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毒牙の泉  作者: たまごいため
アラムの中域
33/105

縄張り崩壊。

「う、おおおおおお!クロノス!」


 極光を避けるためにクロノスに全力で指示を出す。魔素の殆ど残っていない状況で繰り出せるのは、空間魔術による身体縮小。1メートル大に変化したテレスタは、 ボチャ という音を立てて流れ込んできたアラムの源泉の泥に濁った水に沈んだ。


「あ、危なかった。こんなことになろうかと思っていないでは無かったけど、即死直前だったな。ナイスアシスト、クロノス。」

「光栄です、主よ。」


 水に沈んだついでに大量の魔素が身体に流れ込んでくる。ほんと、この場所でなかったら、次の手が何も打てない所だったな。それは召喚魔術を使ってる相手も同じことだろうけど。暫くは泥に紛れて相手の出方を探るとしよう。


「…打ってこないな。」

「気配を感知する力は無いってか?」

「主よ、恐らくは、気配が大きすぎて、上手く的が絞れないのでは?」

「ああ、実際の大きさとのギャップが凄いからな」

「取りあえず、水の防壁は張ってあるよー。」

「…避。」


 え?ウダル?今なんて?


 ドジュウウ!! 背後で水が盛大に蒸発する音が響く。ア、まずい捕捉された!ウダル、もうちょい解りやすい支持をお願い。しかし、これは正面から打ち合う以外にやりようが無いな。


「クロノス、空間感知展開!」

「了解。」

「マイヤ、防壁強化!」

「もうやってるよー。」

「アグニ、ウダルは合成魔術展開だ!時間をかけずに一気に行くぞ!」


 テレスタを中心に、水のドームが形成される。ちょうどアクシズが展開したものと同様の、強力な防壁だ。クロノスが相手の気配を空間の情報から察知し、そこを中心に攻撃するべく、アグニとウダルが合成魔術の術式を展開していく。それは、空間に緑と青の輝く魔力を伴って発生すると、次の瞬間、猛烈な熱波を伴って周囲に吹き荒れた。


轟!!!!


「合成魔術、ファイアストーム。まだまだ開発段階だが、それでもこの周囲100メートルは吹き飛ばせる炎熱地獄だぜ!」


 アグニが勝ち誇ったように叫ぶ。ウダルは無言。だがいずれにしても、この炎の嵐の中でまともに生命を繋ぐのは難しいだろう。オリヴィアの言っていた話は聴けなかったが、別にそんなことはいいのだ。命あっての物種なのだ。


“合成魔術まで習得するとは…少し、侮っていたかもしれません。”


 唐突に念話が響いた。こちらは泥水のドームで熱も視界も遮っていたため、結局相手の念話が生存確認になってしまったわけだが、全然嬉しくない展開だな。

 空中では、薄らとした光の壁に球形に包まれたオリヴィアが平然として浮かんでいた。あまりにも無傷なため、少し悔しさがこみ上げる。


“こちらも、出し惜しみしている場合では無いようですね。【ゾディアック・フォール】”


 ゾワリ、と嫌な空気が背中を流れる。瞬間、テレスタが目にしたのは、空間いっぱいに展開される光の雨。それを見て、マイヤが全力で水の障壁を展開。テレスタがそれを強化毒膜で補強する!空間干渉は光魔術には相性が悪い。この2つの防壁で乗り切る!


 ズガガガガガガ!!

「がああああああああ!」


 恐ろしい破壊音とともに、しかし2重の防壁は紙切れのように穿たれ、テレスタは後方へと吹き飛ばされた。どうやら、光の雨は光線ではなく、爆発を伴う光弾だったようだ。爆発なら空間干渉で防げた筈で、選択を誤った。内心テレスタは舌打ちする―。

 

 っつ!なんだ?

 後ろを振り返ると、尻尾が一本になっていた。今の衝撃で4本が吹き飛ばされてしまったらしい。参ったね、どうも。これあとから生えてくるのか?


「主よ、回復は後だ!次が来ますよ!」


 見れば、オリヴィアは二の矢を番えていた。彼女の右手には巨大な一本の光の槍。その一撃に込められた魔素の量が尋常でないことは、誰が見ても明らかだ。短期決戦に切り替えた、という事だろう。あの女、本当に出し惜しみをしないと決めたようだな。


「短気な女は、嫌いだ。」

「俺は、嫌いじゃないな、大将。」

「言ってろ、アグニ、クロノス、空中で迎撃するぞ!」


 素早く指示を出すと、心得たとばかりにアグニとクロノスの合成術式が展開する。真っ青な火球が圧縮され、さらにそれがクロノスの空間魔術により収束、一本の細長い光線の形をとる。

 これも初めての使用だが、はっきり言って威力は未知数。だって試すのが怖かったのだ。青色の火球でさえ怖くて試せなかったのに、それに空間圧縮魔術が付与されているんですよ?怖くて試せるはずが無い。縄張りが一面灰になってしまったりしたら、泣くに泣けないではないか。いや、今まさに灰になろうとしているのかもしれないが。

 この合成魔術を一見して、初めてオリヴィアの顔に驚愕が浮かぶ。


“その程度!私のブリューナクに貫けぬものなどありません!”


