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毒牙の泉  作者: たまごいため
パラ大平原と亜竜
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通信機。

「部長、信じられない事ですが…今まで魔素が観測されたことのない、パラ大平原から微量ながら魔素が検出され始めました。」


 ユマからの報告を耳にしながら、コーヒーをすする。

 パラ。確か、あいつが向かったのもパラだったな。よもや、無関係という事も無いだろう。全く、いくつ前代未聞を引っ提げてくれば、気が済むんだろうね、あのバカは。あたしの仕事ばかり増やしやがって全く。今度訓練に引っ張り出してやる。


「わかった、ユマ。ご苦労さん。ああ、それと、例のあれ、進んでるかい?」


 シーラは疲れた表情を隠さずに見せ、眉間を右手で摘まむ。ここのところ、新しい事が起こり過ぎて、何から手を付けたものやら…という雰囲気である。


「ええ、順調です。今日もルダスとモレーナに手伝って貰って、信号の送受信・会話を行ってみました。モレヴィアの城壁内であれば、何処でも確実に繋がる所までは来ています。」


「へぇ、そりゃまた。ユマはいい仕事するね。あたしはアンタみたいのがいるから何とかやっていけるよ。」


 どっかの誰かさんと違ってね。というような素振りのシーラに、苦笑を浮かべて首を傾げるユマ。


「テレスタさんも、悪気があってやっているわけではないと思いますよ?パラで魔素が観測され始めたのも、悪いことでは無い…むしろ良いことであると思いますし。」


 ユマの言っていることはもっともだ。もっともなのだが、頭で解っていても心が付いてくるかどうかというのはまた別の問題。


「はぁ、そうだね。仕事がダイナミックすぎる、ってことなのかね。何にせよ、来期は人員を大幅に増やしてもらわないと。それから、だれか部長代わってくれないかねぇ。」


 書類仕事はもううんざりだ。しかもその書類がどんどん増えていく。某亜人の活躍により。


「そんな!私たちはシーラ部長だからこの部署でやってこれているんです!今更どこかに行かれたら困りますよ!」


 そんなシーラの愚痴を本気だと捉えたのか、ユマが慌ててシーラを引き留めようとする。目が真剣だ。


「はは、ユマは冗談が通じない子だね!大丈夫だ、仕事を途中で投げ出すような真似はしないよ。」


 そう言うと、シーラはユマに退出を促した。ユマもホッとした表情を浮かべ、一礼すると持ち場へと戻っていく。

 今、彼女が開発を手掛けているのは、遠距離での通信用魔道具だ。彼女はそういった魔道具を制作するエキスパートで、市井で魔道具を作成しながら販売していたところシーラの目に留まり、情報統括部にスカウトされた逸材である。

 魔道具とはそもそも製作者の属性が強く反映される代物なので、殆どが軍事用の宝剣や魔剣と言った魔術武器に使われるが、彼女は珍しく無属性の持ち主で有り、様々な魔鉱石に無属性らしい空間魔術を付与することが出来る。今回の通信機器も、空間魔術を応用して音声を空間をすっ飛ばして届ける、というアイデアを基に創り出したオリジナル魔道具である。瞠目すべきは、その能力よりもその発想力という事なのだろう。その辺りがシーラから全幅の信頼を受けている所以でもある。


「あー、あー、こちらモレーナ。ユマさん、聴こえますか?」


 親器と名付けている大型の魔鉱石に着信が入り、色が黄色に光る。いくつかある子器と名付けた魔鉱石の一つからの連絡だ。それぞれの子器からの連絡が色で判断でき、いちいち名乗る必要が無いようになっているのだが、モレーナは何となく落ち着かないのか、名乗ってしまっている。


「モレーナさん、聴こえます。あの、親器の色で判断できるので、名乗り上げなくても大丈夫ですよ。」


「あ、すみません。それにしても、魔鉱石に話しかけるってなんだか妙な気分ですね。周りの目も気になって少し照れくさいというか…。」


 モレーナと呼ばれる職員は、今モレヴィアの中心にある噴水の広場に来ていた。周囲の喧騒がどれだけ伝わってくるか、そのテストと、調整が必要だとユマから支持されたためだ。ここは確かに人が多いのでそういった調整にはもってこいなのだが、いかんせん魔鉱石に話しかけているモレーナとしては、市民から、自分がちょっと頭の中がお花畑の方、と思われるのはやるせない気分であった。

 

(もう、ユマさん、一つ貸しですよ!必ず返してもらうんですからね!)


