サマエル。
「前方、アクシズが4体!砲撃許可求めます!」
「なあ、マイヤ、そのノリは何なんだ?」
「えー、最近ずっと外に出てなかったからさぁ。少し楽しみたいんだよぉ。」
「じゃなくて、どこで覚えたんだ?」
「えー、船の上だよー。」
「ああ、そういえば船の上から火炎魔術出してたっけなぁ」
「炎壁防御!大将、下らないこと言ってんなよ!真面目にやってくれ!」
「でも最近アクシズ位なら何とでもなるじゃない?あれ、食べれないしさぁ」
「だからって俺に丸投げすんなや!光球!!」
アグニの光球はアクシズを捉えて、蒸発せしめる。
「ほらぁ、やっぱり食べるところ残らなかったし。」
「ちっ、しゃあねえ次行くぞ、次。」
毒牙の泉、中域を西に進むテレスタ。周辺の魔獣は強力だが、手に負えない程ではない。それに、この辺りに出入りしはじめてもう3日ほど経過している。その間もヒュドラやグリフォン等、Aランクの魔獣を何体か捕食し、魔素の絶対値を底上げしている。
(そろそろ前進する頃合いだな...)
テレスタは、レビウスに行って止まっていた脱皮が再開したことで70メートル近くになった身体を水中でくねらせながら進んで行く。オリヴィア曰く、今のテレスタでは危険だという泉の西部。そこに待ち受けるのは何なのか。
つと、空を見上げると、黒雲。テレスタは乾季のはじめにこの湿原に生まれた。そして、これから雨季に差し掛かろうとしているらしい。ヒュデッカの雨季は、全てが水に覆われるとか...
いや、まて、保護色になっていたが、黒雲の手前、何か飛んでいるぞ。
「...クロノス、確認できるか。」
「ええ、主よ、かなりのスピードで此方へ向かっています。翼を持った魔獣のようです。」
「西部の魔獣とは、初対面だな!」
程なく、眼前には翼を生やした真っ黒い蛇が姿を現す。
「なんだ、親戚か?」
「Aランクの魔獣、サマエルですね。ただ、主よ、注意が必要です。」
「何がだ?...ああ、これは...」
気付いた。積乱雲ごと、こっちに近づいてきている、ということに。あれはサマエルの群れ。真っ黒い腹側の鱗と、燃えるような背面の赤。サマエルは無数の大群となってテレスタに飛来した!
「広域魔術だ!アグニ、ウダル!マイヤは防壁展開!」
即座に合成魔術の術式を組む。
「ファイアストーム!」
青白い炎の渦が、天高く吹き上がる!ギャアアア!ギャアアア!
相当数のサマエルを焼き払い、ボチャボチャ、と泉に残骸が落下するが...
「何て数だありゃ。」
アグニが思わず、と言った風に呟く。いかにファイアストームといえど巨大な積乱雲を全て焼き尽くすとはとても行かず、接敵を許してしまった。サマエルの群れからは、その積乱雲をそのまま纏ったような、どす黒いガスが吹き荒れる!
「これは毒ガス...か?私に毒ガスは効かないぞ!」
そう叫んだ矢先、身体に変化が。テレスタの体表がジュウジュウと削られる。
「!?、強酸性のガスか!この毒は...まだ私の中には無い毒素だ!」
(まずい、身体の溶けるスピードが尋常ではない!早いところ抗体を造り出さねば!)
その間も唸るように吹き荒れる強酸性のガス。はじめに対応を誤った。毒ガスに抗体が無いことなど殆ど無かったために、直撃をもろに受け止めてしまったのだ。
「全員、私に思考をよこせぇ!」
他の4体の脳の演算も使って毒素の解析をしていくテレスタ。間断無く毒の嵐が吹き荒れ、体表のあらゆる部分を侵食していく!ぐ、ううううぅ 並列思考でも間に合わないか!?
「クロノス!回復魔術で浸食を遅らせろ!アグニは炎壁展開!毒ガスを燃やし尽くせ!他の二人は並列思考を継続だ!」
轟轟!!
アグニの炎壁がドーム状に展開、黒いガスに引火して外は爆炎の嵐と化している。ドームの内側は回復魔術と毒の浸食がぶつかり合う、煉獄のような様相。そんな中で並列思考をフル回転させ、毒の解析を進める!