 お、奴さんも気合入って来たな。こっちの合成魔術が大分気合入ってるから、負けじと、ってところかね。少しは追い詰められてくれないと、私も精神的にきついからな。

 なんてことを考えているうちに、オリヴィアはブリューナクを投擲する! カッ! という閃光とともにあたかも巨大な雷撃と言うべき一条の光に変化したブリューナクがテレスタの頭上に襲い掛かる!


「撃ち落としてやらああ!【アズラク・リプカ】!!」


 アグニの気合一線、真っ青な光線が、巨大な光の柱に向かって真っすぐに走った。刹那、その先端がぶつかる…かと思われたが、アズラク・リプカの先端はそのままブリューナクを唐竹のごとく左右に引き裂きながら、真直ぐにオリヴィアへと突き進む!


“なんですって!?”


 再び驚愕に目を見開くオリヴィア。その間も直進した青い閃光はまさにオリヴィアの眼前まで迫った!


“くッ 【ティンクル・バリア】!”


 オリヴィアはたまらず光球の防壁を展開しながら、左へ回避する。そのすぐ横、まさにオリヴィアが数瞬前に居た空間をアズラク・リプカが通り過ぎ…


「しゃらくせえ!術式解放!」


 アグニの一声とともに空間が炸裂する!  


ゴゴゴゴ!!! 


 同時に、空中に巨大な青い炎の渦ともいうべきものが生まれ、オリヴィアを包む真っ白な球体を瞬きの間に飲み込む!青い炎術と空間圧縮解放の両方を伴った凄まじい威力の魔術が、空間いっぱいに大爆発を起こし、あまりの眩しさにテレスタさえも目を瞑った。


「うおおお!やり過ぎだ!」


 思わず叫ぶテレスタ。マイヤの水のドームに守られながら、なおこの熱量と光量。ここは森林なんですよ?と愚痴も言いたくなる。というか、私の縄張り…もう、別の場所に移ろう。そうしよう。

 数秒の後、光が止んだ後には、一瞬真っ暗闇に落とされたかのような錯覚。完全に目がやられている。一体どんな魔術だよと自分で出しておきながら苦笑してしまう。


“一体…どんな魔術なんですか…”


 念話。あいつ、しぶといな。恐ろしく。水のバリアを解いた視界の先に、ボロボロになったオリヴィアの姿。羽は無残に千切れ、緑色の美しかった髪は泥にまみれている。白いローブは焼け焦げてほころび、あられもない姿になりかけている。一瞬目を逸らしそうになるが、それでやられては本当にどうしようもないので、そこは耐える。


「おたくさん、まだ諦めないのかい?大分、ボロボロのようだが?」


“ええ、そうね。次で最後にさせてもらいます。”


 このあたりの霊水はあらかた蒸発して、お互い魔素は殆どゼロ。それでもやろうってんだから、もう最後は泥仕合だな。オリヴィアの手には、光の槍が握られているが、それを投擲する魔素はもう残っていないらしい。


“この一振りで、終わらせます!”


 そう気合を入れるが早いか、オリヴィアはテレスタに向かって走り出す。もう飛ぶことも出来ないし、本当にこの槍一本という状態らしい。対するテレスタは、


「ウダル、風の付与を頼む。」

「…諾。」

「主よ、それでいいのですか?」

「ああ、問題ない。泥仕合を一瞬で決める方法がある。」

「…お任せいたします。」


“やああああああ!”


 オリヴィアが槍を構えて突撃してくる。その切っ先がテレスタに迫る。瞬間、テレスタは残りのありったけの魔素をウダルの風に込めて、真上へと高々と飛翔した!


 ドウッ!


 驚きの表情で上を見上げるオリヴィア。直ぐに槍を構えなおそうとするが、頭上に現れたものに再度驚愕。そこには、空間魔術が解け、60メートルに戻ったテレスタが自由落下する姿が。


“いやあああああああああああああああああああ!”


 オリヴィアの、先ほどまでとは全く違う悲鳴が頭の中に鳴り響き ズズン! という音にかき消された。

いつも有難うございます。

ゲリラ豪雨が凄いですね。

夏ももうじき終わりと考えると…

こういうのも少しはいいかもしれません。

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