一騎打ち。
ネルヴァは、騎士であることに誇りをもっている。彼の生まれ育ったホルテンシウス家は代々騎士の家系であり、かつてロンディノムがまだ小国で有ったころからその版図の拡大に寄与してきた家柄だ。南大陸の旧ブラビア帝国、現在のケイロネア帝国とのオルドゥス海峡を挟んだ幾多の戦いにおいて挙げた武勲は数知れず、戦争がとうに終結した今でもホルテンシウス家の名前はレビウスに知れ渡っている。
そんな家にあって、ネルヴァもまた幼少より剣の洗礼を受け、稽古に励んできた。10代でめきめきと頭角を現した彼は、代々仕えるアタナシウス家の当主の目にいち早く留まり、僅か20歳の時にその私兵である騎士団の長を任されるに至っている。
都市きっての武闘派であるアタナシウス家の騎士団長ということは、そのままレビウス防衛騎士団の騎士団長でもあるという事で、ネルヴァの事をこの都市で知らない者はいないほどの実力者であった。その腰には常に宝剣フレイムタンが下げられ、市民からは尊崇を、騎士や冒険者からは畏敬を、恣にしていた。
そのネルヴァは今、信じられないモノを見るかの如く瞠目している。もはや自分の右腕そのものといって良いフレイムタン。それの創り出す炎の嵐を、目の前の男はまるで火の粉を払うがごとく散らしていくではないか。
そう、その男の振り回す得物はまるで竜巻。あんなもの、人間が扱えるとはとても思えない。
「…化け物め。」
ネルヴァは呟いた。頬には、自ら作り出した炎熱にも関わらず、冷たい汗が流れていた。
‐‐‐‐‐
テレスタは、闘技場の高さ5メートルはある壁から、まるで階段を下りるように飛び降り、ネルヴァの前に立った。その口角は、未知の武器とあいまみえること、それに自分の人化の強さをようやく量れることにワクワクしている影響で、不気味に吊り上がっていた。真っ白い肌と黒い角が相まって、悪魔にしか見えない。
「…その格好でやる気か?」
ハーフプレートアーマーに身を包んだネルヴァが尋ねる。テレスタの格好は旅装束のようなローブ姿。恐らく魔獣の皮を鞣したものだろうが、それでも鎧に比べると遥かに防御力は下がるだろう。
「ああ、問題ない。もっとも、武器は流石に使わせてもらうがね。」
そう言うと、ローブの内ポケットより何がしかを取り出すテレスタ。瞬間、彼の手には信じられない大質量の重量武器が姿を現した。ネルヴァはあまりの出来事に息を呑み、それは観覧席にかけていた議員たちも同様だ。一斉に息を呑むと、どよどよとした声を漏らしている。
ああ、そうだ、宣伝だったな。ヘクトにも少し貢献してやらないと。
「こいつはツイン・ヴァルディッシュ“ディアブロ”。モレヴィアの鍛冶師キュクロプスのヘクトが打った一点ものだ。なんでも伝説の魔神を叩き斬るためのモノらしい。人間のあんたには悪いが、これを使わせてもらおう。」
ディアブロは今、テレスタの手の中で連結して握られている。本来のヴァルディッシュの形状だ。刃渡り2メートルの刀身が風車のように連なった威容は、見る者を圧倒する。グッと腰をためて構えるテレスタの姿に、ネルヴァは久しく感じたことの無いプレッシャーを受け、嫌な汗を流している。
視界の端では立ち上がったルルドが、右手を上げると、
「はじめ!」
試合開始の号令を響かせた。
瞬間、ネルヴァはフレイムタンを横凪に一閃。先ずは避けにくい胴へと一撃を放つ。大抵の騎士や冒険者ならこの一撃すら避けることは出来なかったろう。だが、テレスタは瞬時にディアブロを地面に突き刺すと、まるで棒高跳びのように地面を離れ、フレイムタンの火炎を回避。そのまま体を前方宙返りの要領で回すと、地面から離れたディアブロが恐ろしい唸りを上げて唐竹割りの軌道を描きながらネルヴァを襲う。
ネルヴァは受けきれないと判断しその場を離脱、直後、 ドッゴォン!! 盛大な音とともに大理石の床には巨大なクレーターが空いた。その大きさは先ほどのヒル・ギガースの比では無い。
テレスタは着地と同時にディアブロを真一文字に振るう。たまらず距離を取るネルヴァ。バックステップを踏みながらも、炎による牽制を怠らない。フレイムタンの炎は膂力に寄らず一定。要するに詠唱無しで打ち放題の火球のようなものなのだ。その打ち放題で強力な火炎の斬撃がクロスしてテレスタを襲う。横一線で放たれたヴァルディッシュを両手に持ち替えたテレスタは、そのまま自分を中心にグルングルンとそれを振るうと、刀身が火炎とぶつかり、盛大にその場で燃え盛り、消滅する。
ネルヴァはここが一つ目の勝負の山だと感じ取り、テレスタの重量武器の射程範囲外から火炎斬撃の雨を降らせる。もちろん彼も火炎を撃つごとに少しずつ魔素を消費しており、限界はあるのだが、この正念場でそれを気にしていては勝ち目はないと踏んだのだ。
四方より迫りくるフレイムタンの劫火にテレスタがとった行動は、その場に立ち尽くすというもの。ネルヴァは歴戦の経験から「勝った」と思った時こそ危険だ、と知っていたものの、この時ばかりはフレイムタンの威力への信頼がその目を曇らせた。
(…勝った!)
