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毒牙の泉  作者: たまごいため
アラムの中域
38/105

顔合わせ。

 「おお、テレスタ殿、久しいな。シーラ部長がお待ちだ。一緒に参ろうか。」


 マルコーニが髭面で出迎える。どうやらどこか外地で調査任務に当たっていたらしく、髭をそる暇もなく帰って来たという事だった。情報統括部はやっぱり実地での仕事が殆どなのだと彼の姿を見て思う。何しろ部長補佐、この部では上から2番目の地位に位置するマルコーニである。その彼をして調査任務に年中あたっているのだ。この部署の実態は推して知るべし、という所だろう。

 そんなマルコーニと一緒に、人化したテレスタ一行はシーラの事務室へ向かう。マルコーニはテレスタの後ろに控える女性2人をチラチラと盗み見ている。訝しく思っているに違いないが、最近はテレスタのオーバースペックに当てられたのか、段々とこういうイレギュラーに慣れてきてしまっているようだ。特段、揶揄するような雰囲気は無い。ただ、彼もギルド職員なので、仕事として一応問うことは忘れない。


「テレスタ殿、後ろの方々はどのような用件で?確かダークエルフのお嬢さんは以前もお会いしたと思ったが、もう一人の方は…?」


「ああ、彼女はオリヴィア。見た通り亜人だ。ヒュデッカの奥地の、毒牙の泉、という所に住んでいるのだが、モレヴィアに報告に行くと告げたらついて行きたいときかなくてな。調査の結果という事も兼ねて、ここまでやってきたという訳だよ。」


“初めまして、人間族の方、私はティターニア族のオリヴィアと申します。”


「初めまして、オリヴィア嬢、私はモレヴィア冒険者ギルド情報統括部部長補佐のマルコーニと申す。以後よろしくな。」


 簡単な挨拶を済ませる二人。念話にも慣れたものだ。マルコーニは人となりさえ確認できれば特に種族に興味は無いのか、そのまま視線を廊下前方の事務室へと戻す。一応、オリヴィアの羽はクロノスの魔術で隠してあるので、目立つといえば彼女の美貌位なものだ。それだけなら、仕事中毒のマルコーニの目を引くこともあるまい。


「それから、ダークエルフのお嬢さんは、どういう訳でこちらまで?」


「カーミラよ。私は、そうね、冒険者に登録しようかと思って。」


「これは失礼した。カーミラ嬢、しかし冒険者登録ならギルドの窓口で行っていると思うが…?」


「ああ、実はシーラ部長にお願いして、彼女も情報統括部に入れないかと思ってな、実力的にはBランクはあるし、ヒュデッカの現地調査もかなり手伝って貰っている。ダークエルフの長老の娘だから、彼らと人間族のパイプ役としても役立つ筈だ。」


「ほう、それは確かに一考の余地がある話だな。一冒険者に捨て置くには勿体ないかも知れん。これから冒険者ランクを上げてもらう、というのも時間がかかることだしな。」


 カーミラの情報統括部就職は期待できそうだ。テレスタがフォローするほどの事でも無かったが、もしも人間族の他の都市に向かう時にもカーミラがサポートしてくれたら頼もしい。特に経済的なことについては彼女はとても頼りになる。

 程なく、シーラの事務室へと到着する。執務机で書類に埋もれるシーラの顔は入り口からは見えず、気配だけでこちらの入室を確認したようだ。声をかけてくる。


「ああ、早かったね、マルコーニ。お疲れさん。」


 そうして視線を上げた先には、マルコーニの他、色白の悪魔のような出で立ちの男が一人、それからタンクトップとホットパンツのダークエルフに、白ローブの美女。この組み合わせ、何ぞ?と一瞬考えたシーラだが、すぐに気を取り直す。


「テレスタも、調査無事終わったようだね。ご苦労さんだった。それで、そちらのお二人は?」


「お陰様で、無事終わったよ。こっちはカーミラ、この前も少し会ったと思うが、ダークエルフの族長の娘だ。もう一人はオリヴィア。ヒュデッカの奥地で暮らしていた亜人だ。」


 紹介すると、二人とも簡単な自己紹介をする。


「はじめまして、ここの部長をしてる、シーラだ。肩書は部長って偉そうについてるが、別に気兼ねなく話してもらって構わないよ。それにしても、ヒュデッカの奥地からここまで、良く来たねぇ。」


