ダンジョン。
「は、初めまして、アルダーギルド総統のサリーと申します。テレスタさん、でよろしいのですね?」
どもりながら聴いてくるサリー。やっぱり顔は引き攣ったままだ。
「はい、テレスタと申します。サリー殿、お目にかかることが出来て光栄です。」
ともあれ挨拶を返す。続いて、カーミラ、ミスティ、オリヴィアと、三人も簡単な挨拶を済ませる。
「お連れの皆様方のお話もシーラから伺っています。ようこそ、アルダーへ。」
ようやく少し落ち着いたのか、改めてニッコリとほほ笑むサリー。立ち話ではなんだという事で、門前から歩いてギルドの応接間へと向かう。
アルダーのギルド総統は女性だった。見たところ40代の中盤といったところ。人当たりの良さそうな雰囲気ではあるが、瞳には強い意思のようなものも持ち合わせており、恐らくは仕事の非常に出来る人なのだろう。聴けばシーラ部長とは依頼主と冒険者の関係で、昔は良く仕事をしたのだという。彼女はアルダーの総統に選ばれる立場なので当然冒険者ではなく文官だが、王都方面ではよくシーラの部隊に依頼を出していたようだ。若いころの彼女の情報収集力を買って、それを支えてきたのはほかならぬこのギルド総統だったわけだ。
「それにしても、またとんでもない量の魔素をお持ちのようですね。アルダーの住人の大半は魔術の心得があるので、場合によっては失礼があるかも知れません。」
サリーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、先ほどの門での出来事も、そう言ったことの一環だと理解はしております。どうぞ、お気になさらず。」
テレスタ一行は基本的には古代文書記録館に潜っていることだし、あまり市民に迷惑をかけるような事も起こりづらいだろう。
「それで、早速古代文書記録館への入館許可を頂きたいのですが。」
テレスタがそう言うと、サリーは頷いて口を開く。
「ご存じかとは思いますが、あの場所はもう数百年もの間ダンジョンになっておりまして、浅い階層では多数の冒険者が探索をしていると思います。文書の調べものについてはご自由にして頂いて構いませんが、くれぐれも、ご注意下さい。先ほども申しましたように、アルダーの冒険者は魔術師が殆どですから、皆さんの魔素を感知して反射的に攻撃してしまう可能性はありますので。」
「す、すみません、一つお聞きしたいのですが、古代文書記録館はダンジョンなのですか?」
テレスタが質問するよりも早く、カーミラが疑問を口にする。そう、そうなのだ。シーラ部長はそんなこと何も言っていなかったぞ。
「ええ、古代文書記録館がダンジョンであることは、それなりに有名な話ですが…ご存じありませんでしたか?」
「いえ、シーラ部長からはそのような事は一言も…。」
カーミラは困ったように笑みを浮かべて返事をする。
「まぁ、シーラも困った子ね。あの子、信頼してる自分のチームメイトには、細かい情報はシェアしないみたいで。『どうにかなるだろ』とか言っちゃうのよね。」
サリーも苦笑する。シーラがニヤニヤしている所が目に浮かぶようだ。テレスタもありありとその姿が想像できた。もしかしなくても、これは普段迷惑ばかりかけているテレスタへの意趣返しかも知れない。そのくらいどうにかして見せろ、という事なのだろう。
「へぇ?ダンジョンとか、面白そうね。やっぱりテレスタに着いてきた甲斐が有ったみたいだわ。」
戦闘狂が目を輝かせている。もしかしたら、調べものをしている間の安全管理は彼女に任せておいたらいいかもしれない。ミスティは調べものを途中で投げ出して戦闘に夢中になりそうなところがあるからなぁ。テレスタは文書を調べて、ミスティは掃除。うん、良いかも知れない。
“その、ダンジョンは一体どの位の深さがあるのでしょうか?”
