観光。
宿に戻ったテレスタは、見るからにボロボロであった。ミレアやカーミラが驚いてすぐに霊水を取り出して手渡すと、グイグイとそれを飲み干していく。
「いやはや、大変な目にあった。まさかシーラがあそこまで強いとは。しかし、いい勉強になった。」
ひとりごちるテレスタ。横ではミレアが「あの、小娘ぇ!」などと、謎のキャラを出現させている。キャラの安定をお願いします、ミレアさん。
先ほどまでの、訓練場でのことを思い出す。シーラとの模擬戦は一方的な展開だった。ルダスには悪いが、Bランク冒険者とCランク冒険者で、ここまで実力差があるのか?と思ったほどだ。しかしその疑問は今までも色々な相手から受けてきたのだろう、シーラはこともなげにこう言った。
「あたしはランクにこだわりが無かったんだよ。Aランクに上がるのに試験があるって言われたんで、面倒だから断ったのさ。だから実力的にはAランク下位でも通るんじゃないかねぇ。ま、調査や偵察はどんな依頼も受けられる立場だったしね。そういうわけだから、あたしにやられたからって、そんなにショック受けることは無いよ。あっはっは。」
シーラの両手に握られた短剣の嵐のような剣舞は、素人同然のテレスタにはとても受けられるものではなかった。かといって力任せに吹き飛ばそうとしてもソードブレイカーをうまく使った反応で最小限の動きで回避し、無数に打突を放ってきた。これが刺突なら死亡確定だ。そうして何度も立ち上がっては倒され、を繰り返して、ついに倒れたまま立ち上がれなくなったテレスタ。ここまで手加減されて彼我の差がまだこれほどあるのだと思うと、悔しいような、それでいて目標ができて嬉しいような、複雑な気分だった。
「あんたが今の実力でも十分に使い物になることは分かった。とはいえ、実際魔獣であるあんたを人間の姿のまま使うのは宝の持ち腐れ。ともかく未開拓地の情報はあたしたちにとっちゃ宝石よりも価値があるんだ。そっちを優先に任務は組んでくつもりだから、普段は存分に3本でも4本でも頭生やして頑張ってくれればいい。ただ、仕事柄どうしても外の冒険者と一緒にパーティを組む必要も出てくる、その時の為に人間の体での鍛錬も積んどくんだね。」
タオルで顔をぬぐうシーラ。ふっと息を一つ吐くと、テレスタに声をかける。
「今日は取り敢えず以上だ。もう上がっていいよ。ルダス、悪いけどテレスタを宿に送っといてくれるかい?」
「了解いたしました、部長。」
「ああ、それから、テレスタ、武器は長物か重量武器のほうがいいねぇ。槍とか斧とか、その辺を決めといたほうがいいだろうね。」
そこまで思い出して、テレスタは我に返る。確かに、自分のパワーを生かすなら、重量武器というのが妥当だろう。
(槍か、斧。他にも大剣とか、そのあたりか?ちょっと武器屋にでも行ってみようか。)
そこへ、丁度よくカーミラが声をかけてくる。
「今日は、この後どうするの?午後いっぱいは使えるんでしょ?」
にっこりとほほ笑むカーミラ。彼女が嬉しそうなのは、午前中にテレスタとのデート権をかけた一発勝負のコイントスで、ミレアに勝ったからだ。ミレアもその辺は諦めたように、ふっと息を吐きながらわずかに肩をすくめ「仕方ないわね」という顔をしている。
「ああ、そうだな、観光でもしよう。それと、武器屋に寄りたいんだが、いいかな?」
「もっちろん!」
満面の笑みで応えるカーミラに、少しこそばゆいのか視線を外して頬を指で掻くテレスタ。そういえば、この姿で一緒に出掛けるのは初めてだった。こういう時ってどうすればいいのだろう?知識はずいぶん付けたテレスタであったが、人の感情の機微はまだまだからっきしだ。ましてや恋する乙女の扱いとなると…うむむ…
ひとしきり考えても答えが出ないと分かると、まあ、楽しければいいだろうと開き直る事にした。
