東奔西走。
【炎術師チェルノヴァは、青い炎を操った。赤でもオレンジでも黄色でもない。真っ青でそれでいて透き通るように透明な、美しい炎。しかしてそれは、相対する敵の全てを真っ白な灰に帰す地獄の火炎。彼女が炎術を解いた後には、消し炭しか残らなかった。それは、どんなに硬い鎧をまとっていても、またどんなに強固な要塞に隠れていても、同じことだった。後に残るのは、いつも真っ白な灰と、一人の炎術師のシルエットだけだった。】
【空間魔術に長けたボスクは、ある日思い至った。高密度に圧縮した空間を一気に開放することによって、周囲に巨大な衝撃波を生むことが出来る、という事を。この空間魔術を初めて使用したのが、ブラビア帝国海軍とロンディノム海軍とが正面から衝突したオルドゥス海峡の海戦で、ブラビア帝国を蹂躙せんと乗り出したロンディノム軍の先陣1000人を乗せた艦隊は、ブラビア帝国の先陣を切ったボスクの巨大空間魔術によって一瞬の後に殲滅され、海の藻屑と消えた。】
【合成魔術、それは、今までの魔術概念を覆した。属性は超えられぬ、そのように思い込んでいた先入観を、払拭したのだ。炎術と風術を組み合わせることによって、地術と水術を組み合わせることによって、今までにない戦術が展開されるようになっていった。本格的に魔術合成が合戦で用いられたのは、共和制都市国家群が新たな植民地をロンディノムの東端、マノン峠の麓に建設しようと動き始めた時だ。ロンディノムは地術の魔術師と水術の魔術師各100名を配置し、敵軍が陣を敷いた平原一帯を巨大な沼へと変え、都市国家群軍隊の足並みを大きく崩し、そこへ強力な炎術の雨を降らせて一昼夜にして戦争を終わらせてしまった。それほどまでに、当時合成魔術は画期的なものだったと言える。】
テレスタがまず着手したのは、断片的な知識体系を完成させること。そのためにイネアの記録庫となくモレヴィアのギルドとなく、使える情報は全て片端から調べ、頭に叩き込んでいった。特に重要視したのが、魔術に関するものだ。過去の魔術体系から、自分達のイメージングに役立ちそうな情報を拾い上げ、それを組み合わせて術式に落とし込むよう再構築していく。
そして、単体の系統魔術では無く、複数系統の合成についても資料を片っ端から読み通し、その概要を把握していった。ともかく、今は奴らの波状攻撃を上回るだけの、強力な魔術が必要だ。しかし、今のままではそれを創ることは出来ない。新しい知識と、それを基にした確固たる魔術展開技術が必要なのだ。
「なぁ、大将、色々解ってきたのはいいんだが、あいつらが攻めてくるって心配はないのかよ?」
「アグニ、その辺は大丈夫だって、お前も解ってるだろ?召喚魔法なぞ、アラムの源泉の外で使えるとは思えんよ。一体どれだけ魔素を消費するのか…クロノスでさえ、外から誰かを空間移転で呼び寄せることなんて出来ないんだからな。」
「まあそれもそうか。あちらさんが待ってくれるってんなら、俺たちは勝手に強くなるだけだな。」
「そういうことだ。ただし、源泉にいるうちはその限りじゃない。なるべく多くの知識をつけて、その後縄張りでの訓練に臨むとしよう。訓練中に奴らが乗り込んできたとしても、文句は言えないからな。」
アグニには炎術の進化を習得してもらっている。赤い炎から青い炎へ。より強力な広域の炎へと、イメージを高めてもらう。クロノスには、空間圧縮による爆裂魔法を習得してもらっている。どちらも威力が大きすぎて、中々試せないが、アラムの縄張り周辺で魔獣狩りついでに着々と試し、改善を進めている。そして、テレスタがもっぱら取り組むのは、喰うことだ。ともかく最大魔素量をこれでもかと上げる必要がある。食って食って食いまくる。魔獣を見れば餌と思え。クロノスとアグニの仕留めた魔獣は、仕留めたそばからどんどんと平らげていった。
「ああ?テレスタ、もう戻ったのかい?仕事振って1週間しか経ってないぞ?」
資料をあさりに来たモレヴィアではシーラに怪訝そうな顔をされた。
