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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
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火ネズミ。

ベリッ ベリベリッ


 身体全体から皮が剥がれ落ちる。何度目かの脱皮。途中から数えるのもやめてしまったが、ともかく毎日脱皮を繰り返している気がする。生まれたころは1メートルそこそこだった身体も、いつの間にか2.5メートル近くまで大きくなり、胴の太さも少し高い木の幹と同程度まで成長している。

 毎日ウサギや鳥や雑魚を食べ、(とはいえ彼も言語が無いのでその辺の有象無象をいちいち分けて考えたりしていないけれど)お腹は膨れるようになったけれども、満腹感のほかに明らかに何かが欠乏しているのを感じ始めていた。


(カラッカラに乾いてしまっている。なんだろうか。何が、足りないのだろう)


 頭の中で思考とも言えない思考を行う。知能があっても言葉が無ければ考えることは出来ない。高速のハードを持っていても、オペレーションシステムが無ければ動かない。彼は言語を必要としているが、それを得るようになるのは、まだ先の話。

 ともあれ、のどの渇きにも似た欠乏感を抱えて途方に暮れる。身体は成長しているのだ。だから食事が足りない訳じゃない。一体何が…。


 瞬間、彼の直観に引っかかるものが一つ。ピット器官の感覚に近いが、何か、眉間のあたりで感じ取るものがある。温度じゃない。もっと根源的な…生命エネルギーのようなもの。ウサギや雑魚や有象無象からは感じ取れなかった、脈を打つ波動。

 彼はその感覚に興味を惹かれるままに、スルスルと森の中を疾駆する。その間にもそのエネルギーは大きくなっていく。距離が近づいているのだ。そして徐々にではあるが、それが形を持ったものだと感じ取れるようになってきた。


(これは…普段食べているピョンピョン飛んでいるあれ…か?)


 藪の中を進みながら彼はイメージする。眉間から感じ取れるエネルギーの輪郭は、ウサギのそれに似ている。だが、今までウサギからそのエネルギーを感じたことは無い。だとすれば…そう考えたところで、藪を抜ける。そして眼前にそのエネルギーの源が現れる。


 それは見たところ、真っ赤な毛並みをした、30㎝程度のネズミのような体躯の生き物。背骨の上にはオレンジ色の短い鬣が伸び、尾の手前まで続いている。その尾は今まで食べてきたネズミとほとんど変わらないグレーのものが一本生えている。耳は丸く短く、その両目は真っ黒で一切の感情を読み取ることは出来ない。鼻づらはネズミ程は長くないが、ウサギ程短くもない。特徴的なのは口から生えた一対の牙で、おそらくは肉食の獣なのであろうことが伺える。

 それがこちらを向くと、威嚇するように「キィ!」と叫んだ。そして同時に轟!と20センチほどの火柱を口から吐き出した。


(な。。。なんだあれは?熱そうだな。)


 生まれて初めて炎を見せられ、面喰う。それは初めての魔獣との出会い。であるのだが、彼がそれを魔獣と認識するのは、あとの話。ともあれ、あちらもやる気満々のようだ。体躯の違いこそあれ、あのオレンジ色の炎は見たことこそないが、触れてはいけないものだと本能的に理解できる。

 本気でかからなければまずいな!そう思った瞬間、ネズミは彼に向って疾駆し、迷うことなくまっすぐに距離を詰めてきた。

 グッと鎌首をもたげると、真下まで迫ったネズミに猛然と大あごと毒牙を叩きつける!瞬間、ネズミは直線的に疾駆するのを止めて素早く左に飛びのき、致死の一撃を大きく躱す。そしてそのまま相手の攻撃を正面から受け止め無いよう、黒蛇を中心に走りながら攻撃の隙を伺ってくる。


(ぐ、思ったより早い。牙を当てられない!)


 ちょこまかと身体の周りを走り回るネズミに闇雲に大あごを振り回すも、すべて簡単によけられてしまう。そして、何度目かの攻撃をよけた瞬間に、ネズミが口から火柱を放つ!


轟!


 身体の大きさの影響で瞬間的に飛びのく事の出来ない彼は、鎌首をもたげたその真下の胴にしたたかに炎を浴びてしまう。


(あっづ!)


 見れば漆黒の鱗の一部が熱で変色し、灰色になってしまっている。


(こりゃまずい。一発なら何とかなるけど、何発ももらえないぞ!)


 どうしたら…ネズミは相変わらず身体の周りを走り回って隙を伺っている。スピードが速すぎて、毒牙を当てるのは厳しい状況だ。かといってこのままではジリ貧。いつかはやられてしまう…と、また視界の端で奴が火柱を放つ!轟轟と音を立てるオレンジの炎の穂先で、先ほどよりも広い範囲にやけどともいえる灰色の変色を鱗に負い、いよいよ焦りが募り始める。

 グルグルと回るネズミ。視界ギリギリに捉えるのがやっとのスピード。それが、視界の外に出ようという時に足を止め、同時にエネルギーが放出されるのが眉間の器官で解る。同時に、理解する。


(あいつ、オレンジを吐く瞬間は足を止めているな!オレンジを視界ギリギリで放つのは、止まらなければならないからか。そして止まればこちらの牙をぶつけることが出来る。怖がっているのが牙なのだとしたら、奴の裏をかけるのは。。。)


轟!


一際巨大な火柱が口から吐き出される。


ベチィ!!!


同時に鈍い打撃音とともに、火を噴きながらネズミがぶっ飛んでいく。

 ネズミを強打したのは、彼の尻尾。今まで牙での攻撃ばかりが頭にあったので考えたことも無かったが、身体ももう2メートル半。尻尾を振り回せばその遠心力たるやかなりのものになる。加えて、口から炎を吐き出したネズミはそのエネルギーも相まって後方へと吹き飛ばされ、ゴッという鈍い音とともに背後の木に叩きつけられると、力なく真下へ落下する。

 ドサリ、と落ちてピクリとも動かないネズミに彼は素早く肉薄すると、ともかく生きていてもらっちゃ困るんだと言わんばかりに毒牙を突き立てて自身の安全を確保する。強烈な神経毒で絶命した火ネズミを見やりながら、なおもエネルギーが循環しているのを、彼は眉間で感覚的に理解していた。

 どうも先ほどよりエネルギーの量が減っているみたいだが…死んだ所為か、それとも炎を出したことと関係するのかもしれない。死ぬ直前とエネルギー量は変わっていないようだから。

 分析はさておき、やけどやら何やらで空腹だ。有り難く火ネズミを頂戴しよう、ということで、彼は毒牙をしまい込むと口を開けてネズミを丸呑みにする。


(はぁ、くたびれた。取りあえずは、木の洞で寝よう)


 のっそりと身体を移動させ始めると、消化が始まったのか、身体の中にエネルギーが巡っていくのが解る。「魔素」と呼ばれるエネルギー。この世界に特有の非常に強力で透明なエネルギーに、彼が初めて触れた瞬間であった。

 魔素が身体を巡るにつれて、カラッカラに乾いていた筈の何かが満たされていく。と同時にあまりの大きなエネルギーにどっと疲れが湧き、彼は木の洞に丸くなると、あっという間に意識を手放した。






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