いきさつ。
「…ライル、久しぶりですね。ふふふ、随分と派手な事を起こしているようですね?」
「…イストリア様、私は、もう命尽きてしまったのですか?」
「いいえ、今は深い眠りについているようです。余程、地上の身体を酷使したと見えますね。」
「ああ、そうでした。すべて使い切って、意識も朦朧としていたのを思い出しました。」
イストリアは以前と相変わらず柔和に微笑んでいる。10万回目の命を満喫しているライルを見て、少し嬉しくなったのかもしれない。生も死も、その命を満喫してさえいれば、同様に大切に扱われる。
この空間では、生死の概念はちょっと違った捉われ方をするし、時間概念もすべての次元に通じているせいか、それほど重要なものとしては扱われない。過去や未来、そういったものが「始まった時点で終わっている」し、「一度も始まらなかった」し、「すべて終わっている」ともいえる。
彼らはある意味、その「始まり」と「終わり」の概念を体感するために次々と転生を繰り返していると言える。その中で意識が少しずつ原始的な破壊や恐怖から愛や慈しみへと変化し、宇宙全体にそれが満ちていくのを感じ取るのがある種の目的といって良いだろう。人間の命からは計り知れない、大きなデザインで動かされている意思の一篇である。
「ライル、人間を守って欲しい、という私の声は聞こえたようですね。」
「はい、はっきりと聴こえています。」
「それは、あなたの世界でとても大事になっていくでしょう。この先の事はあなたの命で理解するべきことですから説明はしませんが、それだけは確かに持って進んでくださいね。やがて、道がそちらの方から自動的に拓けていきます。」
「イストリア様、有難うございます。確かに、受け取りました。」
彼らの会話は非常に抽象的になりやすい。一つには、具体的な話を展開すればするほど、それは現実世界に干渉し、目的を阻害してしまうからということもあるし、もう一つには、彼らがより広範な領域から見れば「繋がった一つの魂」ともいえる存在で、お互いの理解は繋がっているからであるとも言える。
「…ひとつ、意識すべきことがあります、ライル。」
「…何でしょう?」
改まった様子のイストリア。女神でなければ知覚できないような、広い範囲の情報を伝えるときの様子に、ライルもまた少し身構えてしまう。
「あなたの、今暮らしている世界は、あなたの命を分岐として、恐怖の側と、慈愛の側へと大きくわかれることになります。貴方の選択次第で、それが決まると言ってよいかも知れません。そのことを、覚えておいてください。キーになるのは飽くまでも、人を救うこと。それが、どのような状況であっても、です。」
「解りました、イストリア様。宇宙の有り様にも、影響を与えるのですね。」
「ええ。…さあ、あなたの身体が目を覚ましたようですよ。」
「はい、行ってまいります。」
‐‐‐‐‐
「いやあ、大将、さすがだよな、嫌がって叫ぶ半裸の美女を上から押し倒し、蹂躙するなんて、やっぱ人でなしだよなぁ!」
「…うるさい。そもそも半裸にしたのはお前の魔術だろが。」
アグニの言っていることは、おおむね事実である。その話を聴いた人の頭の中に思い浮かぶ状況が、現実に起きた状況と大分違ってしまうのは否めないけれども。
テレスタとオリヴィアが戦ってからすでに2日が経過していた。オリヴィアを「押し倒した」後、テレスタは魔素切れによって朦朧としながらも、どうにかこうにかアグニとクロノス、ウダルが吹き飛ばした元縄張りを北上し、魔素が自動回復出来る濃度の地点までやってきたところで、力尽きて意識を手放していたのだ。ちなみに、オリヴィアはと言うと何とか五体無事で済んだのか、紳士なクロノスが背中に乗せてくれたので、テレスタの背中の上で気を失ったまま眠っていた。テレスタ他5つの頭が意識を取り戻した今も、背中の上で眠っている。
改めて、吹き飛ばした元縄張りを見やり、ため息を吐く。派手にやったものだ。それでもアラムの源泉は無尽蔵に湧き出す霊水を惜しみなく更地に与え、泥で濁ってはいるものの水面だけは立派に戻っていた。もっとも、周辺の森林は全て真っ白の灰になってしまっていたが。
それから、テレスタは自分の尻尾を見やる。吹き飛ばされた4本は綺麗に戻っており、そういえばそれらは全て魔素の塊のようなものだった、という事を思い出した。一本だけ妙に治りが遅いのは、本体である自分の尻尾も千切れてしまったからだろうと思う。流石にクロノスでも時間を逆行させる回復魔術は未だに行使できず、テレスタがもともと持っている「トカゲ的な何か」の再生能力で何とか新しい尻尾が生えてきているという状況である。
(そういえば、Aランク魔獣を食い損ねたな…全部灰になってしまったよなぁ。)
そんなことを考える暇があるのも、平和が戻った証左であると言えるだろう。
“…う、ん”
「お姫様がお目覚めだぜ、大将。」
「主よ、介抱した方がよろしいかと。」
「いやいや、それはクロノスの方が得意じゃない?私毒属性だし。」
“…いえ、お気遣いなさらず。大丈夫です。”
