闘争しか。
ああ、もう駄目だ。もう、何もかもお仕舞だ。すべて終わりにしよう。
気付くと、ミスティは「竜巻の丘陵」で座っていた。眼下に広がるのは、自分の村だった場所。何もかもが吹き飛ばされて、その残滓は無く、ただ荒涼とした大地が広がっている。
アタシに残されたのは、結局闘争だけだった。そのためだけに生まれてきたのだ。きっと。あまりにもどうしようもない現実が積み重なって、アタシに出来るのは闘うことだけ。その時だけは自由。その時だけは、アタシはアタシで居られる。そう、自由を、よこせ。もっともっと闘争をアタシによこせ!もっと強い相手を!もっと圧倒的な力のぶつかり合いを、アタシによこせ!
ミスティはより苛烈に、闘争に身を投じていった。精根尽き果てるまで闘い、「竜巻の丘陵」にわずかに湧き出る魔素を頼りに眠りに落ちる、そんな日々が積み重なっていく。十年、百年と経つうち、広大なパラ大平原に生息していた魔獣の殆どはミスティ一人の力で姿を消し、魔素の流出が極端に減った影響で、魔獣には全く住みづらい環境へと変化していた。
闘うべき相手を見失った彼女は「竜巻の丘陵」に建てられた古城の中、かつて彼女の父が政務で使っていたその場所へ戻って来ていた。
闘いが終わると、忌まわしい記憶が蘇ってくる。パラには戦う相手が居なくなった。どころか、もう世界中を回っても自分を焚きつけ、自由を感じさせてくれる相手は居ないかもしれない。竜王は魔素に還り、竜族は滅んだのだ。この記憶を忘れさせてくれる、自由を体験させてくれる相手が居ない世界で時間を潰していても、仕方が無くなって来ていた。
一度、永い眠りに着こう。そうして何百年かすれば、きっとまた強いものが現れる。そこでまた魂を燃やせばいい。そして、闘いの中で命の火を燃え尽きるまで使い尽すのだ。この忌まわしい記憶ごと。そうして、彼女は自分自身を龍鱗で覆うと、岩のように動かなくなった。
ポーン、という気の抜けた音を聴いたミスティは、徐に眠りから覚める。一体どれだけの時間眠っていたのだろう。身体の表面全てを覆った強固な龍鱗を解除しつつ、あたりを見回す。身体が、軽い。どこかから魔素が入って来ている。どこかの魔術陣が解放されたのか?もしかしたら竜王が現れたのかもしれない。
だが、どうでもいい。私にあるのは、闘争だけ。どれだけ時間が流れていようが、関係ない。強者はどこだ?アタシの前に面を見せろ。
パラの魔獣は相変わらず少なく、強者を追い求めてそのまま南下すると、ミスティはいい「ポイント」を見つけた。沢山の船が行き来する海域。ここで暴れれば、きっとそれを退治するために「いいの」が引っかかってくる。
そして、ほどなくしてそれはやって来た。ドラゴニュートかと思ったが、どうやら本物の竜らしい。へぇ、ヒュデッカの龍王か。こいつは…思った以上の大物が釣れたね。
奴との戦いは次の2つ月の新月。いいね、アタシの死に場所に相応しい!これ以上の相手は居ない!魂を、命を、燃やし尽くすまで闘ってやる!
ミスティは数百年ぶりに、声を上げて笑った。
‐‐‐‐‐
ヒュデッカからパラへの移動は困難を極める。とにかく距離が遠いのだ。かといって魔術で移動しようとすれば、ミスティとの戦いの前に随分と魔素を消費してしまうことになる。それは避けたかった。結局、テレスタはモレヴィアまでは空間転移魔術で、そこから先はカーミラと一緒に、ルノの精霊魔法で移動することにした。カーミラの手元には数本の霊水。これで、魔素切れについては対応できる。
テレスタは、空間移転の後に霊水を飲みながら話しかける。その姿はモレヴィア郊外なので、1メートルの蛇の姿だ。
「すまない、カーミラ。結構な負担になると思うけれど、頼りにしてる。」
その言葉に微笑みを返すカーミラ。
「全くだわ…でも、テレスタとの二人旅だし、許してあげる。」
“あたしの力を使うくせに、あたしの事を忘れるとか!”
