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毒牙の泉  作者: たまごいため
海洋都市レビウス
41/105

アタナシウス家。

 白目を向いて完全に気を失っているジェイクが、アタナシウス家の邸宅に運ばれたのはその日の午後だった。武闘派として知られるアタナシウス家、そこではまず強さが一義的に求められており、嫡男をはじめその息子たちに例外は無い。アタナシウス家現当主であるルルド・アタナシウスはベッドの上で伸びるジェイクを一瞥し、いかにも機嫌が悪い、と言った風体で舌打ちをひとつ。


「…この愚物が!アタナシウス家が武力で敗れるという事がどういうことか、解っているのか!」


 と、苛立たしげに言い放った。とはいえ、当のジェイクは白目を向いて倒れているため、その言葉は届かない。代わりに部屋の侍従たちがビクリと反応しただけだ。

 そのままジェイクの部屋を後にしたルルドはのしのしといった調子で肩をいからせながら自分の執務室へと向かう。


「旦那様、ジェイク様を打ち負かした輩どもはモレヴィアのギルド職員を名乗っているようですが、どのように対応なさるおつもりで?」


「そうだな…。」


 家臣の言葉に、思考を巡らせるルルド。ギルドは中立機関だけに、直接干渉をすることは出来ないが、だからと言って一職員、しかもモレヴィア・ギルドの職員をレビウス・ギルドがわざわざ保護する、などと言うことは考えづらかった。


「聴けば魔獣の調査及び討伐の任務でこちらに来ている様子。その合間によからぬ事故に合う事もございましょう。」


 一考を投じる家臣。しかし、ルルドは首を縦には振らない。


「だがな、アタナシウス家が武で後れを取ったまま本人に消えられては、我が沽券にかかわる。やはり、正々堂々と一騎打ちにしたいものだ。」


「ですが、ルルド様、万一の事があっては…」


「トロット、よもや我々が敗北する、などと思っているのではあるまいな?我が騎士団は大陸有数の力を持つ精強がそろっているのだぞ、そのような亜人、どうとでもなるというものであろう。」


「それは、存じておりますが…」


 なお歯切れの悪いトロット。アタナシウス家の事を考えるなら、万一にも邪魔な存在が残らぬよう、ここで確実に手を打っておきたいのだが、いかんせん主の考えが質実剛健なためにそのような搦め手を使う事が出来ない。


「なに、今回の一騎打ちにはこちらでも最高の騎士を出そうではないか。だれか!」


「ここに。」


「ネルヴァを呼んで参れ。」


 ルルドはニヤリと口角を吊り上げ、トロットを見やる。その眼前、トロットは驚いたような顔を見せる。主もどうやら遊ぶ気持ちはさらさら無いようだ、とそこで気づく。

 やがて、金属のガチャガチャという音を響かせながら、一人の男が執務室へと姿を見せた。


「お呼びですか、ルルド様。」


 片膝を付き頭を垂れる騎士鎧の男。ルルドは威厳を持った声で彼に話しかける。


「うむ、よく来てくれた、ネルヴァ。お主の武を見込んで頼みがある。」


 ネルヴァ、と呼ばれた家臣は当主の話を聴くと、早速、と言った風で身を翻し、昼間でもほの暗い屋敷の廊下の闇へと消えていった。





 数日の間、何度か漁港の船に同乗させてもらい、周辺海域に出てみたテレスタであったが、手がかりすら掴めずに過ごしていた。そもそも魔獣に襲われたという船舶自体ここ数日出ておらず、ギルド全体が手をこまねいているような状況であった。

 

「困ったわね、こうも状況が掴めないと、2か月後に報告に戻るにしても、伝えることが何もないんじゃね」


「…美味いな、これ。川魚と違って…」


「ちょっとあんた聴いてんの?まぁ、海の魚が美味しいのは認めるけど…」


 完全に観光旅行気分になってしまっているテレスタに呆れ顔のカーミラ。そんな彼女も右手には串が握られており、モレヴィアの川魚の築根とはまた違った味わいを楽しんでいる辺り、人の事は言えない。

 レビウスの屋台では、すっかり二人は有名になり始めていた。何しろ容姿が目立つ。


「よお!白黒のお二人!今日はいいのが上がってるぜ!一つどうだい?安くしとくぜ!」

 屋台から威勢のいい声がかけられる。テレスタはかなりの大食いなので、それなりに上顧客として認識され始めているのだ。とはいえ胃袋の容積は限られているわけだから、その取り合いは熾烈になる。


