表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒牙の泉  作者: たまごいため
パラ大平原と亜竜
51/105

守るべきもの。

 10年の月日が流れるのはあっという間だった。そして、ミスティもまた、20歳を迎えていた。亜竜族はエルフや精霊同様、外見の年はほとんど取らない。彼らは20歳前後になると、以降は姿形を変えることなく、後は自分の意思で消えるべき時と場所を選ぶことになる。

 この10年は、村にとってあまり諸手を上げて喜べるようなものでは無かった。年々薄くなるパラ大平原の魔素。収穫量の減っていく農作物。故郷を泣く泣く離れる人間族たち。ミスティの暮らす村の人口も減り、何頭かの竜は村々を支えるため、と自分自身を土地と同化するように魔素に変えて、土地のエネルギーの下支えをした。

 高々竜一頭の魔素でも一つの村位なら1年は収穫を支えられる。土地に全く力がなくなったわけではないし、きっと、来年こそは、そのような判断から、数年、そういった活動が成された。しかし、結局、その「いつか」が訪れることは無かった。

 そんな10年の間、ミスティは村を守る竜の戦士として風魔術の練度を上げていった。「訓練なら仕方ない。」という幼いころに諭された父親の言葉にかこつけて、様々な土地の様々な戦士たちと拳を交わし、自らの力を高めることにいそしんだ。

 村の事は、自分には難しくて解らない。竜の一生は長いのだし、今のうちはこうして戦士としての修業を積み、そのうち村の魔素の問題も納まったら自分の役割なんかも考えていこう、彼女はそう思っていた。その頃は、まだ。


 ラームジェルグの下に、直観がもたらされたのは、そんな折だった。パラ大平原は疲弊しきっており、それは他の竜王の土地でも同じことだった。お互いが開いたゲートの繋がりもかなり希薄になり、そもそもお互いに流す魔素の量が足りなくなってきていた。現在は魔素の余っているヒュデッカから其々の竜王が治める土地へ微量ながら魔素を送り届けている、そんな状況であった。

 竜王の役割の一つたる魔素の循環。それが不可能になって来ている。それに頭を悩ませる日々だったのだが、ここに来て唐突に、「世界」の方からアクセスがかかったのだ。他でもない、ラームジェルグ自身の思考の中に。


「何ということだ…。」


 全く想像もしていなかった魔素の枯渇の原因。そのことに、ラームジェルグは言葉を失った。この世界そのものが弱まってきている。それも、この大陸の遥か東、ガストラ山脈のさらに向こうに広がる土地で起こっている変動が原因で。

 大陸はガストラ山脈を挟んで西側・東側に解れており、西に8体、東に8体の竜王がそれぞれの属性を持って土地を治め、バランスを取っている。そのことは全ての竜王が理解していた。そして、西側が一つのグループ、東側が一つのグループとしてそれぞれに独立してエネルギーの交換を行っており、山脈を挟んだ反対側については暗黙のうちにお互い不干渉を決めていた。

 だが、直観に従えばそうも言ってはいられない。どうやら、東側の竜王達は全滅したようだ。原因までは解らない。まるでラームジェルグ自身にも意味が解らない。だが、「世界」は告げていた。それは全滅である、と。

 そして、もう一つ、竜王達は全員が同時に託された。全ての竜族を率いて東に赴き、世界を守る盾となれ、という使命を。「世界」は全ての竜王に同時に話しかけた。そして、その声に全ての竜王は従った。大陸西側に活きるすべての生命と自分自身の家族のために、彼らは立ち上がった。


「お父さん!どういうことなの!ガストラ山脈の東なんて、どうしてそんなところに?」


 ミスティは困惑して、まくし立てた。まだまだ自分の一生には時間がある。時間をかけて、自分の在り方を模索していこう、そんなことを考えていた矢先、唐突に父は竜族を伴って東へ行くと言い出したのだ。期日は、この雨季が終わったら。もう数週間しか残っていない。そして、いつ終わるのかも分からないという。


「すまない、ミスティ。だが、これは竜族が全力を賭してやらなければならない事なのだ。」


「じゃあ、私も行く!私だって竜族だ。鍛錬も続けてきたんだ!きっとみんなの、お父さんの役に立つ!」


「いいや、ミスティ。お前は残るんだ。お前の役割は、村の皆を、この土地を守ることだ。」


「どうして!」


 ミスティは食い下がったが、ラームジェルグは首を横に振る。


「お願いだ、愛するミスティ。聴いておくれ。私は娘に危険な思いをさせたくはない。それに、この土地と、ここに残るすべての人々を守ることが出来る存在は、お前をおいて他にはいないんだ。人と、竜王の血を継ぐ、お前しか。私たちも死地に赴こうというのではない。きっと戻ってくるつもりだ。だが、その間、弱った人間族の村人たちを守り通せるのはお前だけなんだ。」


「…。」


 ミスティは沈黙した。そんなずるい話はあるか。私が亜竜だからなのか。竜族だけが特別で、私は足手まといに過ぎないのか。

 怒りや悲しみ、恨みや悔しさ、それらがない交ぜになって沸騰したミスティは、その場から背を向けて駆け出した。もうどうにでもなれ。どこへとも消えていけ。


「ミスティ!待ちなさい!」


 ラームジェルグは叫んだが、娘は戻ってこなかった。




やがて、ラームジェルグ達の出立の日がやって来た。しかし、彼の前に愛娘の姿は無い。


(ミスティ...)


