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毒牙の泉  作者: たまごいため
第4都市モレヴィア
24/105

どうしてこうなった。

 部屋に佇む男性と思しきシルエット。肌の色は異常に白く、頭髪は銀色で肩にかかるほどの長さ。耳はエルフと人間の中間のような形状をしており、相貌は青い。唇は若干血色が悪く、特徴的なのは耳の後ろから、漆黒で真直ぐの角が生えていることか。そして同じく耳の下から顎の骨にかけて、黒く鋭い鱗のようなものが覆っている。上半身もまた透き通るような青白い肌で、両腕は肘から先が鱗に覆われて黒く、指先からは鋭利な爪が生えている。これは出し入れも可能のようである。そして、腹斜筋のあたりからそれに沿うように黒い鱗が始まって、下半身はその鱗にすっかり覆われている。足の指にも手の指と同様の爪が生えていた。


「…どうだ、うまく行ったか?」


 その人影の最初の一言はそれだった。ライナスは目を見開いている。


「テレスタ殿、なのか?」


「ああ、テレしゅタだ。何もちゅたえずしゅまなかったな、ライナしゅ」


 …噛みまくっている。普段は冷静沈着なライナスをして、「ブフッ」と噴き出してしまっている。テレスタは不機嫌そうな表情を浮かべて一言。


「口で喋るのは、むずかしいにゃ。」


 暫くは練習が必要である。何しろ、今までは念話しか使ったことが無かったのだ、無理もない。ともあれ裸のままでは何かとまずかろうと、ライナスは自分の持って来ていた着替えをテレスタに渡す。「しゅまない」と噛んでいるのはもはや気にしない。あとは、ひとしきり身体の動かし方、手先や指先の動きに慣れていく。ライナスが口を挟む。


「そういえば、テレスタ殿、アグニとクロノスはどうなったのだ?」


“ああ、あいつらはさすがに人化魔術の際には意識のみの存在に戻るようだ。と言うより、戻らざるを得ないらしい。本体である私を残して、意識以外の部分は一度魔素に還るのだそうだ。どうやら、クロノスの使用できる魔術も人化の解除以外は無くなるようだしね。基本、本体である私の魔術しか使う事は出来ないようだよ。”


 言葉が長く、しゃべるのが難しいので、念話でライナスに応えるテレスタ。そう、人化の最中は魔術が毒魔術のみに制限されるようだ。人化の解除が制限されなかったのは幸運であったと言えるだろう。


「ともあれ、戦闘力は大分落ちるのだろうから、注意がひちゅようだな。」


 なるべく口を動かすように頑張るテレスタ。会話の早い習得が期待される。そこへ、入浴を終えて自室で着替えを済ませたカーミラとミレアが入室してくる。ドアを開けるなり凍り付く二人。


「…え?どちら様?ライナスの知り合い?」


 カーミラが固まったまま辛うじて話しかける。


「テレスタだ。」


 今度は噛まずに言えたようだ。テレスタが返事をする。目を丸くするカーミラ。蛇が人間になったのだから、驚くに決まっている。そして、じっと見つめ返してくるテレスタに若干頬を染めてしまう。今のテレスタは都市の中で会った沢山の人間族と、ダークエルフの男性を平均したような顔立ちになっている。クロノスがそのように調整したのだから、間違いないだろう。人間の顔の成分を平均するとそれなりに好ましい顔になると言われているが、そこにダークエルフのイケメン成分を多分に混ぜ込んだため、テレスタの顔のレベルはかなりの仕上がりである。ましてや、命の恩人として心のどこかで憎からず思っていたことから、カーミラの心はあからさまに動揺していた。


「…い、いい気にならないでよね!」


「ハァ?」


 カーミラはとりあえず自分の心の混乱を何とかごまかす為に、意味不明な言葉を吐いてしまう。感情に疎いテレスタは、何のことだか解らない、という風に首を傾げる。


「まあまあ、テレスタ、精悍な顔つきになって!あなたはきっとそういう顔の方だろうと、私は思っていましたよ?ささ、一緒に夕食に参りましょう?」


 こちらはそれなりに慣らしたものだ。ダークエルフは北方の落葉樹林に住むエルフ達に比べ、はるかに奔放で自由な性格をしている。男女の経験もまた、然り。ウン百年も生きていれば、色々あるのである。早速テレスタの手を取ると、自分の腕を絡めて、さっさと食堂へ歩き出そうとする。ちらりと後ろを一瞥した目元・口元にはかすかに勝利の色が…