 モレーナは独り言ちた。と、その時ユマの手元の親器が点滅する。


「ルダスさんからの通信が入りました。モレーナさん、一度魔力を切ってもらえますか?」


「了解です。」


「あー、こちらルダス。ユマさん聞こえますか?」


 ルダスもまた、名乗ってしまっていた。慣れるのには暫く時間がかかりそうだ。ユマは苦笑いを浮かべるが、通信機器自体の調整は順調のようで、少し安心する。長いこと作業を続けてきた機器だけに、もう少しで実践投入できると思うと、中々に感慨深いものがある。ユマは、再度気合を入れなおして調整へと取り掛かった。





 モレヴィアの南、平原から林に入り込む辺り、何もない空間がパアッと輝いたかと思うと、3人の人影が現れた。テレスタ、カーミラ、それに人の姿に戻っているミスティである。


「へぇぇ、これは便利だね。びっくりしちゃった!」


 そう語るのはミスティ。その横で、テレスタは自らに人化魔術をかけていく。


「その喋り方も中々びっくりするけどな。」


 いつも通りのモノトーンのような亜人の姿になったテレスタは、ミスティに告げる。どうやら彼女は竜化状態と人間状態で幾分性格が変わるらしく、人間の状態ではいたってまともな、元気な町娘という雰囲気に変わるのだ。


(ま、あのまま戦闘狂で過ごされるよりは余程いいけどな。)


 ミスティが人間状態でもあの性格だと、モレヴィアの町の中では大変な騒動になってしまうだろう。特にテレスタ達が向かうのはギルドなわけで、ホールにはこれでもかという程多くの冒険者たちが集っている。そんな場所で、金髪の美女が誰彼構わず喧嘩を売り始めたら、大騒動になること請け合いである。

 それと、騒動そのものよりも後の事が怖い。主に、シーラからのテレスタに対する鉄槌が。


 そんなことを考えているうちにモレヴィアの正門を潜り、一行はギルドまで向かうなだらかな白亜の坂を進んでいた。その途中で、懐かしい顔に遭遇する。


「おお、ルダス殿ではないか!どうしたんだこんなところで?」


「あー、こちらルダス。ユマさん聞こえますか?」


「ハァ?」


 どうやらルダスは何かの作業中らしく、声をかけたテレスタに気付かなかったようだ。…だと信じたい。会話の不成立感が甚だしい。作業中と言っても、魔鉱石に話しかけているだけだが…。

 仕方がないので、ポン、とルダスの左肩を叩いてみる。流石にそれには気付いてくれたようで、驚いた顔をしているルダス。


「お、おお、テレスタ殿。これは少し恥ずかしいところを見られてしまったかな?」


 右手で頬をかくルダス。自分自身でも、妙な事をやっているという自覚があったのだろう。テレスタはそれがやはり作業だったのだと思うと、少しホッとする。人格者のルダスは参考にするべき所の多い人間で、テレスタとしては彼がおかしくなってしまうのは甚だ遺憾だ。

 

「それは、一体何をやってらっしゃるんです?魔鉱石になんて話しかけて?」


 テレスタが思っていた疑問を、カーミラが口にする。一行は一様に訝し気な表情を浮かべていた。確かに、妙な光景なのだ。


「ああ、これはユマさんが開発中の通信用魔道具というもののテストを行っているのですよ。遠くにいる人間とも会話できるように、携帯用の魔道具を開発しているのです。」


「おお、遠くにいる人とも会話が出来るのか?ちょっとやってみてもいいか?」


 興味津々のテレスタ。知識を追い求める姿勢は相変わらずだ。


「魔力を鉱石に流し込むと、ユマさんが控えている親器に声が届きますから、やってみてください。」


「うむ、有り難う。…あー、これは、なんて話したらいいのだ?ユマ殿、聞こえますか?テレスタです。」


 一瞬の沈黙ののち、音が返ってくる。


「わぁ、テレスタさん、お帰りなさい!ちょうどついさっき、部長とテレスタさんのお話しをして居た所なんですよ?」


 機嫌の良さそうなユマの声。テレスタはそれに返事をする。


「ああ、たった今戻った所だよ。たまたま通りでルダス殿に会ったのでね、こうして機器を使わせてもらっている。」


 そのように返したテレスタの声を聴いて、ユマが何がしか喋ろうとしている。


「そうなんですね。。。あ、ちょっと、部長、どうしたんですか…。」


 なんだ?聞き取りづらくなったな…


「テレスタ、そこにいるな、今すぐ私の部屋まで出頭しろ。話がある。」


「シ、シーラ部長?これは、奇遇ですね…」


「以上だ。」


 唐突に通信が途絶える。ああ、やっぱりなんだか怒っていらっしゃる。というか出頭?もはや犯罪か?モレヴィア観光を少しして、気持ちを落ち着けてから向かおうと思っていたのだが…まさかこのタイミングで捕まるとは。

 テレスタは盛大にため息をつくと、カーミラ、ミスティを引き連れて重くなった足をギルドへと向けて進みだした。


いつも有難うございます。

9月に入りましたねー。

秋は気持ちが良くて好きです。

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