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毒牙の泉  作者: たまごいため
海洋都市レビウス
39/105

レビウスへ。

 ゆったりとした流れ。大陸特有の大きな川は対岸も見えぬほどの川幅を誇り、流量も多い。これが全てヒュデッカ大湿原から流れ出した水を源流としていると考えると、改めてその規模と豊かさに驚く。そんな大河の中央を進む船舶。船体には高速で移動できる風の術式が組み込まれ、水面を矢のように進んでいく。目的地は第2都市レビウス。ケイロネア帝国との貿易の玄関口であり、また様々な島しょ部との貿易を行っている、ロンディノム各地を結ぶ交易の要として発達した海洋都市である。

 テレスタの姿は今、モレヴィアからレビウスに向かうこの船上にあった。横にはカーミラも伴っている。先日、無事にモレヴィア冒険者ギルドの職員として登録出来たカーミラは、基本的にはテレスタが人間の都市を回るその行く先々でのお守を担当する事になった。

 まさに狙い通りと言ったところだが、「あまりうつつをぬかすんじゃないよ」とシーラから釘を刺されている。“白黒コンビ”の噂はすでにギルドにも浸透しつつあり、勘の良いシーラにはそれが誰だか解らない筈もない。情報が正確で報告が期日通りなら文句は無いが、詰まらない仕事をして来たら容赦しないぞ、というシーラからの言外のメッセージに、少し背筋の伸びるカーミラ。むろん、テレスタと一緒に過ごせるのは嬉しいが、仕事をおろそかにするつもりは無い。何せ、今後はダークエルフの外交官的な役割までこなすことになるのだ。あまりお粗末な事は出来ない、と流石に呑気なカーミラも気付いていた。

 ちなみに、オリヴィアはと言うと、一度毒牙の泉へと戻っていた。本人としては何とかしてテレスタに着いて行きたがっていたが、彼女はテレスタと違い体内の魔素の蓄積は殆ど無く、外では思うように身体を保っていられない事や、すでにモレヴィアでその魔素をほぼ使い切ってしまったこと、古城に魔獣が立ち入らぬよう、管理をするために戻らなければならない事などがあり、泣く泣く同行を諦めていた。だが、何より彼女を後押ししたのは、


「オリヴィア、城を任せられるのは、お前しかいない。私にはお前しかいないんだ(眷属が)。」


 というテレスタの一言であった。それに対してあからさまに顔を真っ赤にしながらも、はぁぁ、と吐息を漏らしながらキラキラとした視線を向けてきたオリヴィアと、半眼でこちらを睨んでくるカーミラを見て、「あっれぇぇ?もしかしてまた言葉のチョイスを間違えた?」とテレスタは思ったが、もはや取り返しがつかなかった。


 さて、そんな二人が何故この船に乗船しているかと言うと、シーラからの次の指令が出たためだ。今回は未到達領域の調査ではなく、最近レビウス近海に頻繁に出没するようになった海の魔獣についての調査・討伐が目的だ。もちろんギルドを通じて冒険者にも商船の護衛の依頼を出し、多数の受注をしているが、それとは別に念のため2人に同行させることになった。

 理由は、魔獣の強さや、その未知数の能力にある。どうやらこの海の魔獣はかなり強力なものらしいが、実際行方不明になった船舶の乗組員や護衛に当たった冒険者のうち、生き残った者が極端に少なく、その生き残りにしても魔獣の姿を見る間もなく船が沈んでしまった、という事が一つ。

 もう一つには、海洋都市レビウスの冒険者たちが、その膨大な経験や知識を費やして奮闘しているにもかかわらず、未だにその全容を全く掴めていない、ということがある。つまるところ、それは今まで現れたどんな海洋性の魔獣とも違う、ということを示唆している。

 そいうわけで、レビウスの情報統括部が、以前から噂にあったモレヴィアの人外な調査員に調査依頼をしようという算段を取り付け、モレヴィアの情報統括部をアピールするいいチャンスだと踏んだシーラによって指令が成された、という訳である。

 テレスタとしてもこの仕事は面白そうであったし、海というものを見てみたいという思いもあり、また、レビウス特産の海鮮料理をたらふく食べてみたいという欲望も後押しとなって、この仕事を受けることとした。

 それに、カーミラと一緒に旅をするのが楽しい、という気持ちも少なからず有る。彼女と過ごす時間はほっこりと暖かく、テレスタの中になんとも言えないくすぐったいような感覚を呼び起こす。だが、彼にはそれがまだ何なのか解っていなかった。生後1年未満のテレスタには、まだちょっと早すぎる感情なのだろう。


「船って気持ちいいわねー。思っていたよりもずっと快適だし!」


 カーミラが風を受けながら、髪の毛に手串を通していく。ハッとするような美しさに、テレスタは少しの間見とれるが、すぐに我に返って返事をする。


「ああ、そうだな、このままだと、何も起こらずにレビウスまで付いてしまうかも知れないね。」


 本当に、何も起こらない。モレヴィアから出港してすでに1週間が過ぎていた。もう間もなく、旅程の半分を過ぎ、河から海へ出るはずである。しかし、何か起こるとすれば実際にはここから。テレスタもカーミラもそのことについては気付いており、ここから先は少し緊張感をもって臨もう、と気持ちを新たにした。






