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毒牙の泉  作者: たまごいため
第3都市アルダー
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あまり嬉しくない仮説。

 テレスタが今一番気がかりなのは、大陸東側で何が起きたかという事と、何故このタイミングで自分が呼び出されたか、という事だ。大陸東側で大厄災が起こったのは800年も前のことで、はっきり言って風化して久しい出来事だと思う。その800年間、この世界は魔素の循環が止まりながらも問題なく過ごしてきたわけで、今になって執行者たるテレスタがこの世に送り出される理由は無いように思われた。まあ、確かにミスティの話を聴く限りパラ大平原やその周辺の土地がかなり脆弱になって来ている、というのはあるので、生態系に限界が来始めているという事ももちろんあるのだろうけど。

 これに対する仮説は2つ。先ず一つは、龍王という巨大な魔素の塊を生み出すためのストックがこの世界には無く、そのための時間が必要だったということ。仮に何も無いところから龍王を生み出すとなると、一体どれだけの魔素が必要なのか、その検討はつかないが、龍王が生活していくためのフローよりもそれが大きかったとしても不思議はない。その魔素をため込むまでに800年近い時間を要したと。それが一つ目の仮説。

 もう一つは、あまり考えたくない事だが、東側に施されている封印ともいうべき竜族の「光のカーテン」が、破られる、あるいは寿命が来ようとしている、ということ。その「光のカーテン」を維持するためだか、あるいはそれが破られ、中から何が出てくるのか定かではないけれども、その封印されていた何かが大陸西側に迫った際の抑止力として、テレスタが全権委任されるような形で生み出された、というのがもう一つの仮説。

 あるいは、両方とも、という事もあるかも知れない。「世界」は龍王を生み出すのを封印が解かれる直前まで引き伸ばしたかった、それは偏に残された魔素が少ないからであり、封印が解かれる以前に、もしかすると生み出した龍王をこの西側世界が支えきれなくなる可能性がある、という事も鑑みて、時期的にギリギリ龍王が成長でき、かつ封印がちょうど解かれるところを待っていたのではないか。

 だが、そもそも封印が解ける、というのも仮説に過ぎないし、果たしてそれが真実かどうか確かめる手段も無い。

 テレスタは若干放り出したい気持ちになったが、仮説について、何か思い当たるところが無いか、シーラに相談を持ち掛けることにした。はっきり言ってこの手のことで頼れる存在は他に居ない。


「そうか、執行者としての龍王、ね。人間からすればこの地上を管理してるのは人間だ、ってことになるんだろうが、そうではない現実もあるんだろうね。」


 シーラが先ず漏らしたのは、そう言った認識の違いだった。人間は人間が地上で最も優れた種族である、と思いたがるものらしい。彼女がそうでなかったのは、テレスタにとっては幸運以外の何物でもないだろう。


「そも、各地の魔素の管理は竜王だか龍王だかが取り仕切っていたという訳だし、聞けば人間とも共存していたって話じゃないか。私たちは都合のいい歴史観を持ってたってわけかも知れないね。」


 そう言うとテーブルの上の冷めたコーヒーに口をつける。


「いかにモレヴィアの情報統括部がロンディノム中のギルドで最も優れた情報網を持っているとはいえ、それはあくまで最近の情報のことだ。800年前の史実については、はっきり言ってダークエルフの記録庫より弱い。」


 その言葉に、若干の無念さを現すシーラ。自身の仕事に誇りを持っているが故、情報系の問題に無力であるところが癪なのだろう。テレスタもそのことは察して口を出さないが、残念に思っている所は顔に出てしまったかもしれない。そこまで取り繕うのが上手い訳でもないのだ。


「ただ、あくまでも可能性の話だが、アルダーの古代文書記録館なら、何かしらの情報が残っているかも知れないね。」


「アルダー…第3都市アルダーか。王都と北のガラハッド王国との間に築かれたっていう、確か城塞都市。」


「そうだ、そこのギルド総統があたしの顔なじみで、マリウスの野郎と違って割と話が分かる人なんだよ。」


 ギルド総統にもいろいろなのが居るのだろう。文官出身でも、細かいことを言ってこない人間が居たって別に不思議はない。


「必要であれば、向こうへ情報共有と、それから紹介文を渡すけど、どうだい?」


 もちろん、そういう事ならテレスタが断る理由は全くない。


「是非お願いします。私としても、この問題は無視できない。あくまで仮説何だが、あまり良い予感がしないんだ。」


「予感、で動かれると困るという奴もいるが、あたしの場合は直観の類はまず信じた方が良いと思ってる。それで何度も命を救われてるからね。」


 そんなことを言うと、シーラは紹介文をしたためてくれた。我が上司ながら、有り難い。






 テレスタ一行は、モレヴィアを後にすると、一度ヒュデッカへと戻っていた。アルダーに行くにも、霊水のストックが足りないというのが一つと、今回のアルダー行き、闘いに行くわけではない。職員としてカーミラは同行だろうが、オリヴィアやミスティはどうするか。そう言ったことを話し合うためでもある。だが、その前に、


「オリヴィア!なんて、久しぶりなの!生きてたなんて!!」


“ミスティ、お元気そうね。まさか、あの頃の知り合いに会えるとは私も思ってなかったわ!”