「そら、今朝上がったばかりの魚の燻製だ!外はバリっと、中はジューシーで美味いぜ!どうだい?」

「ほら、とれたての海老をたっぷり使ったスープだよ!うちの小麦で作ったパンと一緒に上がんな!ほっぺたとろけちゃうよ!」

「魚介の炊き込み飯はどうだ?腹へってんだろぉ?がっつり食っていけや!」


 全部に応えるわけにも行かず、さりとて断るのも気が引ける、テレスタが腕を組んでうんうんと考えていると、


「では、全部頂けるかな?」


 横から声がかかった。テレスタが驚いて振り返ると、切れ長な目をした黒服の男が、何人か部下らしき者を連れて立っていた。





「美味い!いやー、悪いね、全部おごってもらっちゃって。あんたいい人だね。」


「この町の特産物を毎日買いまわってる人が居ると聞いてね。僕はこの町の広報なんかも担当してるから、是非もっとよく知ってほしいと思ったんだよ。」


 テレスタは簡単に胃袋を掴まれ、彼らとともに今はテーブルと椅子のあるスペースで談笑している。カーミラは若干男たちに不信な目を向けていたが、どうも敵意があるとも思えず、取り敢えず付かず離れず、様子を見ることにした。


「改めまして、僕はミハエル。この都市で貿易をしながら、議会にも席を置いている。」


「テレスタだ。モレヴィアで冒険者ギルドの職員をしてる。」


「テレスタ、いい名前だね。今後ともよろしく。それで実はね、今日は、都市の議長から言伝があるんだ。」


「…議長から?それはまた、そんなお偉いさんと繋がるような事、したかな?」


 実際、お偉いさんと繋がるとしたら、あの喧嘩ぐらいなものだろう。わざとかなり派手にやったし、相手もこの街の権力者の息子と云う事だった。お偉いさんが悪い意味で繋がってくるのは仕方ないことだった。


「ああ、実は議長がギルド総統と懇意にしていてね、面白い職員が来ていると話を聞きつけたそうなんだ。是非とも一度お会いしたいという事なんだけれど、どうかな?」


「…まぁ、別に問題ない。ここのところ魔獣も現れないし、実際問題やることが無くて困っていたんだ。」


 一瞬の逡巡の後、テレスタは話に乗る事にする。どのみち、いつかは面倒ごとになると思っていたのだし、早いところ乗ってしまおう、という事にした。


「それは重畳。では、地図を渡しておくから、明日の中天頃にそちらへお越しいただけるかな?」


 ミハエルはニコリとほほ笑むと、簡単な地図を手渡して部下とともに立ち去った。周りの市民もミハエルにお辞儀などしているところを見ると、それなりに人望もある人間なのだろうか?

 ミハエルが立ち去った後、眉間にしわを寄せてカーミラが口を開く。


「怪しい、わね。普通に、嵌められてるんでしょうね。」


「やっぱりそう思うか?」


「そりゃそうよ。確かになんだか私たちも有名になり始めちゃってるけど、きっかけは絶対この前の喧嘩でしょ?都市のお偉いさんに貴族が絡んでないはずが無いもの。」


「でも、それに素直に嵌ってやるのが面白いんじゃないかな?もし戦闘になるなら、自分の人化中の実力がどの程度か、試したいのもあるしね。」


「はぁ、まあ好きにしたら良いわよ。でも、あたしをあんまり面倒ごとに巻き込まないでよね?」


「その辺は大丈夫でしょ。何とかなるよ。」


 諦めたように両手を広げて肩を竦めるカーミラ。心配はもちろんある。でも、テレスタなら大丈夫よね、そういう気持ちが湧いてきてしまうのも、偽りない事実であった。





 その日の夜、アタナシウス家のトロットの執務室には、屋敷と契約する暗殺者集団が集まっていた。


「良いか、皆の衆。明日はテレスタと名乗る亜人と、我々が誇る騎士ネルヴァ殿の一騎打ちが行われる。ネルヴァ殿が敗北するなどありえないことではあるが、万一に備え、おぬしらに配置についてもらう。もしもネルヴァ殿が敗北することがあれば、その場で礫を使って毒殺するのだ。なに、あとは私が何とかしよう。宜しく頼むぞ。」


 そこまで言うと、集まった面々の顔を見回すトロット。暗部を生業とする者たちは一様に頷き、踵を返して闇へと消えていった。トロットは満足げに笑みを浮かべた。

(亜人も、アタナシウス家も、全てフェノロマ家の糧と成るがいい。)

その笑みに、アタナシウス家への尊敬は見られなかった。

いつも有難うございます。

搦め手が上手に書ける人は、

頭がいいんだろうなぁと思います。

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