見た目はあれだが。
川魚を一度ペースト状に潰し、それにネギのような香りの強い香草と、生姜のような少し辛味のある香辛料を混ぜ、棒状にして串にさし、焼石で炙る。火属性魔術で熱した焼石は、大体4時間位は使えるのだそうだ。味付けの塩は、第2都市レビウスから輸入した海塩。昔は岩塩を使っていたらしいが、公益ルートが安定してからは陸路の岩塩よりも海路の海塩の方が単価が下がったようで、今ではもっぱらそちらが利用されているという。
「まぁ、岩塩の方がガツンとした旨みがあって、味にこだわるならそっちなんだけどな、こちとら商売でやってるってもんだ。そうも言ってられねぇ。とはいえ、海塩でも十分美味いぜ?ほれ!2本上がりだ。」
「おやじさん、ありがと!」
カーミラは銅貨を数枚支払うと、串焼きを2本受け取った。この世界は貨幣経済がそれなりに行き渡っている。ロンディノムで鋳造されている貨幣は、金貨・銀貨・銅貨の3種類のみで、それぞれ金貨1枚=銀貨10枚=銅貨100枚、という単純なレートに基づいて取引されている。銀貨・銅貨は中心に穴が彫られ、ひもを通して一括りに使われることが多く、銀貨は大体金貨1枚分単位で「棒金」などと言って使われているし、銅貨は銀貨1枚分単位で「棒銀」などと呼ばれていたりする。
カーミラは毎年隊商と話したり売買を繰り返すうちにこのあたりの事にはかなり詳しくなり、値段交渉などもいっぱしの冒険者に引けを取らない。その様子に感心したように頷くテレスタ。
「カーミラ、凄いな。私はまだこのあたりのルールは難しくて理解できないんだが。」
「あはは、ありがと。一応私もそれなりに取引は経験してきたからねー。テレスタも直ぐに慣れるわよ。」
何しろ、生後3か月で言語も歴史も殆どモノにしてしまったのだ。商取引や経済もすぐに理解するに違いない。それを聞かされた方はある意味「今までの自分の積み重ねは何だったのか…」などと絶望してしまいそうだが、長寿で自由な生き方を好むダークエルフは、そのようなことは気にしない。時間はたっぷりあるのだから、ゆっくり覚えればいい。そういう考え方なのだ。「出来るだけ早く!多く!」というのは、人間族特有の在り方なのかもしれない。
「それにしても、美味いな、これ。魚はいいね、何がいいって…何が良いんだろ?」
「ふふ、もう少し頼んでおいた方が良かったんじゃない?」
築根、のような串焼きを食べながら仲良く歩く二人。真っ白いテレスタと、小麦色のカーミラ。目立って仕方ない。チラチラと視線を向ける市井の人々多数。男性はカーミラの可愛さに見惚れ、女性はそんな男性陣に半眼で睨みを利かせつつ、テレスタの横顔を盗み見ている。テレスタとカーミラはほどなくして「白黒コンビ」というあだ名がつけられることになり、それがモレヴィアはおろかロンディノム中に広まっていくのだが、それは別の話。
2人が今向かっているのは、武器屋が軒を連ねる通り。冒険者が扱う道具をそろえた雑貨屋なども多く集まり、自然、冒険者通りなどと呼ばれている。モレヴィアは言わずと知れた冒険者の都市。西南にあるヒュデッカ大湿原をはじめ、北西にはナイザー山地、真北に真直ぐ進むとウロマノフ台地と、冒険者にとっては行く先に事欠かない。そのどれも未だ完全にその地理を把握しきれていない未到達地域である。
そんなわけでロンディノム各地から冒険者が集まるこの都市には、必然的に多くの武器屋・道具屋・鍛冶職人が集まってくる。また、貴重な鉱石もナイザー山地から採掘され、モレヴィアの交易力も相まって他の都市では創ることのできないオリジナルの武具・防具も散見される、冒険者にとっては垂涎ものの都市なのだ。もっとも、それらは安価で提供されるわけでは無く、それなりに冒険者としての結果を出した者たち、要するに稼いできた者たちのみが手にすることのできる逸品ではあるのだが。
「すまない、このあたりで、大型武器や重量武器を扱う店はあるかい?」
「ああ、それなら、冒険者通りを真直ぐ端まで行ったところに、デカい商会があるよ。」
通りを歩く冒険者パーティに尋ねると、親切に教えてくれた。冒険者は亜人に対する偏見が薄いものが多い。仕事でパーティを組む可能性もあることを考えると、偏見を持ったまま相手に背を預けることなど出来ないのだから、それもそうだ。この前絡んできたような連中は、むしろ例外なのだろう、とテレスタは思った。
さて、目的地のデカい商会、もといグラン商会に付いた二人。珍しそうに店内を見て回る。店舗の目立つ位置には一般の冒険者に人気の剣や大剣などが並べられているが、店舗の奥のブースにはメイスやハルバート、バトルアクスやポールアクスに、戦槌や大錘など、大型の武器が鎮座していた。その中の一つ、他と比べても一回り大きなグレイブという形状の槍を手に取って振るうテレスタに、店員が声をかける。
「お客さん、大型武器をお求めかい?…っていうかそれを片手で振るのかい。剛毅だね。」
「ああ、ちょっと武器を今まで扱ったことが無かったんだが、リーダーから大型武器が良いと勧められてね。」