 オリヴィアとミスティの顔合わせをする、というのがまず最初の目的。ミスティは私の眷属になった訳で、そういう意味ではオリヴィアとはすでに家族みたいなものである。ものであるが…


「久しぶりに会ったんだし、ちょっと腕試しでもどうだい?」


 いきなり竜化したミスティさんの、あんまりな発言と、


“ふふ、私も留守番ばかりで退屈していたのですわ。知らぬ間にテレスタ様の傍仕えなんて、ちょっと看過できませんわね?”


 オリヴィアのあんまりな勘違い。別に傍仕えでは無い。その先の何かでも、断じてない。


“もう、勝手に外でやってきなさい。夕方までには戻るんですよ。”


 蛇の姿のテレスタはそう二人に念話を送る。子どもを送り出す気分である。Sランク級の、物騒な子供たちではあるが。


「二人とも、なんだかんだで仲が良かったんでしょうね?私は流石にあの二人のじゃれ合いには混ざれないわ。」


 勢い込んで外に出ていく二人を、苦笑しながら見送るカーミラ。ただ、何となくオリヴィアやミスティの出自を聴いて、思うところはあるのだろう。800年前の知己がまだ生きているとなれば、その喜びもひとしおなのだろうと、苦笑の後には優し気な微笑みを浮かべている。


“とりあえず、2人が満足行くまで暴れて帰ってきたら、話し合いでもするか。それまではゆっくりしよう。何だか最近は慌ただしかったしね。”


 カーミラはこくりと頷く。テレスタはそんなカーミラの首にゆるりと巻き付いて、ゆったりとした午睡を楽しむことにした。






 言いつけ通り夕方に戻って来た2人は、言わずもがな、ボロボロの姿だった。ヤレヤレ、二人とも美人さんなのに、どうしてそんなに闘う事が好きなのでしょう。


「闘いこそ守護のたしなみだろう。」

“ですね。闘わざる者食うべからず。”


 なんだ、その意気投合は。


“回復魔術をかけるこっちの身にもなりなさい。まったく。”


 だんだん私の立ち位置が母親のようになってきてしまった。苦笑しつつもほっこりしてしまうあたり、もう末期的かも知れない。


“それで、今度のアルダー行きなんだけどな、私としてはみんなで行きたいと思ってる。多分文献の量がものすごいことになるし、私一人では到底調べきれない可能性がある。古代文書記録館で手分けして探すことが出来れば、それなりに早く作業が終わる筈だ。”


 私の言葉に、真っ先に反応するのはオリヴィア。


“ですが、ヒュデッカは相変わらず魔獣の巣窟。ここから私が離れれば、古城の維持が難しくなります。やはり、私はここに残るべきでは…?”


“いや、ヒュデッカの守りは、適当に魔獣を使役して行おうと思う。”


 テレスタの発言には、一同驚いたようだ。


「冥属性の魔術を覚えたってこと?」


 カーミラが口にする。使役、とは冥属性魔術の領域、相手の思考や魂に干渉して変化を起こす、他の属性とはかなり性質を異にする魔術だ。


“いや、これから覚える。ミスティと戦う前に覚えた毒による魅了が、凄く冥属性に近いものだと気付いてね。少し時間をかけて覚えようかと。どうやら、どこもかしこも私がゲートを開かないといけないようだしね。”


 そう、結局遅かれ早かれ覚えることになるのだ。ここで冥属性をものにして、後々のことに備えることが肝要だろう。テレスタとしては、8属性すべての龍王なんて願い下げなのだが、その色がかなり濃厚になって来ている以上、諦めて全属性を覚えてしまおうという方向へとシフトしていた。

 まったく、大変な役回りになったもんだ。だが、まあ、悪くも無いか。知識を追いかけるのは嫌いじゃない。テレスタは己の愚痴を知的好奇心に変えて、前進することにする。


いつも有難うございます。

夜の虫の声が蝉から鈴虫になりつつあります。

秋ですねぇ。

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