オリヴィアはテレスタの背中で目覚めると、フッと息を吐いた。安堵の息だろうか。色々な意味が込められているように思える。テレスタ達はそれを感じて、口をつぐみ、先を促した。
“テレスタ様、このたびは数々の非礼、お許しください。私は、この毒牙の泉を守護するものとして、『毒牙の者』に試練を与えるよう、一族の古の盟約により選任された者です。”
テレスタはオリヴィアの念話を遮る。
「オリヴィアさん、私も戦いが終わった以上、その責任を色々と追及するつもりは無い。なんぞ理由のある行動のようだったしな。ただ、判然としない事が多すぎるので、是非順番にお聞きしたいのだが?その、盟約、という辺りから、お聞きしても良いか?」
“そうですね、失礼いたしました。私たちティターニア族は、古来からこの泉とともに暮らし、この泉の主たる毒牙の王を支える一族として生きて参りました。”
「毒牙の王?」
“ええ、かつては毒属性を持つ竜族がこの地を治め、毒牙の王と呼ばれていました。それは何千年もの間連綿と続く、代々受け継がれてきた伝統でした。そして、その毒牙の王の代替わりの際には、常にティターニア族の選ばれたる者が次の王たる『毒牙の者』を試練にかけ、その資質を見極めるという役割を負ってきたのです。それこそが、古の盟約、一族に課せられた使命です。”
待て待て待て、では何か?私は竜族で、ついでに言えば次期毒牙の王、という事なのか?いやいやここをそのまま聴いてしまうと今後非常に面倒なことになりそうだ。スルーしよう。無かったことにしようじゃないか。
“ですが、ちょうど800年ほど前、その伝統が突如として崩壊しました。先代の毒牙の王ユグルタが、大陸の東側、現在で言えばロンディノムの東の端に位置するガストラ山脈を越えた東の地へと向かわなければならない、と言い始めました。しかも、その目的を教えることは出来ない、というのです。”
それまた唐突だな。ヒュデッカは大陸の西の端。この大きなロンディノムの東の端の、さらにその先に用事が出来るなんてそもそも信じがたいことだ。
“もちろん私たちは先王のそのような暴挙を止めようと一族郎党で反対を申し上げました。それどころか、この湿原に住む眷属の殆どは王の突然の暴挙ともいえる行為に反対の意を唱えたのです。しかし、王はそのことに耳を傾けず、ただ、すまない、とだけ言って、東へと旅立って行きました。”
「それで、その後は…おそらく王は帰還していないと。」
“ええ。それどころか、実はこの地に住んでいた眷属の殆ども、居なくなってしまいました。王は眷属からとても慕われていましたから、結局、王の旅に同行する形でこの泉の多くの眷属もまた、東の地へと旅立って行きました。しかし、悲しいことに誰一人として戻ってくることはありませんでした。残された私たちに出来ることは、この地をいつかまた毒牙の王が現れた時のために守り通すことだけ。以来、この地では王が不在のままに、ほんの少数の眷属が毒牙の泉の最奥を守ってきたのです。”
心なしか、オリヴィアの、私を見る目がキラキラと輝いている気がする…やめてください。私は、ただの魔獣イーター。貴方のおっしゃるような、王などと言う大それた存在では有りません。竜違い、どころか種族も違って蛇違いですよ。
“私たちティターニア族はひたすらに待ちました。他の眷属たちが毒牙の泉の再興を諦め、散り散りになっていく最中も、ひたすらに次の王の出現を待ちました。毒牙の王の見極めは、私たちの使命。その重責を簡単に手放すことなど出来なかったのです。それでも100年が経ち、200年が経つうちに、ティターニア族の中にも、少しずつ諦念が拡がっていきました。そして、500年経つころには、多くの仲間が自らの身心を森へと一体化させて森の声となったり、あるいは物言わぬ樹木の精へと姿を変えていきました。そして、いつしか一族の中でも使命を課せられた私だけが、この毒牙の泉に残されたのです。”
オリヴィアはそこで言葉を区切った。ここで、何とかインターセプトせねば、私の運命は良からぬ方向へと転がっていってしまう!だが、結局茶々を入れる勇気はなく、オリヴィアが続く言葉を紡いでいく。
“しかし、ようやく今日、テレスタ様にお会いすることが出来ました!本当に、本当にようやく、毒牙の王に相応しい方にお会いすることが出来たのです!”
オリヴィアは涙を流していた。透き通るような美しい輝きを持った一筋の涙。私はすっかり気勢を削がれ、野暮なことを言えなくなって、口を噤んでしまった。
「うう、オリヴィアちゃん、頑張ったなぁ!大将、俺は今猛烈に感動している!」
「良い話ですな、主よ。」
「…同。」
「800年も我慢するなんて…僕にはとても信じられないよ!」
身内も大絶賛である。しょうがない、800年も待ったオリヴィアちゃんのために、一肌脱ぐとしましょう。
「それで、オリヴィア。私はどうすればいいのかな?」
“テレスタ様、私と一緒に、毒牙の泉の古城まで、お越し頂けますか?”
キラッキラの藍色の瞳に見つめられ、ドキリとしてしまう。ああもう、解ったよ、王でもなんでも、もうどうにでもなれ!
いつも有難うございます。
大きくなり過ぎず、
かといって小さくなり過ぎず。
バランス感をつけたいですね。




