騒動。
テレスタは毒牙の泉の周辺マッピングに乗り出していた。中域、古城のある島より東側を重点的に、イネアの村から泉の東岸をダークエルフ達に協力をお願いして任せ、中域までの水場の広い範囲をテレスタとオリヴィアがカバーする。それは良かったのだが…
「はぁ、全く、面倒なことになった…」
テレスタは今朝のことを思い出して、深くため息をついた。
‐‐‐‐‐
「んなっ!私以外に女をつくるなんて、どういうつもりっ!?」
早朝の凛とした空気の中、開口一番カーミラの怒号が響き渡る。いや、私以外のって。いやその前に女をつくるって。
「いやいや、カーミラ、落ち着いてくれ。これには深い訳が…。」
なんだか歯切れの悪いテレスタ。これでは自分が悪いことをしているみたいではないか。テレスタはあたふたする。傍から見れば、浮気の現場を抑えられ、現行犯で連行されようとしている哀れな男のように見えなくもない。
「問答無用!」
高速低空ドロップキックが小型化していたテレスタの顔面(本体以外も含む)に炸裂。風の付与を存分に活かした戦いぶりである。
「へぶっ!!」
カーミラってこんなに早く動けたか!?割と意外な所で驚くことになったテレスタ。空中を高速で吹き飛びながら、戦力分析を行う辺りはさすがと言えるだろう。「ぐげっ」そんな空中散歩も後方の木々に遮られ、5本の首の誰ともなく断末魔的な嗚咽を漏らしてしまう。
「あなた!…テレスタ様!」
誰が「あなた!」だよ。お前この数日でどれだけ格上げされたんだよ。っていうか誤解を招く言い方するんじゃないよ。ついでにカーミラも真に受けんなよ。もうめんどくさいよ。
オリヴィアの悪意ある発言により、テレスタは自動的に窮地に追いやられる。クッ、すべては勘違いの筈なのに。私は悪くないのにっ!
鈍感な男は時にこうして罰が与えられるべき時があるのである。
「そもそも、あんた誰なのよ。」
剣呑な雰囲気のカーミラ。その後ろにはルノ。何だか色々解放されて魔神のようになっている気がしないでもない。彼女の変化については目を瞑ることにする。
“ふ、私はテレスタ様の正妻オリヴィアですわ、三下。”
ものすごく高いところから見下すように顎を上げて話すオリヴィア。なに、このキャラ。いや私の前ではもう少し自重してもらえませんか?正妻ってどういうことですか?
“テレスタ様は私に『ずっと傍にいて欲しい』とおっしゃったのですわ!!”
ああ、あれ。やっぱり、こじらせてたんだね、あれ。はじめは冗談のつもりだった。今では反省している。…おかしいな、これでは私が女遊びをしているようではないかっ!!いや、でも800年の孤独を耐え忍んでいた女性にあれは無いよなぁ。うん、今では反省している。
「な、何ですって、この女、口から出まかせをっ!あたしだってモレヴィア・ギルド公認のテレスタの彼女なんだからね!簡単に騙せると思わないでよ!」
どっちが出まかせだよ。何だよモレヴィア・ギルド公認って。シーラ部長はそんな雑な仕事は許しませんよ。
“…どうやら、身体に解らせてあげるしか無いようですね。”
「フン、正妻気取りが、嫁にいけない身体にしてやるわ!」
急激に周囲に吹き荒れる魔素。風と光がバチバチとぶつかり合う。まさに一色即発の状況。
ああ、もう、これ、もう…めんどくせええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
「ウダル!」
「…快、諾。」
あ、ウダルが初めて二言喋った。
「いい加減にしろおおおお!この、えーっと、この…」
こういう人たちの事は何ていうんだっけ?ええっと。。。そうだ、脳筋だ!!!!
「この、脳筋ども!!!!!」
ズッガアアアアアン!天から雷光が迸る。ウダル謹製ライトニング・ヴォルト。脳筋にはいい薬だぜ!だが今後の事を考えると…。このまま時間が止まって欲しい。
その後は、正座するカーミラとオリヴィアに小一時間説教。そして事情説明。途中、オリヴィアの経緯に感動したカーミラが滂沱を流し、二人の仲は何とか事なきを得た。
が、そこでタイミング悪くミレアさんが合流し、朝の焼き直しが行われることとなった。ウダルの雷レベルが上がった!
