責任の所在。
「おう、テレスタ、来たな。ちょっと付き合え。」
シーラはテレスタが執務室に来るや否や、そう言って立ち上がると、退出を促した。どういう事だろう?テレスタが疑問に思っていると、
「訓練場だ。ちょっと身体動かしたくなった。」
という言葉が。まぁ、何かにイラついていらっしゃるのでしょう。仕方ないのでテレスタも着いて行くことにした。シーラの少し剣呑な雰囲気にのまれて冷や汗を浮かべるカーミラと、何とも思っていない無感動のミスティがテレスタの後に続く。
訓練場で両手のダガーを構えると、シーラは向き直った。
「取りあえず、自分の獲物を用意しな。」
「…いいのか?」
「いいから、全力で来い。」
シーラに言われ、少し戸惑ったテレスタだが、そう言われては仕方がない。ローブの内ポケットから小型化してあるディアブロを取り出し、空間魔術を解除する。
ドン、という質量感のある凶悪なヴァルディッシュが現れ、それを見たミスティが訓練場の後方で思わず声を上げる。
「わぁ。。。凄い、あんな風にしまってあったんだ。」
少し間の抜けた声を気にせず、シーラとテレスタは構える。
初撃はシーラ。目にも留まらぬ速さで直進するとテレスタの懐に入り込み左手で逆手に持ったダガーを突き出す。
ギンッという金属音、ディアブロが縦に振り下ろされ、ダガーとテレスタの間に現れる。そこからテレスタがディアブロを回転させ、頭上の刀身をシーラめがけ叩き落とす。
これを、シーラはテレスタの身体を右回りに回避。ディアブロによって起こされた強烈な風圧がシーラの左半身を通り過ぎていく。
背後を取ったシーラはそのまま右腕のダガーを低い姿勢から横凪。狙うはテレスタの膝関節。関節部分の一か所でも捉えれば、後はどうとでも料理できる。殆ど無意識に刻まれた動きで、シーラは淡々と相手の急所である関節を狙っていく。
対するテレスタ、シーラの膝関節への一撃を見て取って、反射的に地面に突き刺したディアブロを支えに宙を舞って距離を取ると、そのまま空中で突き刺した刀身を抜きながら横凪の一撃。
当たれば致命傷は免れないが、シーラは最小限の跳躍でこれを回避。ヴァルディッシュの振り終わりの隙を狙ってそのまま踏み込んでいく。
テレスタはそこで、ディアブロの形状を生かしてその刀身を手元で回転、横凪を放ったのとは逆側の刃で、もう一度右から薙ぎ払いを放つ。
シーラはそれにも対応して刀身を左回りに距離を切って避ける。が、それによって二人の間には空間が出来、膠着状態を迎える。
「…やれやれ、一発貰ったらアウトっていうのもいつ以来だか。」
少し身体が暖まって来たのか、顔の血色が少し良くなっている。だが、その眼光に油断は無い。次の斬り合いのタイミングを計っている。
「部長は、流石だな。ディアブロの剣筋を全て見切って、回避してくるなんて。」
「言ってろ、武器を使い始めて数カ月のお子ちゃんが。」
ニヤッと笑うと、シーラはテレスタの視界を回るように走り始める。早くもなく、遅くもなく。ちょうど、テレスタの死角に入り込むように。
「…これは!?」
魔術では無いのか?一瞬戸惑いの色を露わにするテレスタ。いや、魔術の発動を感じるような何かは無かったはずだ。純粋に、身体能力のなせるもの、いや、もっと技術的なものか?私の視線に乗らないように、視線を盗んでいるのか?
