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毒牙の泉  作者: たまごいため
アラムの中域
32/105

開戦。

“それなりの準備はなさった、という事でしょうか。毒牙の者”


「その呼び方は気に入らないし、準備はこれでもかという位出来ているぞ。」


 嘘であった。準備期間は足りなかったし、実際ぶつけ本番がいくつあるのか見当もつかない。大体からして、その呼び名は何だ。思わせぶりだな。


“ふむ、いずれにしても私たちを従わせることが出来ない位では、この先に進んだとしても死あるのみ。期待していますよ。”


「ふ、この前と違って会話を返してくれるらしいね。アンタの期待を超えるくらいには、成長してきたつもりだよ。」


 外見以上にね、と言外に含ませる。実際、外見もかなり変化している。頭と尻尾は5つになったし、魔獣を食い散らかして魔素を吸い続けてきたので、身体の大きさも60メートル近い。もはや人間が見たら恐怖で気絶する容姿である。

 そんなテレスタの言葉を聴くと、光の球は徐に空中に巨大魔術陣を展開し始めた。この前の比では無い大きさに、テレスタは内心驚愕する。


(おいおい、奴さんも準備してきているだろうとは思っていたが…この前のは威力偵察だったってか?)


 本気を出していたのでは無かったらしい。薄々感じては居たが、やはりか、とテレスタは思う。考えてみれば、あの前日倒したヒュドラがすでに怪しかったのだ。毒属性のみのはずのヒュドラが水属性も持っていたという事。あれこそ先触れであったに違いない。あれにまんまと引っかかったテレスタのもとに、奴らは現れたという訳だ。そんなことを考えても後の祭りであったし、どのみちアラムの調査を続けるにはあれを倒すほか無かった。結局、全面衝突は避けられない事だったのだろう。

 そんなことを考えている間に、魔術陣からは大量の魔獣が溢れ出してきた。空中に躍り出たのはグリフォンが5体、アンズーが4体。岸辺に召喚されたのはマッドヴァイパーが10体、それにこの前は見なかった全身岩でできたような巨大トカゲはレドンド・ドラコだろう。こいつはAランク。地属性もレベルを上げてきたようだ。それが、2体。そして、泉の真上に降り立ったのは予想通りヒュドラが2体とアクシズが2体、加えて全身に氷を纏った2つの頭を持つ狼のような獣はネヴァルトロン、氷属性のAランク魔獣だ。ヤレヤレ、揃いも揃ったりという所か。


 そして、全員お出ましになられたところで、一斉に攻撃の火ぶたが切って落とされる。敵魔獣による一斉掃射、グリフォンの周囲には無数の風の槍が展開し、その数はもはや肉眼で数えることが出来ない。アンズーは前回と異なり、火球を主体にした攻撃に切り替えたのか、赤毛の獅子頭の眼前に巨大な火球を浮かべて今にも放たんと真っ青な翼を大きく広げている。地上ではマッドヴァイパーの散弾のような土槍が形成され、対岸ではレドンド・ドラコが巨大な岩を呼び出している。そして正面、湖上では予定通り、ヒュドラによって凶悪に圧縮された水のレーザーと、アクシズの水圧砲が構えられていた。そしてそのアクシズの水圧砲にネヴァルトロンの氷属性が付与され、巨大な氷塊が宙に生まれている。


「これは、喰らったら先ずもって助からん。そんなことは、始まる前から分かっていたんだがね。」


 背筋に冷たいものを感じるテレスタ。

「だが、大将、想定内ってやつだろう?」

「主よ、準備は整っています。」

「…破。」

「ダイジョブだよ、いっぱい練習したもんね!」


 他の首どもが、口々に檄を飛ばす。私とて、負けるとは思っていない。キッと前方を見やり、指示を飛ばす。

「よし、開始一発目はクロノス!お前だ!」


「御意に!!」


 返事と同時に空間に巨大な魔術陣を形成するクロノス。魔術陣を使わないと、流石にイメージだけで術式を創り出せなかったのだ。だが、要するに空間に描く術式そのものは同じなので、魔術陣はあくまでイメージの補完に過ぎない。何しろ、この魔術は規模が問題なのであって、術の軌道などの演算はどうでもいいわけだから。