「ちょっとヒュデッカ奥地のアラムの源泉でとんでもないのが居てな。今の私じゃ太刀打ちできないんだ。それで、色々資料をあさりつつ、スキルアップを図っているってわけだ。」
人化状態でシーラと話す。テレスタが太刀打ちできないと聴いて、目を丸くする。
「へぇ、Sランクのあんたをして太刀打ちできないとは、世の中広いねぇ、やっぱり冒険者の手に負える案件じゃなかったってわけだ。」
「まあ、あれは人間には荷が重いな。Aランク魔獣が4体に、Bランク魔獣が5体、そこにさらにAランク魔獣が4体補充されて、あとは規格外が1体だ。無茶苦茶だろう?」
「それは…聴いただけでもうんざりするね。だが、それに勝つ算段があるから、ここに来てるって訳だろう?」
シーラはニヤリと如何にもあくどい笑みを浮かべる。テレスタはそっけなく言い放つ、
「ああ、恐らくはな、かなり無茶な動きになるかもしれないけれど、勝てないことは無いだろう。」
アラムの縄張りでは、さらに、カーミラとミレアに協力してもらい、風と水の属性魔術獲得に乗り出した。もちろん、その指導をするのは、風の精霊シルフィードであるルノと、水の精霊ウンディーネであるブロケルである。
テレスタは今までも風属性魔術を移動などで駆使していたためこちらにはある程度慣れていたが、水属性はこれが初めての経験となる。ただ、アーマーンといいヒュドラといい、果てはアクシズといい、凶悪な水属性攻撃をかなり体感してきたテレスタとしては、水属性魔術の術式もかなりイメージしやすくなってきていた。恐らく、新しい首が生えてくるのも時間の問題だろう。
「テレスタ、そんなに焦って習得する必要があるのですか?もう少し時間をかけて、イネアの広場など使っても構いませんから、そういう方法では出来ないでしょうか?」
「ミレア、そのあたりは私も考えたのだけど、源泉の縄張りをいつ攻撃されるかも解らないし、相手側も知能がある。ただ手を拱いているってことは無いだろうと思うんだ。現実的にこれで良し、という段階まで進歩するまでに相手が攻めてきてしまうと思うけれど、出来るだけ時間を稼ぎながら、多くを習得したい。」
「そうですか…もしもテレスタの縄張りを魔獣が突破するようなことが仮にあれば、イネアも安全であるとは言えませんね。私たちも、出来うる限りの協力はしましょう。」
「ああ、有り難う、そうしてもらえると助かる。」
そうこうしているうちに、予定通り新しく仲間が加わった。それも2本同時に。お約束の睨み返しの後、風の魔術から展開してみると、
「…。」
「おはよう、新しい首」
「…。」
「お前さん、名前はあるか?」
「…無。」
「じゃあ、そうだな、ウダル、にしよう。」
「…諾。」
やりにくい奴だった。慣れの問題だろうか。言葉の読み取りが難しい。続いて水の魔術を展開する。
「やっほー、お兄ちゃん。僕はね、マイヤっていいます。」
「おう、マイヤ、よろしくな。」
「はーい、よろしくお願いしまーす。」
こっちは、まあやりやすい純粋な少年という感じだろう。泣き出したりしないと良いが。
「あー、なんか僕の事馬鹿にしたでしょう?」
「してません。してませんよ!」
隣から角で突いてくる。やっぱりそれなりにやりにくい奴かもしれん。
そんなわけで、新たにウダルとマイヤが加わり、5本首に5本の尻尾になったテレスタは、風の魔術、水の魔術の術式合理化を急ぐ。ここからは実地訓練(という名の乱獲)がほとんどなので、魔素を消費しても回復できる縄張りから離れられなくなるが、それは同時に相手がいつ攻めてくるか解らないという事でもある。
そのままさらに間にも数日が経ち、リベンジの準備を初めて1ヵ月が経過したころ、東雲に2つ月が上弦に輝くのを背に、光の玉はテレスタの縄張り上空へと姿を現した。
いつも有難うございます。
バリバリっと展開の早い回にしてみました。
こういうのもあるとすごくいいですねぇ。
最近ダラダラしてたからなー。