オリヴィアが念話で質問をする。一瞬ピクリと反応するサリーだが、念話が初めてという訳ではないようで、オリヴィアに向き直って話をする。
「実は、まだその深部まで人間族で到達したものは居ないので、詳しいことは解っていないんです。今のところ、25階層までの存在は確認されています。ただ、その辺りから急激に魔獣というかモンスターというか、そういった魔法生物の力が上がりますので、Aランクの実力のあるパーティでもその辺りが限界なのです。」
「なるほど、深層には何か秘匿すべき情報が眠っていると考えて良さそうですね。」
「ええ、恐らくは各属性魔術の秘術であるとか、そう言った類の情報が眠っているかと。」
テレスタはもう一つ、気になることを確認しておきたい。
「今までに、800年前の情報を記述している記録が見つかったことはありますか?」
「800年前…ですか。私が在任中には有りませんね。こちらのダンジョンが一体いつから存在するのかも定かでは有りませんが…大抵は100年~500年前のものが多いようです。ですが、20階層以下では1000年以上前の記録も見つかったりしますので、どこかには有ると考えられます。」
「そうですか、有難うございます。」
なるほど、恐らくは深層にそれが封印されていると考えるのが適切か?何かしらの記録は残っているとみて良さそうだな。テレスタはそんな予感を抱く。
「それでは、私たちも早速地下へと潜りたいと思いますが、古代文書記録館の入り口はどちらに?」
「ああ、それでしたら、このギルドのギルドホール地下からそのまま入っていくことが出来ますよ。ホールは例によって魔術師が集まっていますから、色々な反応はされると思いますが…。」
まあ、そのことはもう言っても仕方あるまい。それより、入り口が近いのは助かるな。
「早速ダンジョンに入られるのであれば、宿泊施設はこちらで手配しておきましょう。せっかくのアルダーへのゲストですからね。」
ふ、と相好を崩すサリー。シーラ部長との繋がりはかなり強いのだろう。こういうところも有り難いな。
「では、お言葉に甘えて、早速地下へと向かいます。」
テレスタ一行は立ち上がると、ギルドホールへと降りていくのだった。
ダンジョン、というのはギルドから認定された特定の「魔獣及びそれに準ずる魔法生物の生息する地域または地点」の総称で、常に魔獣が生息している地域は殆どすべてがこれに当たる。古代文書記録館は人工的なダンジョンであるが、実はヒュデッカ大湿原やナイザー山地、ガストラ山脈、ウロマノフ台地などもダンジョン指定が成されている。要するに年中魔獣が出没し、年中素材や鉱石が得られる地域、とでも言えばいいだろう。また、一般の人々が立ち入りを厳しく制限される地域でもある。
「さて、何が出るか。」
テレスタ達はまずギルドホールから下った地下1階に降り立った。ほんの少しだけ、魔素が空気中に混ざっているのを感じる。ズラリと並んだ書架、そこに様々な魔鉱石がはめ込まれている。どうやら情報は持ち出しが出来ず、そこで魔力を通して内容を読み取るしか方法が無いらしい。それで、ダンジョンの浅い地点でも有用な情報があれば何度も冒険者たちが潜ることになるわけである。
それにしてもこの書架の情報を全て調べるのは骨だろう。浅い階層の情報はほぼ抽出が終わっており、ギルドの中で書架のどの位置にどの情報があるのか、という事は管理されているようだが、5階層以下になるとその情報は極端に少なくなるようで、要するに自分で調べろという事なのだろう。
「ま、でも強そうな魔獣が居たら、そこに良い情報があるってことでいいのよね、きっと。何せ、人工的に創られたダンジョンなんでしょ?」
ミスティが鼻歌交じりに言う。ご機嫌がよろしいようで。先ほどからスケルトンやらナハト・コボルトやら、非常にランクの低い魔獣が現れているのだが、出てくる傍からミスティにバラバラにされている。どうやら死亡した魔獣の魔素はそのままダンジョンに還元されて、再利用されているらしい。死体は残らず、すべてドロドロと液体になって地面に溶けていく。
「ここの魔獣は食事には向かないみたいだな。」
テレスタが少し残念そうにつぶやく。
「残念だったわねー。私としては、むしろ安心といったところだけど。」
「私は魔獣なんて闘えればなんだって構わないしね。」
“む、むしろ私のことを食べて頂ければ…”
何か若干浮ついた場違いなのが混ざっていたような気がするが、気のせいだろう。気にしない。3人とも緊張感が全く感じられないが、リラックスして臨むのも悪くないだろう、とテレスタは思う。それも深層に行けば変わってくるに違いないのだから。
いつも有難うございます。
ダンジョン、を書き始めました。
ダンジョンメインのお話も、
いつか書いてみたいですねー。




