ディアブロ。
「おら、俺の打った餓鬼どもだぁ。存分に見てってくれや。」
ヘクトはガッハッハと笑いながらいくつか手に取って説明し始めた。どれも一級品であるというのは一目でわかる。重量武器・大型武器としても申し分ないパワーを秘めていると言えるだろう。だが、テレスタには、目を奪われて離れないモノが一つだけあった。
「ヘクト、あの、天上につるされているヤツ、あれはどうなんだ?」
それは、他の武器が壁に立てかけられて保管されている中、床と平行になるようロープで天井にくくられていた。その威容は他の武具とは一線を画している。刃渡り2メートルの巨大な刀身、それが1メートルの柄を点対称にして1対、ちょうど風車の羽のようなシルエットで取り付けられている。白銀の切っ先は鋭く、重く、あらゆるものを斬り捨てんという意思に溢れている。
「あぁ、お前さん、すげぇ所に目を付けたな。あれは俺が師匠を超えるために打った傑作、ツイン・ヴァルディッシュ“ディアブロ”だ。伝説の魔神も一刀両断に出来る代物を創ろうと思って打った一点もんだ。」
「あれ、試しに振ることは出来ないか?」
「ば~か、おめぇさん、あのサイズを見てわかんねぇのか?あれは冗談で作ったんだよ。あんな代物がなきゃ斬れねぇような魔獣はいねぇし、あれを振り回せる人間だっていやしねぇ。師匠に『お前は誰でも作れるようなもんしか作らねぇ』とか馬鹿にされたから、頭来て打っただけのもんだ。悪ぃことは言わねぇ、やめときな。」
「とは言っても持つだけならタダ、だろう?」
「どうしてもっつうなら下ろしてやらねえでもねぇが。言っとくが、ギャグみてえに重てぇぞ?」
「ああ、構わない。実際に手に持って、振って、それで判断するよ。」
ヘクトは先ほどまで饒舌だった口を閉じ、じっとテレスタを見つめていたが、何事か思うところがあったのか、ハシゴを上ると、天上につるされた武具を下ろしにかかった。ロープごと滑車で床へとゆっくり下ろしていく。
「こいつぁ、俺でも重すぎてまともに振れねぇ。下ろすのだって一苦労だ。そら、持てるもんなら、持ってみろよ。」
言われてテレスタは、グッと、刀身と刀身の間、1メートルほどの長さのグリップを両手で握る。そして、その場で持ち上げると、ブン、ブン、斜め掛け、横凪、振るってみる。
「おいおい、本当に振りやがったな、こいつを。まったく、魔神なんて人間の手に負えねぇから、人間の手に負えねぇ武器を創ったってのによ。」
ガッハッハと、ヘクトは笑う。口では悔しそうだが、自分の打った傑作が使用されるのを見て、嬉しさがこみ上げてくるのを抑えられなかったようだ。
「この武器、買い取っても良いか?気に入った。この位の重さが無いと手に馴染まなくてな。」
「お前、本当に人間か?…まぁ良い。そいつはどのみち誰も使わねぇし使えねぇ筈のものだったんだ。お前さんにやるよ。」
「おいおい、本当か?馬鹿みたいに材料に金がかかってるんじゃないのか?」
「違えねえが、人間には絶対に使えねえ筈だったそいつを使ってくれるってんだ、職人冥利に尽きるってもんだぜ。」
「それは、有り難う…」
「ただし!条件がある!それはな、そいつを、“ディアブロ”の名を、この国中に轟かせろ!あらゆるギルドの冒険者の間に、ヘクト様の魔神殺しが知れ渡るようにしろ!それが条件だー。」
「おお、解った、それならお安い御用だ。」
「言い切ったな、野郎。モヤシみてぇな色してるくせに、肝は据わってやがるらしいな。」
ガハハ、とまた大声で笑うヘクト。テレスタの事がよほどお気に召したらしい。テレスタも基本無遠慮であるから、性格的には合っていたのだろう。
「ああ、それとな、そいつにはギミックがあって…持ち手の中央で、半分に分けることが出来る。大剣としても、一応使える。尤も、普通は片手で持てるような重さじゃねぇんだがな。お前さんなら、上手く使いこなせるだろ。」
ガキンッと音が鳴ると、一本の冗談みたいな長さだったヴァルディッシュは双大剣の形状に変形する。多少は持ち運び易くするための配慮のようだ。それでも片刃2メートル近く。サイズが巨大なことに変わりはないのだが。
「で、こいつがその双大剣を収める鞘、みたいなもんだ。」
