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毒牙の泉  作者: たまごいため
第3都市アルダー
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魔術都市。

 面倒事を終えてさて船に乗ろうかという所、


「テレスタさん!」


 後ろから声をかけられる。振り返れば、息を切らせて走ってくるユマの姿。その手には何がしか入った麻袋が握られている。


「これを、お届に来ました。」


 息を切らせるユマが差し出したのは、一つの魔鉱石。


「これは?」


「はい、長距離連絡用の魔道具です。前に一度使って頂きましたよね?」


 ああ、あれか。テレスタは思い出す。確かルダスが道端で使っていて、そこに割り込んだらシーラ部長に捕まったという、あの時の魔道具。


「今回テレスタさんにこれをお持ちいただいて、本格的な遠距離通信のテストをしたいと思っているんです。部長にも許可は取ってありますから、ポイントの解るタリンとアルダーでそれぞれ魔力を通してこちらに連絡いただけますか?」


「ああ、勿論それは構わない。魔力を通すだけで、話が出来るんですね?」


「ええ、そうです。こちらも常時連絡が取れるように親器には魔力を通しておきますから。」


 そういうと、ユマはテレスタに魔鉱石を握らせる。


「そういうことで、ご協力よろしくお願いします!」


 テレスタは一つ頷いて、ローブの内ポケットにその子器をしまった。


(長距離連絡用ツールか。チームメンバーとの相互連絡を取り合ったりするのに使うのだろうな。部長への報告も簡易のものならこれで済ませられるか。)


「それでは、みなさん行ってらっしゃい!私も仕事に戻ります。」


 そう言うと、手を振って踵を返すユマ。相変わらず、この部署はドライな雰囲気だ。情報統括部のメンバーは常に仕事を優先にしているきらいがある。


「さ、では私たちも乗り込むとしよう。」


 こうしてテレスタ一行は先ずは港町タリンに向けて出発した。





 旅の道中は特段何事もなく、ゆったりした時間が流れる。パラ大平原は若干の魔素を回復した様子で、テレスタの体感でも微かにそれを感じることは出来たが、この程度だと魔獣の生命力を支えるには全く足りない。このあたりに魔獣が集まり始めるのは、もしも魔素の濃度が上がるとするならまだ先の話になりそうだし、濃度が上がらないのなら取り越し苦労で終わるかも知れない。

 もっとも、人間族にとってはそれなりに幸運なことで、魔素が少しでもあれば地力は徐々に回復していくし、農作物も以前の水準とはいかないがそれなりに豊作が期待できるようになる。そうなるとパラへの移住も少しずつ進んでいくだろう。


「私が魔獣を討伐した結果、奇しくも新しく人間族が入植する下地が出来たわけね。」


 皮肉っぽくミスティが笑う。


「村を滅ぼした私がこんなことを言うのもなんだけど…やっぱりこの土地に人が入ってくることは嬉しいわ。」

 

 彼女の場合は、母親を磔にされ殺されたという所で最後の箍が外れてしまったけれど、基本的には人間族を守りたいという心情を持ち続けていたわけで、やはりパラの各地に人々が暮らすようになるというのは嬉しいことなのだろう。


「ミスティの両親が、守り続けてきた土地だものな。」


 テレスタはそんなことを口にする。ミスティは少し驚いたように目を見開くが、すぐに微笑みを浮かべて、


「ええ、そうね。」


 とだけ答えた。






 夜、テレスタは船内にあてがわれた部屋に横になる。部屋割りは男性と女性でそれぞれ1室ずつ。流石に女性だらけの部屋にテレスタ一人で入り込むのは気が引けたので、多少お金はかかってしまうがそのようにした。


「魔術都市、アルダー、か。」


 ベッドに入って考えるのは今向かっているアルダーのこと。第3都市アルダーは別名魔術都市とも呼ばれ、魔術師のメッカとしても有名である。その歴史は非常に古く、ロンディノムの建国より以前から都市国家として存在していたことが知られている。恐らく1000年以上前から存在していたことが、記録から明らかになっている。


(合成魔術の生まれた地でもあったか。確か。)


 アルダーはガストラ山脈の麓にある。急峻ですべての人間族の侵入を拒むその山脈にあって、唯一人間の足で越えることが出来ると言われているマノン峠、そのルートを使って山脈東側に存在していたとされる共和制都市国家群と交易し、栄えていた時代があったようだ。

 ただし共和制都市国家群はあまり穏やかな性格では無かったようで、マノン峠を超えて度々西側に入植しようとしてきた歴史がある。東側諸国が攻め入って来ていた当初は、その高い鉄器の技術力から苦戦を強いられていたアルダーであったが、ある時合成魔術の術式を開発することに成功し、そこから魔術による広域殲滅戦術へと舵を切った。それが功を奏し、度重なる入植戦争の戦局を完全に支配するようになった。