「ちょ、おばあちゃん、ずるい!」


 対するカーミラはせいぜい生まれて30年で、村では子供扱い。ミレアの余裕には中々付け入ることが出来なさそうだ。ただ…


「カーミラ、おばあちゃんではありません。ミレアとお呼びなさい。」


 そこだけは譲れない、という風に釘を刺す。今までは何だったの?と一瞬たじろぐカーミラだが、これこそが付け入る隙では?と頭を切り替え、今後の戦いに備えることにする。ともかくも、テレスタの空いている左腕に取り付くと、ブーブーと文句を言いながら一緒に歩き出す。後には、静寂と一体化している空気のようなライナスが取り残されていた。


 夕食の席は、何を間違ったのか、修羅場と化していた。間違ったのは、主にテレスタの人化魔術のタイミングだったのであろうと思われるが。


「はい、テレスタ、あーんっ」


「いや、ミレアさん、私としては食器の使い方をだな… あむっ」


 テレスタは指先の意識を通すために食器を自分で使って訓練をしようと思っていたのだが、左右に取り付いたダークエルフがそれを許さない。テレスタの手がまだ器用に動かないと知るや、「私が食べさせてあげます!」「いや、あたしが!」というやり取りが始まり、テレスタは口を開けばスプーンを突っ込まれる有様となっていた。


「ちょっと、そっちばっかり見てちゃだめよ?テレスタの好物は、お魚でしょ?はい、あーん!」


「あむっ 美味い。では無くてだな、ちょっと落ち着こう。落ち着きましょう?」


「私一人でしたら、こんなに慌ただしく食べなくても良いのにねぇ、うちの小娘がしゃしゃり出てしまって、困ったものだわ。」


「テレスタの好みは私の方がずっと解ってるわよー、ね?テレスタ?」


 …どうしてこうなった。視線を泳がせると、もはや透明になりかけているライナスを捉える。


“ライナス!助けてくれ!”


 テレスタの悲痛な念話を聴いて徐に頭を上げるライナス。その口元には、諦めたような笑みが浮かんでいる。いや、悟りを開いたかのような、穏やかな笑みともいえる。


「テレスタ殿、私は悟ったのだよ。この世には、2種類の人間がいる。モテる者と、モテない者だ。」


“いや、そうかも知れない、そうかも知れないけど、それ今はいいから!お前むしろイケメン側だから!”


 テレスタとしては藁をも掴むつもりで話しかけたのだが、よもやライナスまで混沌に飲み込まれてしまうとは。その横では、相変わらず激しい闘争が繰り広げられている。


「ふ、生まれて30年の子供風情が、大人の余裕を知るがいい!」


「ふん、ミレニアム生きてる老体より、これからミレニアム生きる私が魅力的だって、証明してあげる!」


 ミレアの横には本邦初公開の水の精霊ウンディーネが、カーミラの横にはお馴染みルノさんが、召喚されて一触即発の様相。召喚された側は、「「私たち、なんで呼び出されたの?」」と呆けてしまっているが…そんな精霊たちをよそに、ヒートアップしたダークエルフの祖母と孫娘2人の精霊魔法がさく裂する!


「これで!」「どうだ!!」


「やかましい!!!!」


 実際にさく裂したのは、テレスタの怒りの催眠ガスだった。2人の口から、「ほへぇ」「うにゅう」と言葉にもならない気の抜けた吐息が漏れたのを最後に、戦場は沈静化され、一次休戦とあいなった。それを見て、テレスタは安堵の息を漏らす。シーラさんが手配してくれた宿の食堂で精霊魔法などぶっ放したら、間違いなく殺される。仕事以前の問題だ。

 その後、自室で目を覚ました二人は、テレスタとルノ、それにまことに遺憾な初登場をさせられてしまったウンディーネのブロケルさんに小一時間説教をされ、流石に冷静さを取り戻したのか、しゅんとした表情で項垂れ、確かにやり過ぎだったとお互いに和解した。人化魔術がうまく行ったのはいいが、それ以上に思ってもみない余計な荷物を抱えてしまったと、頭を抱えるテレスタであった。




いつも有難うございます。

こういう閑話的なの、難しいですね。

慣れれば筆が進むようになるのだろうか…

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