悲痛な面持ちのラームジェルグ。旅立つ彼らは知っている。自分達はもう2度とこの地を踏むことはない、ということを。それはラームジェルグから共に発つ眷属のみに伝えられた言葉であり、ミスティはその事実を知らないままだった。

妻も沈痛そうな表情を浮かべていたが、それを気丈にも微笑みに変えて、ラームジェルグを見送っている。


「お帰りを、お待ちしております。」


「ああ、きっと帰ってくる。」


最後にそう交わすと、竜の一団とその眷属達は踵を返し、東へと旅立っていった。後に残されたのは、不安そうな面持ちの人間族の村人達と、何人かの亜竜のみ。




 月日は流れた。ミスティは荒れ狂った。帰ってこない父親に、竜族に。何故自分を置いてきぼりにしたのか。何故、帰ってこない。何故、私には真実を伝えなかった!

毎日を闘争に明け暮れるミスティ。闘っている間だけは、全てを忘れることができた。父親の事、自分の事、竜達のこと、本当は自分は捨てられたんじゃないかということ、父は最初から帰ってこないつもりだったんじゃないか、ということ。みんなを守らなければ、ということ。邪推や不安を全てない交ぜにして拳に込める彼女の後ろには、飢えた魔獣の躯が死屍累々と積み上がった。

荒れ狂っていた筈のミスティは、それでも人間族の前でだけは何とか気丈に振る舞っていた。皆の事が好きだ。この土地が好きだ。私は置いていかれたかもしれない。だけど、皆の事を私は置いていかない。絶対に、絶対に。それが彼女に残された唯一の矜持。守るもののために私は闘うのだ。


だが、人間族の心は移ろいやすいもの。厳しさを増す環境に、ある時「竜王はこの土地と我々を捨てて、新たな土地で暮らしているのだ」という根も葉もない噂がたった。

あれだけ竜王の存在に支えられていたというのに、それは掌を反したごとく、怨恨という諸刃の剣となって降り注いだ。人間族のもとに残っていたミスティの頭上に。


「裏切り者!」


誰が言い始めたのか、分からない。だが、誰彼ともなく罵声を浴びせられるようになった。


「私達は信じていたんだぞ、竜族め!忌々しい!」

「そうだ!我々を捨てて逃げ出しやがったんだ!」

「竜の娘を許すな、正義は我々にある!」

「竜王の妾を引っ捕らえろ!」


やめて、やめてよ、みんな。私が何をしたっていうの?...どうしてなの?みんなのこと大好きだったのに。私が悪かったの?みんなのことをずっと守ってきたのに。どうして?どうして?もう、みんなやめてよ...

ミスティは泣き叫び、露頭を彷徨う。ミスティの母は、村長から保護という名の下、軟禁された。仲間の亜竜達は、人間族に愛想をつかして、どこへともなく出ていった。


村中から石を投げつけられるミスティ。痛い。身体に傷はつかない。だが、心は鎧に覆われているわけじゃない。それでも、己の矜持は捨てなかった。村人を、この土地を守る。

何とか意思の力で立ち上がろうとする。しかし、親しくしていた人々が豹変していくのを見るにつけ、その瞳は濁り、心は淀んでいった。


「故郷をこんな土地にしちまいやがって。あんた達と同じ空気吸うなんて、反吐が出る!」

メイおばあちゃん...

「ふん、裏切った罰だ、ざまあないな!」

ラルフおじさん...

「あんた達の所為で...全部、あんた達が悪いのよ!」

マロンさん...


 気が狂いそうだ。もう、村にいることは出来ない。ミスティにとって、守る、という矜持は自分の支えであった。それ故、自らの意識にそれを持ったまま、かといってもはや村に留まることも出来ず、ミスティは荒野で戦いに明け暮れることでその痛みを紛らわそうとした。来る日も来る日も、村に戻ることなく、戦い続けた。戦っている間だけは、私は自由。闘争は全ての忌まわしい記憶を忘れさせてくれる。守るために戦い始めた彼女は、次第にただ戦って全てを忘れるためだけに行動するようになっていった。

 それでも、彼女は自分の中で言い聞かせ続けた。自分はこの土地を守るんだ、そうすればいつかきっと全てがもとに戻る。


 ある時、ミスティは魔獣を追って移動してきたパラ大平原の南の端で、ドラゴニュートの旅人と出くわした。ドラゴニュートの大半はガストラ山脈の各地に小さな集落を築いて生活していた筈だ。なぜ、こんな場所に居るのか?


「ああ、何年か前の、大厄災から逃れてきたんだよ。」

「大厄災?」

「俺たちは、そう呼んでいる。ガストラ山脈の東半分が、消えて無くなったのさ。そこにやって来ていた無数の竜族と一緒にな。」


彼の話で、それが自分の父や、生活を共にしていた竜族であることを悟るミスティ。一体、何が?


「それは、俺にも良くわからんよ。ただ、竜たちが全て魔素へと回帰して、巨大な術式に使われたというのは、何となくわかる。あいつらが消えた後、ガストラ山脈の東側には信じられないような光の壁が空から連なって、何かの侵入を阻んでいるんだ。それで、俺たちドラゴニュートはそれに巻き込まれないように、こうして世界各地を移動しながら遊牧生活をするようになったのさ。」


 父は、やはり死んでいたのだ。そんなことは気付いていた。だが、心のどこかでは、いつかは、全てがもとに戻ると妄信していた。それは、やはり叶わぬ夢だったのだ。はじめから、全ては終わっていた。父はしかし、誇りをもって、この世界を守って死んでいったのだろう。そのことだけは、母に伝えなければ。

 ミスティは駆けた。風を受けて、母の下へと。そうして数日の後、彼女は村に戻ってきた。そこで、彼女を待ち受けていたのは、磔にされ、無残な姿へとなり果てた、母の姿であった。











いつも、有難うございます。

ブックマークも30件近く頂いて、本当に有り難いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