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毒牙の泉  作者: たまごいため
第3都市アルダー
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織り込まれた仕事。

「ユマ殿、聴こえますか?テレスタです。」


 ダンジョンの地下5階まで降り、その辺りの様子を探った後、テレスタ達は地上へと戻って来ていた。今はサリーの用意してくれた宿のロビーでくつろいでいる所である。こちらはくつろいでいるのだが、受付の女性や一部の客が怯えたような、挙動不審な視線をこちらに受ける。…通信器のことと、テレスタ自身の魔素のことと。まあかなり悪目立ちしているのは否めない事実であった。


「テレスタさん、ご連絡有難うございます。どうやらアルダーに到着なさったみたいですね?通信の感度はいかがですか?そちらも私の声が届いていますでしょうか?」


「ああ、問題ない。モレヴィアとアルダーを繋げることが出来るくらいだから、大陸西側で連絡の取れない所は余りないんじゃないかな?」


「そうだと嬉しいですね。後は、特殊地形、例えばヒュデッカのような魔素が異常に濃い場所や、アンガス大地溝帯のような特殊な環境で作動するかどうか、それだけテスト出来ればいいかなと。」


「ヒュデッカは直ぐにでも試せるが、アンガス大地溝帯はまだ立ち入ったことは無いな。」


「ええ、というか普通、人間は余り立ち入らないですよ。魔獣も凶悪ですし、身体が重くなるような独特の地形効果を持っていますからね。」


「ふうん、そうなのか。まあいずれ行くことにはなりそうだけど…」


「その時は、是非テストにご協力くださいね!」


 まあ、アンガスの地下で喋ればいいのだ。そんなに大層な仕事でもない。一般的にはものすごく割りに会わない仕事なのだろうけれど、テレスタの場合は道すがら片手間でできてしまう仕事ということになる。


「それで、ユマ殿。シーラ部長はいらっしゃるかな?」


「ええ、ちょっとお待ちくださいね。」


 ごそごそと音がする。その後、ギャーとかワーとか言う声が聴こえるが、何があったのだろう?


「…すまない、待たせたね。」


 シーラが徐に話し始める。


「何か?あったのかな?後ろが騒がしいような…。」


「ああ、ちょっと書類の山が倒れてね…別に大したことじゃないけど、ユマに拾わせてる。」


 あらあら、ご愁傷さま。


「ところで、シーラ部長、古代文書記録館がダンジョンなんて話は、聴いてなかったんだが?」


「おや、そんなことはとっくに知っていると思ったけどね?」


 白を切るシーラ。まあそれはそれ。もともと嫌がらせの意味も込められているのだろうしな。


「ダンジョンの魔獣なんて問題にもならないだろ?深層の情報もこちらに送ってくれると、実に助かるねぇ。」


 ああ、そうか。深層が未到達領域の一つなわけだ。アルダーのギルド、モレヴィアのギルドでその情報を持っておこうと。そういう意味ではシーラ部長がテレスタの私用にしれっと仕事を挟み込んでいたわけか。中々にそつがない。


「それよりな、テレスタ。あんた名前が売れると面倒だってあれだけ言ったのに、タリンで歓待されるとか、ホント何考えてんだい?」


 おや、雲行きが怪しい。


「いや、式典はお断りしようと思っていたのだけど、タリンの沽券にかかわると言われてしまってはね…。」


 仕方なく出席したんですよ。目立ちたいわけではありません。


「しかも、そこでメイウェザー家まで出てきたって話じゃないか。王都方面であんまり面倒事を引っ張ってくるなよ?あたしの守備範囲にも限度ってものがあるさ。」


 ぐ、流石耳が早い。


「まさか査察団がそんなに大物になるとは思わなくてね。とは言え、タリンを放って出てくるというのも流石に気が引けたし、このあたりの落としどころで許してもらえないかな。」


「まぁ、あんたの立場の話だからね。有名税をたっぷり払ってもらって、招待がばれなきゃ別に問題は無いんだけどな。人間ってのは恐れに取り付かれると何を仕出かすか解らんから、その辺りは注意はしておくんだね。」


「うむ、解った。ご忠告肝に銘じておこう。」


「じゃ、後は深層領域の情報、よろしく頼むよ。マッピングとかもやっといてくれ、とカーミラに伝えてくれるか?」


「了解した。では、また。」


 シーラとの通話を切り、フッと一息。そこでまた周りの視線に気づく。恐れに取り付かれると、何を仕出かすか解らない、か。例えばテレスタの本来の姿が人間族に確認されたら、討伐依頼で済むだろうか?討伐依頼を受けた冒険者達が逃げ帰ってきたら、その後は地方の太守や領主が動いて討伐に向かってくるだろうか?それを退けたら、王国が軍隊を率いて立ち上がるだろうか?