 そうしている間に、敵全軍から一斉掃射が成される!それはもう、筆舌に尽くしがたい死の壁。炎、風、水、地、氷、あらゆる属性が眼前に高速で迫る様子は、すべての生命にとってその命の終演をイメージさせるに足る圧倒的な激しさを持っている…たった今、その前に佇むテレスタを除いては。


「術式解放!」


 クロノスが叫ぶ。瞬間、敵陣のちょうど中央の空間、グリフォンやアンズーと、ヒュドラやアクシズの間の何もない空間が キュ! っという高い音を立てて歪んだかと思うと、激烈なスピードで瞬く間に空間の歪が全てを飲み込んだ。敵全軍も、敵の魔術も、何もかも全てを飲み込んで、猛烈なスピードで空間が広がっていく!


 ッッッ ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


 音が空間の歪に遅れてやってくる。その衝撃たるや、まるで隕石の衝突のよう。「ぐぅあ!」テレスタも思わず声を上げる。クロノスが空間干渉防壁を展開していたにもかかわらず、その衝撃は術者であるテレスタ本体にまで伝わって来ていた。

 そして、すべての生命を地面ごと爆散させ、空間の歪みは唐突に消え去る。


「…これは、予想以上だな。」


 テレスタは漏らす。先ほどまで美しい水を満々と湛えていた泉とその周囲をかこっていた木々は、見るも無残に吹き飛び、赤茶けた地面をさらしていた。泉の奥から、大量の水が流れ込み始めている。そして、爆裂の直撃を受けた魔獣たちの殆どは地面に叩きつけられ、まるで巨大な鉄球に押しつぶされたかのように絶命しており、生命力の非常に高いヒュドラのみが、身動きが取れない中、傷を再生させていっている。

 テレスタも今の一撃で一瞬にして殆どの魔素を費やしてしまったが、自身の毒槍はまだ術式を組むことが出来るため、瀕死のヒュドラ2体に毒槍をすかさず放って、その命を刈り取る。


“これは…驚きました。まさか古代魔術を習得なさるとは。”


 しかし、肝心の光の球は、全くの無傷、というか、あれは生き物なのか?テレスタは疑問に思う。


「おたくのご家族はお帰りになられようだが。輪廻の輪へ。まだこちらに残っているつもりか?」


(できれば、あなたにもお帰り頂きたいのですが。輪廻の輪とは言いません。どこへとも、好きなところへ帰っていただけないでしょうか。)


“ふふ、いいでしょう。私も召喚する従魔を全て失ってしまいましたし、直接お相手いたしましょう”


 そういうと、光の球は発光を強めながら、見る見るうちに変形していく。そして、そこに浮かび上がったのは、美しい女性のシルエット。

 膝まである緑色のウェーブの掛かった髪の上からは、金のサークレット。背中には巨大な透明な蝶のような羽が生え、水色の魔力が時々血液のように流れているのが見える。目鼻立ちはパッチリとしてその相貌は驚くほど深い藍色。耳はエルフのように尖り、その耳には翡翠のピアスがいくつか下がっている。スレンダーな体に形の良い双丘、それらは真っ白なローブに包まれている。腰のあたりで一度帯を巻いており、スリットの入ったスカートから艶めかしい白い脚が覗いている。

 

“改めまして、自己紹介を、毒牙の者よ。私はティターニア族のオリヴィア。貴方に試練を与えるために、古の盟約を受けたものです。”


「また、わけのわからないことを。それに私は毒牙の者、では無い、テレスタだ。」


“そのあたり、私に勝って私を従えることが出来たなら、教えて差し上げましょう。”


「今、ではだめなのか?」


“そのような契約ですから。”


「実際、そもそも知りたくも無いのだがね。」


“そうも、参りません。それもまた、契約ですから。”


 融通の利かないオリヴィアは、それだけ念話で伝えると、空間に魔術陣を展開し始めた。


“参りますよ、毒牙の者、テレスタ。”


 刹那、巨大な一条の光線が地上へ向けて放たれた。

いつも有難うございます。

書いてて面白い回ってありますね。

毎回楽しんで書きたいものです。

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