光属性。
もう、何度目の戦闘だろうか。何種類目の新しい魔獣だろうか。数えるのも億劫になるくらい、大量の魔獣を殺してきたが、食べるまもなく次の魔獣が襲ってくる。それらは全てが毒属性であり、種々の毒を持ったいけ好かない連中ばかりだった。まぁ、その毒を全て盗んでいるテレスタは、さらにいけ好かない存在であると言えなくもないのだが。
「鉱物による毒、中毒、魅了、溶解毒、果てはエネルギーを奪う瘴気とか。だんだん私は自分の向かっている方向が解らなくなってきたよ。」
「どれも状態異常で地味なところが、また大将らしいな!」
「アグニ、私は正直、ひとつくらいは派手な魔術が欲しいと思い始めたよ。」
若干遠い目をしているテレスタに、憐憫の目を向けるアグニ。
「ま、大将は大将だ!そのままでいい!」
「お前に慰められると、残念さが2倍だよ。」
「お兄ちゃんは、今のままで十分カッコいいよ!」
「マイヤは優しい子だね。」
「なんでマイヤは特別だよ。」
「推して知るべし、だ。」
はぁ、とため息を吐く。まぁ実際アグニがこういう性格だから、自分が必要以上に暗くなる事が無いという訳で、助かっては居るのだろう。
それにしても、とテレスタは思う。魔獣の数が多すぎて、少しも西へ進んでいない。サマエルを葬った場所からそれほども進んでいないのに、ともかく魔獣が湧き出てきて前進どころでは無い。暫くはここで立ち往生しつつ、毒と魔素のレベルアップに取り組むか…
「主よ、次の魔獣が現れたようです。」
見ればまた新しい魔獣が堂々と正面から姿を現した所だった。グラジオラス、8本足の巨大なトカゲ型の魔獣だ。当然毒属性であり、それがどんな毒であるのか、までは龍王の記録庫には遺されていなかった。もしかしたらわざとだったのかもしれない。
「よし、皆、行くぞ!」
テレスタは気を取り直して、臨戦態勢に入っていった。
“テレスタ様、もうお休みになられた方が良いのでは?”
オリヴィアが後ろから声をかける。その言葉で我に返ったテレスタは、身体を1メートルの蛇に変化させて居城の中へと入ることにする。
「すまない、オリヴィア。少し、考え事をしていてね。」
今日の戦闘では、合成魔術や広域魔術を多用して、魔獣たちを殲滅することが出来た。しかし、パラでの戦闘ではこうはいかない。何しろ、今現在魔素が尽きることなく湧いているのは、この世界中でここ、毒牙の泉だけだ。パラ大平原において、ミスティとの戦闘中に盛大に合成魔術を披露すれば、いかに魔素の絶対値が底上げされたテレスタとはいえ、そう長くはもたないだろう。
(もういっそ、こっちに攻めてきてもらった方が楽かもしれない…)
一瞬はそんなことが過ったが、800年間オリヴィアが守って来てくれた古城を吹き飛ばされでもしたらたまらない。そもそも魔術陣だってどうなるか解らないのだから。
どうやら、合理化を貫き通しながら相手の隙を伺う、という事しかなさそうだ。ミスティにしても、大まかな条件は同じ事なのだから。
(その時のために、魔素の絶対値を増やし、術式のあくなき合理化を、かな。)
そこまで考えると、テレスタは居城の中へと入っていく。その姿を少し心配そうに見つめるオリヴィア。
“テレスタ様、差し出がましいですが、ひとつご提案をよろしいですか?”
「ん?ああ、もちろんだ。構わないよ。」
“ミスティ殿の扱う魔術はこの地上でも最強クラスの風属性魔術。生半可な攻撃では通りませんが、ひとつだけ例外があるといって良いと思います。”
「へぇ、その例外とは?」
興味津々のテレスタ。そんな彼に、オリヴィアは嬉々として応える。
“それは、光魔術です。私の使用している光魔術だけは、風の干渉を一切受けずに相手を攻撃することが可能です。”
そうか!忘れていた!テレスタはオリヴィアの言っていることに大きく頷いた。オリヴィアと戦った際にクロノスの空間干渉すらも無視して攻撃をされたことを思い出したのだ。
「なるほど、それならば合成魔術や高出力・高消費の魔術を使わなくても、攻撃を届かせることが出来る。」
“ええ、パラ大平原は相手の縄張りだけに、こちらには不利な条件が沢山あるかも知れません。しかし、風属性魔術には光属性はとても相性がいいと思います!”