ネルヴァは残心しながら、時間がゆっくりと流れる中で相手に着弾しようという火炎とテレスタの姿を見届ける。だが、次の瞬間、彼は目を見開いた。
テレスタはディアブロを火炎にぶつけて相殺することは諦め、その場で高速で回転させ始めた。その刀身のスピードはもはや目で追うことは出来ない。そして、その刃渡り合計5メートルに達しようかという刀身が創り出した刃の結界は、まるで竜巻。
ゴオオオオゥ
強烈な上昇気流にぶつけられた火炎はその姿を無残に散らしていく。
「…化け物め。」
テレスタは手を止めると、そのように呟くネルヴァに話しかけた。
「ネルヴァ殿、どうやら魔素がかなり少なくなっているようだが?まだ続けられるか?」
魔素の残量を見抜いている様子のテレスタに内心焦りを覚えるネルヴァ。しかし、レビウスの剣として、ここで引くわけにはいかない。自分の双肩には、ホルテンシウス家の誇り、アタナシウス家の誇り、レビウスの誇りがかかっているのだ。
「…無論だ。」
ネルヴァは応えると同時に前へと踏み込んだ。テレスタの懐に踏み込み、大型武器特有の隙を狙っていく戦法に切り替えることにしたのだ。
素早い踏み込みに、しかし対応するテレスタ。ディアブロを横に一閃。その横凪をギリギリで回避しながら、さらに踏み込んでくるネルヴァ。だが、ディアブロはその特殊な形状から、返す刀が圧倒的に早い。続いて襲ってくる右袈裟懸けの一撃を、刀身に向かって右回りに潜りこむように回避するネルヴァ。彼我の距離はかなり縮まって来ている。次を凌げば、確実に仕留められる!そう思った刹那、ネルヴァの眼前からテレスタが忽然と消えていた。
一瞬、ほんの一瞬だが呆けてしまったネルヴァ。しかし、戦いの最中にあってそれは絶対に見せてはいけない一瞬でもあった。視線を戻すと、テレスタを確認。奴は…空中に居た。
テレスタはその場で大きく跳躍していた。巨大な武器を持ったまま。一体誰が想像するだろうか?超重量武器を持ったまま、空中高く跳躍するなどと言うことを。人間は無手でもそんなに飛び上がらんぞ。ネルヴァはどこか呆れて、戦いとは別の事を考えだしていた。
「すまんな、ネルヴァ殿、あなたに恨みは無いが、耐えてくれ。」
テレスタがそう漏らすのを聴いて、口角を上げるネルヴァ。どうやら、叩き斬るという事では無い様だ。もしかすると、初めから手加減されていたのかもしれない。やれやれ、喰えない人だ―
ゴッ!
次の瞬間、ディアブロの刀身の腹がネルヴァを直撃。フレイムタンのガードごと、一直線に吹き飛ばされ、壁に突き刺さったネルヴァは、そのまま意識を闇に沈めた。
「―そ、それまで!」
ルルドが試合終了の合図を叫ぶ。同時に、
シュッ
テレスタの首筋、腹部、右脚に毒礫が突き刺さった。
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