 そんな気持ちとは関係なく現実は過ぎていき、テレスタとカーミラは気付けば何事もなくレビウスに到着していた。海洋性の魔獣が姿を頻繁に現すようになったとはいえ、モレヴィアとレビウスを往復する輸送船の殆どは相変わらずその仕事をせっせと続けており、被害も全体から見ればごく一部に過ぎない。要するに、魔獣に遭遇出来る船もまたごく一部に過ぎないという事だ。

 

「なんだか、拍子抜けだな。」


「…そうね。ただの旅行に来たみたいだわ。」


「取りあえず、ギルドの方には顔を出しておくか。これから調査任務に当たる時に、連携が必要になってくるし。」


「ええ、それもそうね。」


 すっかり毒気を抜かれた2人は、取りあえずレビウスのギルドへと向かうことにした。テレスタはいつもの悪魔のような出で立ち、ヘクトから託されたディアブロはクロノスの空間魔術が進歩したおかげで手のひらサイズになり、今はポケットにしまわれている。最近でもクロノスの魔術のレベルアップはうなぎ登りで、人化の最中でもちょっとした大きさの変化位なら問題なくこなせるようになってきていた。


(クロノス様様だな。流石に人化中の回復や移動は出来ないようだけど、手荷物が圧縮できるのは有り難い。)


 程なく2人はギルドに到着する。2人とともにモレヴィアから商船の護衛を兼ねてやって来ていた冒険者たちは、その依頼の完了を報告するため、ギルドのカウンターへ向かっていった。テレスタ達は職員であるが、受付がどのみちカウンターになるので、一緒に並ぶことにした。そんな彼らへ、ギルドホールの方々から視線が集まる。


「おい、あのダークエルフ、見ろよ、いい女だな。」

「ああ、この前娼館で抱いた女よりイイ体してるぜ。」

「連れも亜人か?見たことねぇ種族だが…飼い主にお使いでも頼まれたか?」

「俺ぁちょっくら味見させてもらうとするかな。」

「あ、おい、ちょっと待てよ」

「なんだぁ、ビビったのか?問題ねぇよ、亜人に手ぇ出して問題になんかなるかっつの。」


 ひとり、下脾た笑いを浮かべながら冒険者の男がつかつかとカーミラの方へ歩み寄ってくる。冒険者というのは全員ではないが、あまり褒められた性分では無い人間も多い。腕っぷしだけで生きてきただけに、腕っぷしだけで何とかなる世界である内は、自分が欲しいものを力ずくで手に入れようとする。

 悪い癖ではあるが、そういう性分から危険な地域の魔獣討伐なんかも任せられるわけで、ギルドとしては多少の気性には目を瞑らざるを得ない所があるし、冒険者同士のいざこざも基本的には自己責任でギルドの感知するところでは無い、と定められているので、こういったトラブルは殆どの場合トラブルとしても扱われない。

 ざっ、とカーミラの前に立った男は、下心を隠そうともせずにニヤニヤしながらカーミラを品定めすると、言った。


「よお、姉ちゃん、俺の女になれや。幾らだ?おたくのご主人に口利いといてやるからよ。」


 ぶっすー、とあからさまに不機嫌なカーミラは男の事を見もしない。その姿に少し思うところがあったのか、男は力ずくでカーミラの右手を掴むと強引に持ち上げた。


「痛ッ!」


「舐めた態度取ってんじゃねぇぞ、亜人が。俺が誰だか解ってねぇようだな。俺はこのレビウス3代貴族の―」


 そこまで言いかけた男は、背筋が凍りつくのを感じた。女はこちらを睨みつけているが、こいつの視線が原因じゃない。原因は…その隣、真っ白な肌をした、まるで伝説に記される悪魔のような姿をした亜人。その亜人の発した異様な雰囲気だ。


「て、てめぇ、俺に喧嘩売ろうってのか、レビウス3大貴族のアタナシウス家三男のこの俺に…」


 男の持っている力は、腕っぷしだけでは無かったようだ。むしろ、もっと陰湿で、強力な力を背後に持っていた。だからこそ、堂々と「女を買う」などということをギルドホールでのたまっていたのである。しかし―


「レビウス3大貴族が何か知らんが、私達はモレヴィア冒険者ギルドの職員だ。話があるなら、そちらを通してからにしてもらえるか。」


 大人な対応のテレスタ。だが、彼の中からは膨大な魔素の気配が漏れており、魔素を感じ取れない一般人をしてその威容は鳥肌を立たせるに十分である。テレスタが怒っているのは、明らかだった。だが、それは下手にプライドの高い人間に対してはある意味逆効果となり得る。


「ぐ、く。亜人風情が職員だと!?」

「ああ、そう言ったはずだが。頭が悪くて理解できんのか?」

「てんめぇえ!この、ジェイク・アタナシウスに喧嘩を売るとは、いい度胸だ!」

「誰か知らんが、お前じゃ相手にならん。」

「野郎!!」


 自棄を起こした男は、拳を握ると、テレスタの顔面に思い切り叩きつけた。 ガッツン! 硬い物と物がぶつかる衝突音。男はニヤリと口角を上げるも、すぐにそれが驚愕の色で塗りつぶされる。

 男の視線の先、そこには無傷で男の右拳を頬に受けながら、クスリと笑うテレスタが立っていたからだ。


いつも有難うございます。

人生二度目の台風による避難勧告中です。

ひっそり過ごします。

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