モレヴィアという都市は、大湿原からの水運を利用して、縦横に碁盤目状に運河が走っており、商業都市というだけでなく、ロンディノムでも名高い観光名所としても知られている。一つ一つの運河・住宅・橋梁はウロマノフ台地という石灰岩で出来た高原から切り出された白亜がふんだんに利用され、陽の光を反射して白銀に輝き、見るものを魅了してやまない。そして、都市の中央にはその、白亜を惜しみなく利用した大噴水があり、観光客や旅人の目を楽しませている。
その噴水広場に、テレスタとカーミラはやってきている。高さ20メートルまで吹き上がる噴水に、口をあんぐりとあけるテレスタ。
「これは。。。すごいな。。。」
「そうね、ちょっとビックリしちゃったわ。人間族って本当にいろいろ創るのが上手よね。」
噴水の広場にはたくさんの人が集まり、めいめいの時間を楽しんでいるようだ。親子、カップル、老夫婦。だが、さすがに亜人同士でデートというのはテレスタ達だけのようで、周りからチラチラと視線を向けられている。カーミラも他のダークエルフに違わず美人だし、着ている服もいつも通り肩ひもだけのショートトップにホットパンツ。周囲の男性が心なしか目を奪われて鼻の下を伸ばし、相方の女性から足を踏まれて悶絶している。一方、真っ白い髪の毛と肌に真っ黒い角の生えているテレスタも容姿は整っており、いやでも目を引いてしまう。二人して噴水を眺めながら、食べ歩きでもしようかと話していると、目の前を塞ぐように3人のガラの悪い冒険者風の男達が立ちはだかった。
「よう、亜人の分際で見せつけてくれるじゃねぇか。ええ?ここはゴミどもが自由にしていい場所じゃねぇんだよ。」
「どこの奴隷だ?どうやって逃げ出したのか知らんが、そっちはいい女だな、結構な値段が付きそうだ。おとなしくしてりゃ痛い思いしなくて済むぜ?」
「男のほうは…ま、運が悪かったと思って諦めんだな?お前が人間様じゃないのが悪い。」
あからさまな発言に、思い切り顔をしかめるカーミラ。ルダスが一緒にいてくれたから、今まで絡まれずに済んだのか、と今さらながら思い至る。対して、テレスタは冷静な顔で男たちを一瞥すると、ごそごそとポケットから何がしか取り出した。
「モレヴィア冒険者ギルドの職員だ。面倒ごとは、ギルドを通してくれるか。」
それは正規の職員証。シーラがマリウスに難癖つけられるのを嫌がって、総務部に無理を言ってその日のうちに作らせたのだ。情報統括部の正式なお墨付きを見た男たちは、あからさまにたじろぐ。
「…お、おい、情報統括って言ったら…」
「あ、ああ、まずいんじゃねぇか?確か平均Cランクの実力って…」
「ビ、ビビってんじゃねぇよ、あんな亜人、職員の訳ねえだろ!はったりだ!」
「そ、そうだな…てめぇ、なめたこと考えやがって!」
結局やる気になったらしい男たちを見て、面倒くさそうにため息をつくテレスタ。カーミラがルノを呼び出そうと身構えるも、それを視線で制す。こんなところで精霊魔法をぶっ放すわけにはいかない。拳で十分だ。
「おらあああ!」
わざわざご丁寧に大声をあげて拳を突き出してくる一人目の男。その右ストレートをサラリとかわしながら左手の甲でその顔を引っぱたく。すると、男はパチンッという音とともに吹き飛ばされ、回り込もうとしていたもう一人の男に直撃して二人共ども床へ倒れこんだ。残った3人目の男は唖然としてその様子を見ている。
「まだ、やるか?」
「ひっ!」
腰を抜かしてくずおれる男。テレスタが顎をしゃくり、そいつらをどうにかしろ、と促すと、男は仲間2人を起こして、這う這うの体で逃げ出した。それを確認して、やれやれと右手で頭を掻く。
「カーミラ、怪我はないか?」
「うん、ありがと、テレスタ。」
「人間族の街っていうのは、観光一つするにも、面倒な場所だな…。」
とはいえ今のを見てさらにちょっかいを出してくる人間もそういないだろう。二人は取り敢えず噴水広場を後にして、屋台の並ぶ通りを目指すのだった。カーミラが心なしか頬を染めてキラキラとした視線をテレスタに送ってきているのは、たぶん気のせいではない。
いつも有難うございます。
何時も起伏がある状態もだんだん疲れてきますが、
平らな時間が長くなりすぎても疲れてくる。
そういうところのバランス感が欲しいですね。