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(誰か、一人に決めないといかんかなぁ。そもそもそういうつもりですら無かったのだが…)
真剣に痴話喧嘩について悩むテレスタ。根は真面目なのだ。
(こうなったら全員娶る!いや、それも面倒そうだな、みんな寿命長そうだし…)
“テレスタ様、今凄く失礼なことを考えていらっしゃいませんか?”
「え!?ううん、そんなことは、無いですよオリヴィア殿」
ジーッと半眼で見つめ返すオリヴィア。テレスタは吹けもしない口笛を吹く真似をしてみる。彼女の前では間違ったことは考えることもやめた方が良いらしい。でないと、ブリューナクでザックリやられてしまう。まだ生まれて1年経ってないんですよ?もう少し遊んでも良いではないですか。
ともあれ、調査は順調に進んだ。調査の傍らで出現した魔獣の大半はテレスタが胃のなかに収め、彼の魔力の限界値はうなぎ登りだ。
同様に、湖畔に出現するCランク程度の魔獣たちは魔力の上がったダークエルフによって駆逐されていった。元々錬度の高かったダークエルフ達ではあったが、ここまで急激に強くなるのは、自然にはあり得ない。疑問に思ったテレスタが尋ねる。
「なあ、オリヴィア、カーミラ達ダークエルフの魔力は何故あんなにも上がったんだ?」
かつてはアラムの魔獣共に苦労していたはずだ。それが急に簡単に狩れるようになるとは思えない。その質問にオリヴィアは簡潔に答える。
“テレスタ様、それは彼等ダークエルフが古来から毒牙の王より眷族として認められているからです。その契約は、この泉の魔力陣が存在し続ける間は効果を発揮し続けます。”
「じゃあ、この間の古城での封印解除が、彼等の力を引き出した、ということ?」
“そうです。眷族は、龍王より力を授かって、本来よりも遥かに強い力を行使することが出来ますが、それは龍王の存命中のみ。つまり龍王の命が尽き、魔術陣が活動を止めると、次王が選定されるまでは急激に力が失われる、ということでもあります。”
「...あいつらも、何となくホンワカしてるけど、長い間苦労してきたんだな。」
“ええ、そうですね。きっと、精霊の声をまた聴くことが出来るようになって、喜んでいる事でしょう。”
そう言われると、テレスタは龍王を受け継いだのもそんなに悪いことではないかも知れないと思えてくる。面倒事が降りかかってくるのも事実だが、たくさんの人々に新たな活力と希望を与えることも出来る。龍王の存在にはそういう使命もあるのだろうと、テレスタは思う。
やがて、毒牙の泉は中域周辺までマッピングされ、モレヴィア冒険者ギルドへと情報を持ち帰る日がやって来た。今回、モレヴィアに向かうのはテレスタ、カーミラ、オリヴィアの3人。流石にミレアは何度も村を離れられない。色々理由をつけて同行しようと画策していたが、今回はムルクが首を縦に振らなかった。ムルクさんお疲れ。
そして、オリヴィアの同行はやはり決定事項の様だ。シーラの人となりを眷族代表として見に行くのだと息巻いている。ほんと、彼女は喧嘩っぱやいから、既に心配である。シーラさんとのガチンコ勝負など巻き込まれたくはない。なんとか穏便に済ませたいものだ...
そしてカーミラは何故ついてくるかというと、モレヴィア冒険者ギルドに登録するか、あわよくばギルド職員に...とも思っているらしい。理由は単純で、そうすればテレスタの仕事に付き添って、長い時間一緒に過ごせるから。冒険者になるのは簡単だろうけど職員は...どうだろうねぇ。シーラ部長次第かな。
そんなこんなで色々な荷物を抱えつつ、彼等はモレヴィアへと空間移転魔術で向かうのだった。
いつも有り難うございます。
今日は夜中に書いたのでねむいです。
執筆は午前中がいいですね。




