれば、きっとカーミラも今よりずっと強くなれる筈ですよ。”
「有り難う、オリヴィア、頑張るわ。」
そんな気持ちを察してか、オリヴィアが声をかけて来てくれる。ダークエルフとは眷属として長い付き合いのオリヴィアの視点から慰めてもらえると、少し心が軽くなる。
「ハッハァ、次の敵はどこだ!」
“まあ、あそこまで強くなれるかは解りませんけど…。”
「そうね、私もあそこまで行こうとは思わないわ…。」
Bランクの魔獣を殴り飛ばす仲間を見て、顔を引き攣らせる二人だった。
この日、20階層まで到達したテレスタ一行は、そこで一区切りとして地上に戻って来ていた。20階層より下はAランクパーティ並のレベルが必要という事で、一応安全策を取ったのだ。ミスティはかなり不満そうだったが、人間状態で一度魔素を回復してもらって、そこから再度アタックをかけようという事で納得させた。
アルダーのギルドホールでは他の地域では見られない独特の施設がある。それが、転移魔術の組まれたモノリスホールである。この部屋に安置されているモノリスは、古代文書記録館の各階層と空間魔術で繋がっており、冒険者達はこのホールから到達したことのある階層に飛ぶことが出来る。もっぱら移動を希望している冒険者の持っているイメージ情報を基にした転移魔術をモノリスが発動する関係で、イメージが抽象的になってしまうとそれに近似した階層に飛ばされたりとか、あまり正確な移動手段ではないが、それにしてもかなり重宝する設備ではあった。
このホールが存在しているおかげで、テレスタ達も20階層を区切りとすることが出来るわけだ。
ちなみに、このモノリスは誰が制作したのか不明で、古代文書記録館の存在が確認されたときにはすでに地上に立っていたようだ。そこの場所を利用して、後からアルダーのギルドが建設された、という訳である。
さて、現在テレスタ達はギルドホールに居る。カーミラがアルダーの情報統括部を通じて、シーラに定期連絡を取っている最中だ。ダンジョンの情報は逐一送ってしまった方が、事を楽に済ませることが出来る。
「シーラ部長に適当な報告すると、後が怖いからね。」
と、カーミラは言う。まあ、確かにあの人を怒らせると怖いわな。
その後は、少しアルダーの中を散策しようということになったのだが…
「やはり、というか誰も近づいて来ないな。」
テレスタは少し寂しい気分だ。自分たちの魔素が大きすぎるせいで、住民が怯えてものすごく遠巻きにこちらを見ているような状況。出店の店員でさえ、満足に対応出来ない位怯えてしまっているあたり、この影響はかなりのものだろう。
「引きこもるか、それとも住人に慣れてもらうか。私は、後者の方が良いと思うけど?」
ミスティは言う。危険が無ければそれなりの時間で慣れてくれるだろう、という事らしい。
「まあ、ずっと宿に籠っているのも辛いからな、ここは住人に慣れてもらうとしよう。」
テレスタはそう言うと、アルダー特産の小麦で出来たクレープのようなモノを売る屋台の店主に声をかける。
「こんにちは、それを4つ頂けるかな?」
「は、は、は、はいいいいぃ、ただ今ぁぁぁ!」
店主が激しくどもる。いやいやいくら何でも怯え過ぎじゃないか?
「魔素については申し訳ない。でも別に敵意は無いからな?普段通りにして貰えると有り難いんだが。」
「は、はあ、頑張ります。」
いや、頑張りますっていうか…まあ、仕方ないことなのか。
震える手で何とかクレープもどきを形成していく店主。4つ目になると、何とか深呼吸か何かで落ち着いたのか、ようやく綺麗に形が決まるようになってきた。
「お、お待たせいたしました。」
「ああ、有り難う。これはちょっと無理をさせてしまったお礼だよ。」
と言って、少しチップをはずむ。驚いた顔の店主だったが、案外良い顧客になってくれるのかもしれないと、恐怖心と葛藤しながらも若干の笑みを顔に浮かべた。
「ま、またどうぞお越しください。」
「ああ、しばらくアルダーに滞在するから、また来させてもらうよ。」
そう言うと踵を返すテレスタ。4人で広場のベンチに腰掛けると、モシャモシャとクレープを食べる。
「な、なあ、そこまで悪い人たちじゃないんじゃないか?」
「見た目は怖いけど…いや、何というか中身も怖いけど…性格は、穏やかなのかもな。」
「お、おとーさん、あの人たち、良い人たちなの?」
「お、お父さんにも解らない事があるんだよ。」
まあ、この調子でぼちぼちやっていくしかないか、と思うテレスタ一行だった。
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