背中でクロスして左右に伸びるそれは、さながら翼竜が翼を休めているかのようだ。いちいち巨大で、いちいち目立つ装備だが、テレスタとしてはこれ以上の武器は無いように思われた。カーミラも、ニッコリとほほ笑んでいる。多分、お金を使わなくて済んだことも大いに関係しているのだろう。
「世話になったな、ヘクト。また用が出来たら寄らせてもらうよ。」
「おう、万一刃こぼれでも起こしたら持ってきな。直ぐに直してやらぁ。」
なんだか男臭い挨拶をかわして分かれる二人。ここは鍛冶場なのだし、まあそういうものだろう。
‐‐‐‐‐
翌日、テレスタはシーラから一つ目の仕事を依頼された。ヒュデッカの奥地、イネアから先のマッピングだ。これは人間族の冒険者に任せても遅々として進まない難しい作業だった。何しろアラムの源泉に近づけば近づくほど凶暴な魔獣の数が増え、その回復力も尋常では無くなり、数人のパーティでは全く手に負えない。かといって大隊で潜りこめるほど道は整備されておらず、整備しようとすればダークエルフ達との間に深刻な紛争が勃発するのは明らかだった。また、モレヴィアからイネアまで徒歩で1ヵ月近く要する、その間の補給物資を全て持ち込まなければならない、という条件も、任務の過酷さに拍車をかけていた。
だが、テレスタにとっては実質里帰りである。なんの困難も、不満も無い。むしろ、モレヴィアに滞在し続ける方が魔素を消費するだけ厳しい環境であるとすらいえる。
「随分楽な仕事だな。」
事もなげに言うテレスタ。シーラは呆れた顔で、任務の難しさを伝えたものの、まぁ、馬の耳に何とやらという所だろう。任務の目下の期限は2か月後、2つ月の満月が重なる日に報告に来るようにとのことだった。
そして、今テレスタは訓練場でディアブロを接合した状態で振るっている。横掛け、薙ぎ払い、かち上げ、袈裟懸け。ブンブンと回る2本のヴァルディッシュは、さながら竜巻である。横で見ていたルダスが声をかける。
「テレスタ殿。重量武器を手に入れたとは伺っていましたが…そんなもの、一体どこで?」
「ああ、キュクロプスのヘクトから譲ってもらった。“ディアブロ”という武器だそうだ。」
ディアブロ、を広める一人目だ、と思いながら、テレスタはルダスに応える。ルダスの瞳は驚きに見開かれている。
「あの、気難しいキュクロプスが武器を譲るなんて…余程、お気に召したんですね。それに、そちらの武器…こういっては何ですが、全く、人間用のものとは思えません。人外、ですね。」
「ルダス殿も失礼なことをおっしゃるな!立派に私という亜人が使いこなしているではないですか。」
そんな軽口を叩きあう。だが、それもこの昼過ぎまで。午後にはイネアに戻り、今まで通りの生活…もとい、調査へと向かうことになる。
モレヴィアの玄関口である門を通過しながら、ミレア、カーミラ、ライナスの3人が歩みをすすめる。1メートルサイズのテレスタが久しぶりに黒蛇の姿でカーミラに巻き付いている。見送りは無い。シーラ達は忙しくしているし、テレスタは実質的には任務に赴く職員であるから、いちいち見送りになど出てきたりはしない。ドライな部署である。それだけ、外地での任務が多いともいえる。
先ほどまでテレスタが訓練場で使用していたディアブロは、小型蛇に戻った所で、空間転移魔術で先にイネアの広場に送ってある。人型でなければ、あんなものいちいち持ち歩いていられない。そうして、門から街道へ出て暫く進んだ場所で3人と1匹は足を止め、あたりを見回した。
「うん、このあたりで良さそうだな。」
「テレスタ殿、本当に大丈夫なのか?空間転移魔術を3人にまとめて行使するなど…」
「なに、もともとの私の巨体を問題なく飛ばせるほどだ。心配はいらない。」
「テレスタの魔術ならば大丈夫です。心配いりませんよ、ライナス。」
「1ヵ月かかる旅程が1分で済むんだから、気にしないで待っていればいいのよー。」
こういう時は大体において女性の方が肝が据わっているものであるらしい。ライナスは空間転移魔術がどんな結果をもたらすか多少の不安はあるようだが、女性二人に押し切られ渋々了承した。クロノスが3人と1匹を包み込むように術式を展開していく。同時に膨大な魔素が流れ、その場が閃光に包まれたかと思った瞬間、そこにいた存在は消え、何事も無かったかのように草木が風に吹かれていた。
いつも有難うございます。
頭の中が飽和してきましたー。
少し休憩が必要かも。




