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毒牙の泉  作者: たまごいため
アラムの中域
36/105

龍王のお仕事。

 ふーぅぅぅ。


 大きなため息をひとつ。毒牙の泉、とは物騒な名前だが、その泉は今、美しい夕焼けを反射して光っている。どこまでも広がっていく湖面はその果てが見えず、遠くでは大型の水棲魔獣が空中へと躍り上がり、七色に輝く水しぶきを盛大に散らしている。夕凪。凶暴な魔獣が多く住むはずのこの泉で、こんなにも平和な風景が広がることがあるのだな、と感慨にふけってしまう。

 ふと、横を見ればティターニア族のオリヴィアが静かな佇まいで地面に腰を下ろしている。ティターニア族という種族は妖精であり、寿命という概念は無いようで、然るべき時に精霊や森そのものへと同化していくらしい。妖精は魔素から生まれ、魔素へ還っていくと言われている。彼女の仲間たちは、きっともうすべてこの地の魔素へと還り、残された彼女はたった一人でこの場を守り抜いてきたのだろう。


「…よく、頑張ったな。」


 ふいに、自分でもびっくりするくらい通る声で、テレスタは言葉を発していた。それを聴いたオリヴィアは驚いたような顔を一瞬見せたが、すぐに柔らかな笑顔へと変化させていた。

 もしかしたら、今日、800年ぶりに笑ったのかもしれない。なんてことを思いつつ、自分の身に起きた今日の事を振り返る。


 龍王となった。そして、その膨大な叡智に触れた。信じられない情報が眠っていたが、どれもにわかには受け入れがたい。竜という種族のこと、この泉のこと、魔素というもののこと、眷属たちのこと、それに龍王というものの意義…。

 

“初めは、どの龍王様もきっと、困惑し、立ち止まる時間があったのだと思います。ですから、テレスタ様もそれがゆっくりと消化されるのを待ちながら、知識を深められたらよろしいのではないでしょうか。”


 いかにティターニア族が長命とはいえ、オリヴィアが生まれたのは先代が行方をくらませる20年前ほどであったという事から、それ以前の王達がどのようであったのか知り得ないけれど、彼女のいう事ももっともだろう。何も知らない竜が、試練を越えて龍王となり、龍王の受け継いできた全知識を与えられれば、しばらくの間動けなくなってしまったとしてもおかしくは無い。


「そうだな、ゆっくりと、消化していくことにしよう。私自身、生まれて1年も経っていないのだからな。」


 そういうと、テレスタは芝生に横になった。それを聴いたオリヴィアは目を丸くしていた。まさか生まれて1年と経たないうちに、このような膨大な魔素を身体に宿すようになったのか、信じられない!とその顔には書いてある。そう言えば彼女にはそのことを伝えていなかったな。その原因はただの悪食だった、ともいえるのだが…

 ともあれ、諸々が終わり、久しぶりにゆっくりできそうだ、と思っていたテレスタははたと思い出した。思い出してしまった。“期限は2カ月後、2つ月の満月が重なる日”。私、仕事でここに来ていたのでした!夕刻の空を見上げると、軽月は現在満月、重月はほぼ半月だ。よし、まだ1ヵ月近く時間が残っていたようだ、調査を再開せねば!


「オリヴィア、すまない、仕事を忘れていた。2つ月の満月が重なる日までに、このヒュデッカのおおよその地理を人間族の部長…と言っても解らんか。ともかく彼女に報告しなければならないのだ。」


 それを聴いたオリヴィアは怪訝そうだ。だが、龍王が妙な事を言い出すのは、どうやらテレスタに始まったことでは無いらしく、仕方ありませんね、といった雰囲気で苦笑すると、言った。


“ご無理をなさらない範囲なので有れば、私から申し上げることは何もありません。お手伝い致しますから、お申し付けくださいね。”


 そういった後、右手の人差し指を立てて、


“ただし、この毒牙の泉は西に向かうにつれて魔獣の強度が上がっていきます。現在の中域から西へ向かうには、今のテレスタ様では命に関わる可能性があります。先ずは、この中域までの地理情報をお集めになってはいかがですか?”