 東側諸国は基本的に魔術では後れを取っていた事から、合成魔術に対抗する術を生み出すことが出来ず、アルダーの攻勢によって完全に大陸西側を追いやられた後は一度も再侵攻の動きを見せなかったとされている。

 アルダーは圧倒的な戦力で持って東側を退けたが、交易によって得られていた外貨などの利益は全て手放さざるを得ない状況になった。幸い周辺の土地は非常に豊かな穀倉地帯であったために住民を飢えさせるようなことは無かったが、鋳造貨幣の不足によって魔術師の軍隊を維持することは出来ず、そこを建国して勢いに乗っていたロンディノムに攻められ、併合されたという経緯がある。


(つまるところ、東側諸国と交流のあった唯一の場所、という訳か。古代文書の中には、その辺りのこともあるだろうし、大厄災の記述もどこかしらには眠っている筈だ。)


 そのことに期待ともつかない感情を抱くテレスタ。まあ、現地に着いてみれば解ることだ。そういって寝返りをうったところ、ムニュ、という柔らかい感触。うん?


“ああ、テレスタ様、積極的…でも、そういうのも嫌いじゃありません…”


「!?」


“さあ、続きを…今夜はお楽しみですわよ?”


「オ、オリヴィア!?いつからここに!?」


 寝返りをうった先に、何故かオリヴィア。か、顔が近い!っというか、この右手に当たっている感覚は…


“ふふ、光属性を駆使すれば自分の姿を消すことぐらい、簡単な事です!”


 あ、なるほど。そうやって姿を消すことが出来るわけか。では無くて!ピット器官の感覚すら抜けるとかどれだけ芸が細かいんですか!


“伊達に留守番しておりませんからね?さあ、テレスタ様、覚悟はよろしくって?”


 艶然と笑みを浮かべるオリヴィア。その魅力は凄まじく、今にも理性が吹き飛びそうになる。それを何とか我慢しながら、頭を回転させるテレスタ。


(ええと、ええと、こういう時は、どうしたら良いんだ!)


「と、取りあえず催眠ガス!」 ボン!


“きゃあ!…く、ゆ、油断しておりました…こんなところで眠らされては…既成事実を作って娶ってもらおう計画が…”


 オリヴィアさん、秘匿すべき計画が漏えいしておりますよ?しかし、これからどうするか…

 ドンッ その時、部屋のドアが勢いよく開いて、


「オーリーヴィーアー!抜け駆けなんて許さないんだから!」


 カーミラが突っ込んでくる。あわわ。


「アンタ!興奮し過ぎで!念話が隣まで駄々漏れなのよ!!!」


“何て…こと…計画の…練り直しです……すやぁ”


「寝てんじゃねぇええ!っていうかテレスタはそのイヤらしい右手をどけろおおおお!!」


 2人ごとベッドを持ち上げたカーミラは、そのままフルスイング! ズッガアアアン! ベッドは壁にぶつかって、壁もろとも大破!!


「へぶっ!」

“すやぁ。。。”


 地面に叩きつけられるテレスタ達であった。オリヴィアは、何ともない様だけど…。





 翌朝、甲板上。正座させられる3人の姿。


「私もね、大概だとは思うのだけど。」


 能面のような表情はミスティ。


「借りてる部屋ごとベッドをぶち壊すとか、どうなのよ?」


 お前に言われとうないわ!という顔が3人に浮かんでいる。


「というか、私は悪くない筈…。」

「アンタは存在自体罪よ。女を振り回しておいて。自覚しなさい。」


 テレスタに容赦ない言葉の矢が突き刺さる。


「そもそも器物破損のことなんて、ミスティが言える立場でも無いでしょ!」


 悔しそうなカーミラ。正座で足がしびれたのか、モジモジとしている。


「愚か者。アンタたちのお蔭で、どんだけ余計な旅費がかかると思ってる。そうだね、アンタたちはアタシに身体で払ってもらえるかねぇ(戦闘的な意味で)?」


 あ、イカン、口調が亜竜になりつつある。誰か!止めてくれ!


“く、私が何をしたというの?ただ思いを成就させようとしただけなのに!”

「「「お前が悪いんだろ!」」」


 オリヴィアの的外れ発言に同時に突っ込む3人。


(でも、これでミスティの意識が逸れたようだ。良かった、船ごと吹き飛ばされなくて。)


 そんなテレスタにつかつかと歩み寄り、耳元で囁くミスティ。


「上陸したら、先ず組手だぞ?テレスタ様…」


 安心したところ落とすのとか止めて頂けますか。テレスタは内心頭を抱えるのだった。

いつも有難うございます。

歴史的な背景とか書いていると、高校の頃の世界史を思い出します。

世界史って面白かったなあ。

こんど読み返してみようと思います。

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