 ま、空間移転なんだけどな、という野暮なことは言わないことにする。テレスタもそれなりに空気が読めるようになってきたようだ。


「それで、カーミラはどうしてまたモレヴィアに来たんだい?」


「実は、カーミラには今回の調査のうち、湖畔の大部分を調査してもらっている。実力も単独でCランク魔獣を倒せるだけの力があるし、ダークエルフと人間族とのパイプにもなれるし、職員にどうかと思ってね。」


「へぇ、面白い話だね。テレスタを職員と認めた以上、マリウスの野郎もそう邪険にも出来ないだろうから、やってやれなことは無いだろう。調査の内容を確認して、その辺りの力も見ることが出来れば、あたしとしちゃ文句は無いよ。何しろ、万年人手不足だ。能力の高いヤツはあたしとしても願ったりだしね。」


「有り難い、よろしく頼みます。」


「私としても、職員として働くことが出来ると有り難いです。よろしくお願い致します。」


 テレスタと一緒に、と言いそうになるのを喉の奥でグッとこらえたカーミラ。良く頑張った、これなら何とか職員証に手が届くかもしれない。

 それにしても、シーラは本当に話が早くて助かる。テレスタは人間との交渉事は殆ど経験が無いけれども、組織内部の話がこんな事ばかりでは無いことは、薄々察しがついてきている。マリウスの野郎、のお蔭かもしれない。


「それから、オリヴィアさん、あんたはどういった理由で?」


“私は、テレスタ様の眷属です。テレスタ様が懇意にされている人間族の方にも、ご挨拶をしたいと思い、こちらに参りました。”


「おや、念話か。どうやら声帯はもっていないと見えるね。あんた妖精族かい?」


 シーラの言葉に少し驚いた様子のオリヴィア。同時に少し警戒レベルを上げる。羽は隠してある筈だし、一見して妖精と解る要素も無い。もしかすると、こちらの戦力を測っているのかもしれない。信頼できると見せかけて裏をかかれるのでは?そんなオリヴィアの姿を見て、シーラは苦笑する。


「いやいや、そんな身構えないでおくれ。念話を使える亜人なんて、妖精族しか知らないからね。そう思って聴いてみただけだよ。他意はない。それに、どうやら実力の方も私ひとりじゃ抑えられないようだしね、本気で来られたらたまったもんじゃないよ。」


 両手を上げて、参った、というように首を横に振るシーラ。それを聴いてオリヴィアはとりあえずの警戒態勢を解く。同時に、この人間族の女性がかなりの実力者であると悟る。オリヴィアの佇まいだけでその力を看破したのだ。そのうえでこうして執務室まで通して平然としている辺り、油断できる相手ではないが、かといって信用できないという訳でも無さそうだ。


「それにしても、眷属ね。テレスタ、あんたそんなの居たのかい?」


 少しだけ眉を顰めるシーラ。力のある眷属とやらがわんさか湧いて来たら、それは人間族としては困ったことになるだろう。


「いや、眷属というものが出来た、と言うべきか…。まあ殆どヒュデッカから出ることは無いと思うけどな。それに、眷属は魔獣じゃない。きちんとコミュニケーションを取れる連中だ。」


「そうかい、まあ、あんたの手の内にあるってんならそれを信じるとしよう。どのみち、Sランクの魔獣が本気で暴れ出したら、私たちの出来ることは無いさ。」


 フー、と息を吐くシーラ。冒険者の安全を確保するために、無用な対立は望まない。お互いにプラスの結果が出るよう全力を注ぐ、それがシーラのスタンスで有り、だからこそテレスタと同じ土俵の上で話すことが出来ている。どうやら、彼女は権力にものを言わせたりするタイプでは無い様だ、とオリヴィアは思う。人間族以外の尺度で物事の測れる、珍しい人物かも知れない。それに、


(テレスタ様に気があるわけでも無いようですし。)


 そこまで考えて、少し安堵の息を漏らしそうになる。彼女に対する警戒は、解いてしまってもいいかもしれない。敵対する種族としての壁も、恋敵という意味での壁も。


(どうやら、オリヴィアの警戒も解けたようだし、顔合わせはこの位でいいかな。)


 テレスタは頃合いだ、と思う。それはシーラも同様だったようだ。


「じゃあ、テレスタ、それにマルコーニ、報告はこれから目を通さしてもらう。ご苦労さんだったね。カーミラの結果については後日だ。それまで3人は暫くモレヴィアでゆっくりしていくといい。」


 それを聴いて、4人は執務室を辞することにする。それと同時に、テレスタの頭の中は以前に食べた串焼きで一杯になった。

いつも、有難うございます。

今日は台風が関東を直撃してます。

一日缶詰ですね。執筆日和、でしょうか。

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