「武器を扱ったことが無いって…今までどうやって稼いできたんだアンタ?」
「いや、…まあその辺は魔術とかで。」
「ふーん、魔術師なのか。珍しいタイプだな。お連れのお姉さんも戦える口か?」
「あたしは精霊魔法が使えるからね。それなりの魔獣なら何とかなるわ。」
「へぇ、面白いパーティだね(白黒だし)。ところで、大型武器って言っても色々あるんだが…どんなものがお望みだい?」
「そうだな、リーチと重さがあれば何でもって感じだが。」
「そうすると、今お客さんが手に取ってるそのグレイブが一番なんだが、どうだい?」
「うーん、印象は悪くないんだが…ちょっと軽すぎるかもしれん。」
「おいおい、本当にどんな腕力してるんだいあんた?参ったね…うちの店ではそれ以上のものは扱ってないんだが…」
「なにか、他に心当たりとかは無いのかしら?大型武器ってそう取り扱いも多くないみたいだし。」
「…まあ、心当たりが無いでは無いよ。うちに下ろしてくれてる鍛冶屋が居るから、紹介料を貰えれば繋げられないことは無いんだけど…まぁ、堅物だし、見た目がちょっとあれでな。」
「見た目、は私も人の事は言えないから、この際気にしないよ。」
「(白黒だしな)そうかい、それなら、この通りをちょっと戻ってもらって…」
紹介料を手渡して、目的地へ向かう二人。鍛冶屋が軒を連ねる通りは、冒険者通りから一本奥まっており、通り全体に熱気が漂っている。文字通りの熱気である。そして、通りを歩くのは冒険者達よりも、素出まくりをした鍛冶師たちが多い様だ。鍛冶場から出てきた男たちは皆一様に額に汗を浮かべている。
そんな通りの最奥、一際大きな鍛冶場が目についた。お目当ての工房だろう。キュクロプス、とだけ入り口に大雑把に記されている。取りあえず、その入り口の壁に向かってガンガンとノックを2回。返事を待たずに中に入るのは、工房から鉄を叩く音が漏れているからだ。徐に頭を上げる鍛冶場の主は、訝しそうに此方をその単眼で睨み付けた。
「ア゛ア゛?なんだオメーらは?」
((ああ、こりゃ見た目があれだわ。))2人は同時に思う。表札で何となく察しては居たが、そこで鉄を打っていたのは真っ黒い肌に腰布だけ巻いた身長3メートルの巨人。しかも、単眼だ。キュクロプスという種族で、魔獣と見まごう姿だが一応亜人である。エルフのような尖った耳には、沢山の色とりどりのピアスが留められている。案外おしゃれさんなのかも解らない。
「グラン商会のおっさんの紹介で来たんだ。どうも、あそこの武器のサイズじゃ足りなくてね。」
「何言ってやがる、モヤシみたいな色しやがって。」
「色は関係ないでしょ!あんたのとこの大型武器を見に来たのよ!」
「こっちはザラメみたいな色しやがってよぉ。全く、俺に初対面でビビらなかった連中なんざいつ以来だ?気に入ったぜ!俺はキュクロプスのヘクト!俺は気に入ったやつにしか武器は売らねぇ!そして、お前らの色は気に食わねぇが、その態度は中々気に入った、故に…。」
勝手に彼の脳内で話が進んでいて、尚且つこちらの都合が良いように纏まり始めているようなので、噛み付いたカーミラも呆気に取られていたテレスタも彼の脳内会議が速やかに終わるのを待つことにする。
「…っていうかそっちのモヤシ、お前どんな魔素の量してやがる。バケモンか?」
「魔素が見えるのか?」
「キュクロプスを舐めんじゃねぇぜ、一族郎党、魔素は目ぇ瞑っても見えらぁな。そんで、お前さんは何もんだ?」
一瞬、思案するテレスタ。だが、このキュクロプスに難しいことを言っても伝わらないだろうし、勝手に解釈されそうでもあるので、それなりに本当なストーリーを伝えることにする。
「私はテレスタだ。ヒュデッカの奥地に住んでる。魔獣を獲物にしてるから、それで魔素が増えたんだろ。」
「…へぇ、そいつが、なんで武器なんて欲しがる?」
「人間と仕事することになってな。デカい魔術ぶっ放すわけにもいかない、かといって無手で魔獣とやり合えない、ってことだ。自分に合った大型武器が必要なんだよ。」
じーっとこちらを睨むヘクト。疑われているのか?いやな汗が頬を伝う。ストーリーはおおむね本当だ。嘘は言ってない。だが、完全に真実という訳でもない。ここで武器を手に入れられないとなると、グラン商会に出戻りだ。満足のいかない武器で人間の姿で戦うのは心許ない…
「嘘、言ってるわけじゃねぇようだな。気に入ったぜ!俺の打った武器を見ていくと良い!使えるもんならな!」
口角を斜めに上げて笑うヘクト、いや、笑っているんだろうが、どうも見た目がアレで、やっぱり目がいけないんだろうか。ともあれ、テレスタは解らないように安堵の息を吐く。武器については何とかなりそうだ。ヘクトは言うが早いか、ドンッと奥の扉を開いた。入れ、という事らしい。
「こりゃ、すごい。」
奥には、案の定、大量の大型武器が所狭しと並べられていた。
いつも有難うございます。
そろそろ展開にスピードが欲しくなってきた…
でも、細かいところを描いてしまう…