 今考えても仕方のないことだが、今のうちに顔を売っておくことは悪くは無いのかもな。ばれた時の為、あるいは、人間側の利害関係に巻き込まれたときの為、なるべくロンディノムの国益に資する存在で居ることが大切なのかもしれない。正義の味方、というキャラではないが、なるだけ解りやすいキャラクターを演じておくのが良いのかもしれないな。

 テレスタはここに来て、人間族の複雑さを理解し始めた。世界と関わる以上、面倒事とも関わる時間が増える。それは避けられない事なのだ。






 古代文書記録館、地下10階。Cランク程度の冒険者のパーティがそこかしこに出入りしているのが見える。魔術師が大半を占めるこの町の冒険者達にとって、魔術の奥義書の眠るこの地下迷宮は垂涎の的なのだろう。日夜、多くの冒険者を惹きつけてやまないようだ。また、何となくであるが、区分的には5階層ごとに魔獣の強度が上がるようで、~5階がE、~10階がD、~15階がC、といった具合に分かれているらしい。地下10階はちょうどDランクとCランクの境目といったところ。そこをテレスタ達は記録を拾い読みしながら階下へと進んでいく。


「このあたりは、各属性魔術の中級術式が記録されているみたいね。人間族には使い勝手のいい魔術がゴロゴロしているエリアってことになりそうね。」


 カーミラがマッピングをしながらそんなことを言う。なるほど、それで冒険者パーティが多く訪れているわけだ。


「ところで、中級っていうのは?」


 ミスティが疑問を口にする。


「ああ、人間族の使う術式は詠唱っていうのがあってね、その詠唱と効果の大きさによって初級、中級、上級、奥義、秘伝、と分かれているのよ。まあ、ミスティやテレスタ、オリヴィアは無詠唱で人間には考えられない威力の魔術を使ったりするけど、人間族は詠唱をしないと上手く術式を組み上げられないのね。だから、その詠唱と術式を記録に残しておく必要がある、という訳ね。」


 カーミラの言葉を聴いて、感心するように頷くミスティ。


「カーミラは物知りね。尊敬するわ。私の住んでた村には魔術師なんて居なかったしね、詠唱なんて聞いたことも無かった。もしかしたら私とか、他の竜族とかが住んでたから、あんまり魔術を勉強する気にもならなかったのかしらね。」


 納得の表情を浮かべるミスティ。まあ、それはそうだろう。無詠唱で竜巻をバカスカと発動するような竜族が村を守っているとなれば、わざわざ面倒で威力も無い詠唱等覚えようとも思わない。そのかわりに農業が発達していった、などという所だろう。

 それにしても、とテレスタは思う。このダンジョンというものは面白いな。どこかヒュデッカの守りに就いているアンデッドたちを彷彿とさせるところがある。


(ダンジョンってのは、冥魔術の術式を組み込んだ箱なのかもしれない。魔獣の魂に干渉してこの箱の中に閉じ込め、予め貯め込んである魔素を利用して魔獣に受肉させる。それで、魔獣が敗れると肉体に使われていた魔素はストックに戻り、冥魔術によって契約を受けている魂は一定の期間の後に再び受肉する運びとなる。ううん、大体こんな創りをしていそうだな。でも、そうすると魔獣を生み出すための魔素がどこから来ているのか、それだけが問題になりそうだ。肉体に使われている魔素よりも、召喚をかける魔素の方が規模が大きそうだからな。それとも、術式を極端に合理化すればそのような事も可能なのだろうか?)


“テレスタ様、考え事もほどほどになさってくださいね?一応ダンジョン内ですから。”


 苦笑するオリヴィアの念話で我に返るテレスタ。うん、ダンジョンの構造はまた今度、ヒュデッカで試してみるとしよう。

いつも有難うございます。

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