 なんと、この泉の西はそんなにも厳しいのか。だが、あのブリューナクをぶっ放してきたオリヴィアが言うのだから、そこは信じた方が無難というものだろう。そんなAランクSランクなんでもござれ、なところに人間族が入り込めるとも思えないし、取りあえずシーラ部長にはこのあたりまでのマッピングで満足してもらうこととしようかな。


“それともう一つ、その人間族が信用に足る者かどうか、この私が見定めます。私も報告書の提出には同行いたしますから、そのおつもりで。”


オリヴィアが目力を全開にして訴えてきた。顔はニッコリと向日葵のような笑顔だが目が全く笑っていない。


「あ、ああ、解りました。」


 えー、なにこれ。オリヴィアさん怖い。っていうか過保護。そういえば「彼女に報告」と言ったあたりから急に表情が険しくなったような…これは過保護、なのだろうか。ヒュデッカの調査はミレアやカーミラにもお願いしようと思ってたのに…彼女たちの事が知られたら面倒では済まなくなるかもしれない。いや、大丈夫だよね、きっと。オリヴィアさんは仕事をきっちりこなそうとしているだけだよね?うん、きっとそうに違いない。

無理矢理こじつけるテレスタであった。





「はっ、いけない!危機が訪れようとしています!」


「真ですか、長老!?」


「テレスタ殿に、悪い虫が着きつつあります!森の守護神の危機です!こうしてはいられません!」


「…あの、ミレア様?そのぅ、森の声を私用に使うのは止めて頂きたいのですが...。」


イネアの村、祭事のために設けられた祠では、ミレアが森の声に耳を傾けていた。激しく公私混同し始めた長老の姿を、半眼でジーッと見つめるのはムルク。相変わらず苦労人である。

彼等がこの場所に来ているのは何も偶々であったり、或いは祭事の準備のため、というわけではない。

今朝ほどから、急激に変化し始めた森の様子や、昨日までは殆ど感じられなかった純粋な魔素が森の中に溢れてきていることを受けて、危急の事態と感じ取った彼等は、森の正確な状況を把握すべく、集まってきていたのだ。


「長老!ふざけている場合ではありませんぞ!本当に、森全体の危機が迫っているのかも…」

一人の壮年のダークエルフが叫ぶ。その言葉を遮って、ミレアが口を開く。

「大丈夫ですよ、皆さん。この状況は、テレスタが件の光の球に打ち勝ち、この地の封印を解いたのが原因のようです。あなた方も薄々感づいてきているのでは無いですか?自分達がいつの間にか森の声が聞こえるようになったり、精霊達の話し声が聞こえるようになってきている事に。」


「そ、それは…。」


集まったダークエルフ達は驚き、顔を見合わせる。確かに、今朝ほどから少しずつではあるが、凛とした森の雰囲気の中に、暖かな言葉が乗って来ているような感覚がある。具体的な言葉として聞こえている者も現れだした。


「森の民としての、私達の本来持っている力が、解放されつつあるのです。」


そう言うと、ミレアは慈しむような瞳を虚空へと向けた。


(テレスタ、あなたはやはり、この森の守り神に相応しい。)




明くる朝、カーミラは広場に寝転がっていた。その顔の直ぐ隣では、ルノが顕現した状態でカーミラの顔を覗き込んでいる


“ねー、カーミラ”

「うーん?なーに?」


“カーミラも感じるでしょ?自分の中の門が開いていってるの。”

「...ええ、凄く不思議な感じね。こう、モヤモヤが晴れていくっていうか、別に今までだってストレス抱えたりしていた訳でもないのにね。」


“私達精霊は、もっと直接的に自分の魔素が大きくなっているのを感じているわ。これってやっぱり...。”

「うん、テレスタが光の球に打ち勝った、ことと関係してるんでしょうね。」


カーミラは嬉しいような、不満なような、複雑な気分だ。テレスタが生きていてくれて嬉しい!というのと、何で直ぐに無事な姿を見せに来ないのか!という憤りと、色々噴出しているのだ。

カーミラは徐に起き上がると、ルノにニヤリ、と悪そうな笑みを浮かべて話しかける。


「...ねぇ、ルノ。今のあたしたちだったら、アラムまで行っても大丈夫だと思わない?」

“...行っちゃう?”


カーミラの考えを読んでいたのだろう。ルノは悪戯っぽい笑みをカーミラに返した。二人はフフフッと笑うと、全身に風の加護を纏わせた。それは今までとは比較にならないほど力強く、穏やかな魔力だった。

いつも有り難うございます、

絶賛脳内ストーリーが展開しています。

小説は料理を作るのに似てるのかも、

絵を描くのにも、似てるのかも。

それは、言ってみればジャムセッションで、

今に乗れれば最高だし、

乗れなくても落ち込むことはない、

そういうことなんでしょうね。

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