「ほら、よそ見している場合か!」
気付けば完全に懐に入られている。左斜め後ろ、いつからそこに入り込んだ?視界に捉えたシーラは既に右のダガーをテレスタに振り払い始めている。
武器をガードに回したのでは間に合わない。こういう時は…
グッと左脚をシーラの方向へと踏み込むテレスタ。まさか、ダガーの刀身に向かって踏み込んでくるとは予測していなかったシーラは一瞬の瞠目。自分が立てていたダガーの軌道の予定を外され、体重が乗り切る前に相手にぶつかったそれは、テレスタの高い防御性能を誇るローブに阻まれ、十全な威力を発揮しきれない。
そのまま左脚を軸に高速の回し蹴りを放つテレスタ。横凪の右脚を腰を落として回避しながら、シーラはその軸足めがけ足払いを叩きこむ。
ガンッと音が鳴り、テレスタの身体が宙に浮く。自分のタイミングで飛んだわけではない。空中で体制を整えるには、体が崩れすぎている。その崩れた状態のスローモーションの中でテレスタが見たのは、足払いを終えそのまま宙に躍り上がるシーラの姿。
(ああ、この人は、本当に強いな。)
鈍い音を上げて地面に叩き落とされるテレスタ。その胸の上には、しゃがんだ状態でテレスタの首元にダガーをあてがうシーラの姿。
「…参りました。」
それを聴いて、フッと力を抜くシーラ。テレスタはそのまま言葉を紡ぐ。
「右回し蹴りの時点では、勝ったと思ったのだけどなぁ。」
テレスタの上でしゃがみながら、シーラはニンマリとして応える。
「フッフッフ、勝ったと思った時は、もう負けてるんだよ。」
「そういうものか。」
「ああ、そういうもんさ。…お前にはいろいろ言いたいことがあったんだけどね…。」
シーラは胡坐をかきながら、言葉を選ぶように話し始めた。その目は斜め右上、天上を見ている。
「考えてもしょうがないことばかりだから、こうして刃をぶつけた方が早いと急に思ったのさ、今日は、なんだかね。」
そして、テレスタの瞳をじっと見つめると、言った。
「あんたがどんなに暴走しても、最後はあたしが止めてやるから、これからも好きに暴れたらいい。」
それを見つめ返すテレスタ。やれやれ、部長にはかなわないな。今回もきっと色々、本当に色々思うところはあるのだろうに。ミスティはレビウスの商船を散々海に沈めた張本人、それを人間側の手で裁くかどうかという判断もそうだ。パラ大平原の魔素の回復に合わせた魔獣の活発化についてもそう。それによって王都とモレヴィアの交易に支障が出るんじゃないかということもそうだ。そこに全部私が絡んでいて、そして、その責任は全部部長にかかって来ている。
「…申し訳ない。」
「ったく、ホントだよ。あたしを書類の山に埋もれさせて、殺す気か。」
部長はいつもの苦笑いを浮かべた。この人との繋がりが切れてしまったら、もしかすると私は人間族から疎まれ、対立への道を歩まなければならなくなるかもしれない…。この関係を、大事にしないといけないな。テレスタはそう思う。
「ところで部長…。」
「何だ?」
「そろそろ、私の上からどいて貰えると助かるのだが…。」
それを聴いてハッとした表情のシーラ。何だかこういう時の一瞬の表情の変化が、可愛らしい。本当は美人さんなのに、いつも眉間に皺を寄せてるからな。あ、それは私の所為か。そんなことを考えるテレスタだったが、シーラはその後すぐに表情をニヤリと変化させ、
「ああ、この野郎誰が重いだって!?もっぺん言ってみろやコラ!」
ガクガクと首をゆすぶられ、頭をガンガン地面に打ち付けるテレスタ。…ああ、やっぱり、可愛らしいは間違いだったかもしれない…。さっきの訓練よりむしろ命の危機に瀕しているような。
そんな様子を、苦笑いしながら眺めるカーミラと、何か、物欲しげに口角を上げてシーラのことをじっと見つめるミスティ。あ、あのミスティの目はマズいぞ、早めに部長と顔合わせを済ませておかないと、いきなり襲い掛かって行くかもしれない。
ガクガクする視界の中で自分のことよりもそんなことを心配するテレスタ。部長程じゃないが、割と自分も苦労人なのかもな…。ふとそんなことが頭を過った。
いつも有難うございます。
何となくー、ストーリーの着地点は見えるのですが、
凄いマラソンになりそうな気分です。