「有り難う、オリヴィア、では早速明日から、光魔術の指導をお願いできるか?」
それを聴いて、パァッと笑顔をはじけさせるオリヴィアに、少しドキリとするテレスタ。彼女は絶世の美女と言っても過言では無いので、こういう笑顔を向けられると心がざわざわしてしまう。
“もちろんです、手取り足取り、骨の髄まで、教えて差し上げます!”
有り難いのだが、急に興奮し始めたオリヴィアの姿を見て、若干冷や汗を流すテレスタ。きっとスパルタンなご指導を賜ることになるのだろうなぁ…。まあ時間も無いことだ。と諦め、今日のところはゆっくり休むことにした。
光属性魔術とは、イメージ上は光線を操る、闇と対をなす聖なる属性を操る、という風に考えられがちである。しかし、実際のところそれが扱う対象は光そのものであるため、光の無くなった空間である闇、それもまた、光から生み出される現象として同属性に分類される。光と闇、その両方を駆使することのできる魔術、それが光属性であると言えるだろう。
“イメージするのは、光源です。先ず辺りを照らし出す光源をイメージできるようになること。そしてそのイメージを持って術式を発動出来るようになったら、次に行うのは光源とは真逆の現象、つまり光を全て霧散させる闇をイメージして下さい。これを何度も何度も繰り返すのです。”
“次にやるべきは光源を思い切り絞って、光を一本の束とすること。そのイメージを強く持ち、射出する方向を指定してください。他の魔術と違い、相手への着弾演算は要りません。絞った瞬間に、その方向に向けて直線的に進む、それが光の特長ですから。つまるところ、他の魔術よりも方向づけが不要な分、消費が少ないという訳です。”
「それでも、前にオリヴィアが使っていた光弾を使うとなると、そうもいかない訳だな?」
テレスタは質問する。それに喜色満面に応えるオリヴィア。
“さすが、テレスタ様です。【ゾディアック・フォール】のような光の雨は実際には光弾であり、あれについては着弾位置の演算が必要です。【ブリューナク】は逆に、思い切り魔素を詰め込んで思い切り投げるだけですね!”
あの爽快さは最高です!と言う様子のオリヴィアに、ブルッと震えるテレスタ。ブリューナクを思い切り投げつけられないように、今後とも努力しようと思う。オリヴィアは割と性格は一直線だから、ブリューナクみたいな力技が好きなんだろうな。
“さぁ、では早速始めましょう!まずは―”
オリヴィア先生による、光属性実践講座がスタートしていった。
その後の展開は早かった。半月にわたってオリヴィアに毎日講義を受けては魔獣に相対するという事が繰り返される。テレスタは久々に自分の魔素から別の属性を取り出すという作業に四苦八苦しながらも、どうやら光属性も問題なく自分の身体は扱えるのだな、という事を確認しができた。
光属性魔術の成長そのものもまた順調で、昨日はマッドヴァイパー等Bランク程度の魔獣を殲滅出来るほどまで成長していた。
そして今朝―。
「おはようさん。大将、兄弟増えたみたいだぜ。」
「わーい、弟だ!弟だ!」
予定調和的に新しい頭が生えていた。6本目の首。こちらを見つめて無言でいるのは、アグニの時から変わらない。取りあえず部屋を照らす光魔術で頭を起こしてやるとしよう。
「よぉ、なんか用か?兄貴。」
「…おはよう、名前聴いていいか?」
また、やりにくいのが増えた。兄貴、ときたもんだ。
「そりゃ、教えてやらない事も無い。ギュネシだ。光属性の、ギュネシ。」
「そうか、ギュネシ、これからよろしくな。」
「おぉ、よろしくなー。」
続いて、彼の兄貴たち、が挨拶する。
「アグニだ。よろしく頼むぜ!」
「ギュネシ殿、クロノスと申します。今後ともよしなに。」
「…ウダル。」
「ギュネシ!マイヤだよ!よろしくね!」
新しい首は、挨拶半分にあくびをしている。アグニがそれを見て若干青筋を立てているようだ。ギュネシは中々肝の据わった奴のようだが…同じ頭同士での喧嘩は勘弁な、と思うテレスタだった。
いつも有難うございます。
ストーリーが流れ出てこない日。
書いていると色々な日があるものですね。