数秒?1分?10分だろうか?永遠にも感じた浸食地獄は、唐突に終わりを告げる。テレスタの体表が回復しはじめた!
「よし!解析は終わりだ!クロノスは回復を維持!全員攻勢に回るぞ!」
炎壁のドームを解除すると、空を覆うサマエルの群が、空間を真っ黒に埋め尽くしているのが見える。
「ふん、全て食い尽くしてやる!」
テレスタのセリフとほぼ同時に、サマエルの群れもまた、大口を開けて突っ込んでくる!喰うか喰われるか。ここはそういう場所なのだ。
「私が、喰う側だ!マイヤ、ウダル、術式合成だ。奴等に本物の積乱雲を教えてやれ!」
アグニが炎壁でサマエルの体当たりを牽制する。これだけの数に噛み付かれては巨大なテレスタの身体をもってしても肉片すら残らないだろう。奴等を近付けることイコールこの身体の消滅を意味する。この炎壁から内側が自分のライフゾーンだ。
その間も着々と術式を組み上げる二頭。青白い炎壁で焼き尽くされるサマエル達。中には炎を掻い潜ってくるものもいるが、逐一テレスタが毒槍で打ち落とす。
「お兄ちゃん、術式が完成したよ!」
「...了!」
テレスタからは見えないが、上空のサマエルの群れの中央には巨大な魔術陣が展開、青白い光を放っていた。
「よし、かましてやれ!」
『コール・ハリケーン!』
ゴゥ!
魔術陣が解き放たれ、猛烈な上昇気流が発生、地上の気圧をぐんぐん下げていき、サマエルの覆い尽くしている空の、そのさらに上空には竜巻の様な渦を巻いた巨大なハリケーンが出現した。その中心気圧は実に地球に換算して800hp。その嵐のなかを、巨大な雷の剣が縦横無尽に駆け巡る!
サマエル達は悲鳴をあげながら、なす統べなく突風に蹂躙されていく。その死骸は空中から落ちてこず、どんどんとハリケーンの上空へ巻き上げられていった。ある者は別の者に高速で衝突してもろともに絶命し、ある者は強烈な上昇気流で出来上がった鎌鼬によって切り裂かれ、またある者は雷撃に撃ち抜かれて死んでいく。
ひとしきり地上の全てを巻き上げ、豪雨と雷を降らせたハリケーンは、唐突に終わりを迎える。辺りは圧倒的な死の静寂に包まれている。積乱雲のごときサマエルの集団は跡形もなく消え去り、地上には死屍累々とサマエルが折り重なっていた。
「これは…今までの中でも随一の広範囲魔術になったな。」
「すごいでしょ!ほめてほめて!」
「…。」
「あー、クロノス、俺たちも負けてらんねえな?」
「アグニ、そうですね。私たちの合成魔術も改良が必要です。」
「みんな、よくやってくれた。私の判断ミスで死ぬ直前だったが…おかげで強酸性の溶解毒も身に着けることが出来たよ。」
「まぁ、地味な大将にも式が増えて良かったんじゃねぇか?」
「お前はいちいちうるさいよ。」
テレスタはアグニの軽口に応える。先の戦闘で多少疲弊していたが、何しろここは毒牙の泉。魔素については全く問題ない。サマエルの躯については、この地の恵みとして有り難く頂こう。
「それにしても、私が知らない毒がまだあるとは…もしかすると、毒牙の泉の奥地はその名の通り、毒属性特化の魔獣が増えていくのかもしれない。」
「主よ、それはあり得ますね。毒牙の王にとって、それは必要な試練となるのでしょう。」
「大将よう、オリヴィアちゃんの言ってた、今の俺らじゃ危険、っつうのも、大将の知らねぇ毒が増えるっつう、そういう事かもなぁ?」
「うん、気を付けよう、お兄ちゃん。」
「そうだな。ま、ともかく、今は食事だ。これだけのAランク魔獣、体内に取り込んだら魔素の絶対値もきっとすごいことになるぞ!」
テレスタの悪食に、クロノス達も若干辟易している様子だったが、5頭はそれぞれがサマエルを一体ずつくわえ、飲み込んでいった。
サマエルをあらかた食べ終わるころには、その死骸の匂いを嗅ぎつけたのか、無数の魔獣が集まって来ている気配。テレスタ一行は無言で次の戦闘に備え、泉の奥へと進んでいった。
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