ルノが少しご立腹だが、まあカーミラの事は応援してるし、最近はなんだか順調そうなので、本気で怒っているわけではない。
(うーん、こうして面と向かって好意を寄せられると、何というか恥ずかしいな。)
「大将、俺たちモテるな。」
「紳士としての対応を所望します。」
「…。」
「カーミラお姉ちゃんかわいいから好き!」
「つか、話の流れ見えてないんだけど?」
ギュネシは困惑気味だ。なにしろ生まれてから1ヵ月も経っていない。カーミラに会うのは今日が初めてかも解らない。
「そのうち慣れるよ、ギュネシ。私たちは、モテるんだぞ。」
言ってしまったあとに、余計な事だったかと思い返す。まぁ、色々な女性から言い寄られるのは確かだしな…ライナスにも暗にモテると言われたし、確か。
「へぇ、そいつは楽しみだな兄貴。」
うん、楽しみにしていてくれ。余計な事を言わなければ、私も文句は無いから。
「それじゃ、魔術を付与するわ。目的地は「竜巻の丘陵」、多分ここからだと…風の付与で10日ほどかしらね。」
「やはり遠いな、今のカーミラの風の付与で10日もかかるのか!」
現在のカーミラの風の付与ははっきり言って規格外になりつつある。何しろ実力はBランク冒険者と変わらないほどだ。風の付与によって行使できる速度は全力の馬よりも速く、しかもその魔素消費量はグッと抑えられている。だが、それを毎日ぶっ通しで使い続けても、なお10日もかかる道のりなのだ。テレスタはその広大さに若干辟易した。
「そうねー。パラ大平原はヒュデッカよりさらに広いからね。遮るものが無いからぐんぐん進めるけど、距離はどうにもならないわ。」
諦めたように話すカーミラ。
「ルノ、お願い。」
“はーい”
ブワリ、と全身を取り巻く強風。しかしそれはあくまでも優しく、対象を守るように包み込む。
「さ、行きましょうテレスタ。あの金髪女をブッ飛ばすんでしょ?」
テレスタに近寄る女は敵、とでもいうようなカーミラの言葉に、苦笑してしまうテレスタ。
「お、そいつも兄貴の女かい?」
ギュネシが早速余計な事を言っている。私の女?いいや、違う。そんな予定は断じてない。
「そうなのかぁ?金髪女、悪くないと思うけどねぇ。」
ギュネシにこれ以上しゃべらせてもあまり良いことはなさそうだと思い、彼の言葉は流すことにする。
そんなやり取りを経て、テレスタとカーミラはパラへ向けて疾駆していくのだった。
パラの夜明け。地平線の彼方より陽光が突き刺し、すべての大地がオレンジ色に染まる。まるで大地が燃え上がっているかのように。その燃え盛る大地に、2つの陰。3枚の翼を右肩から生やす金髪の美女と、体長80メートルは在ろうかという巨大な多頭龍。一触即発の雰囲気を纏いながら、しかし彼らに気負った様子はなく、女は口角を上げて巨大な龍を見返している。
「ハッハ、ホントにやってくるとはね。」
「そりゃ、ヒュデッカに乗り込まれちゃこっちが困る。おたくと以前喧嘩したオリヴィアがわざわざ守ってくれてた城が崩れちまったら、泣くに泣けないんでな。」
ミスティは驚いたような表情でこちらを見返してくる。
「オリヴィア!まだ生きてたのか!?全く、そんならさっさとヒュデッカに乗りこめば良かった!」
「本気で戦闘狂らしいな。とりあえず今日で満足してくれよ?」
テレスタのその言葉にニイイィッと口角を斜めにしながら、ミスティは返す。
「それはアンタ次第さ。さあ、闘いを始めよう!魂を燃やす戦いを!アンタは…アタシを自由にしてくれるのかい!?」
何のことだ?とテレスタが応えようとした矢先、鋭い風を纏った拳が、テレスタの眼前に襲い掛かった!
いつも有難うございます。
過去シーンが長くなってしまいました。
なかなか着地点を決めるのが難しですね。




