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毒牙の泉  作者: たまごいため
第4都市モレヴィア
23/105

亜人。

「…なるほど。」


 男は、会議机の上に両肘をつき、顔の前で手を組むと、思案するように瞑目した。モレヴィア冒険者ギルド総統の肩書を持つ彼は、およそ冒険者達が集うギルドを纏める者とは思えない華奢な体躯で、儀礼用とも言うべきグレーのテーラード・ジャケットを羽織っていた。インナーには、真っ白なカッターシャツを着用しており、彼と相対するように着席しているレンジャー姿のシーラと比べると、その雰囲気のギャップは凄まじい。

 

「シーラ部長、あなたのおっしゃることは良くわかります。確かに、未到達地域において魔獣を使役し、その調査を進めるという事が可能であるならば、それは我々にとって非常に大きな利益となりうるでしょう。」


 言葉を切ると、彼は閉じていた瞼をゆっくりと開く。その目は鋭く、幾何の油断も含んではいないようだ。


「ですが、それはあくまで魔獣が我々に100%従うという過程での話。不測の事態が起これば、その責任追及を逃れる術は在りません。」


「そのあたりの覚悟は出来てるよ。私だってちょっとした思いつき程度でこんな大層な話、総統殿にお伺いを立てたりはしないさ。」


 上司相手にもぶっきら棒に振る舞うシーラに、少し眉根を上げてため息をつく男。


「そのような言葉遣いは、冒険者と相対している時だけに収めて頂けますかな、シーラ部長。ギルドのイメージにも関わりますので。」


「これはこれは、失礼いたしました、マリウス総統。以後気を付けますよ。」


 大仰に両腕を開いて厭味ったらしく答えるシーラ。対するマリウスは、特にその嫌味が堪えたという様子も無く頷く。


「うむ、是非そうして下さい。モレヴィア・ギルドはロンディノムでも王都に次ぐ規模を誇るギルドです。部長ともあろう人間が、そのような態度では示しがつきませんからね。」


(チッ、モヤシが。解ったような口を利くんじゃないよ。)

 

 彼女はこの男が嫌いだ。文官風情が実力主義のギルドの上に立とうなど、気に入る筈もない。何故このような男がギルド総統という地位についているのだ、というもう何度目か解らない悪態を、頭の中で反駁する。解っては居るのだ、ギルドを抱える国が決めたことだ、という事は。

 冒険者ギルドというのは基本的に世界中に拠点を持つ独立期間と考えられてはいるが、その抱える冒険者達は考えようによっては強力な傭兵部隊となりうる。そして、そのような傭兵部隊を一独立機関に任せ国内に抱えるというのは、当然のことながら国家にとって大きな脅威となる可能性を持つ。それ故、国内の主だったギルドの総統には国家から選任された役人が就任し、ギルド側はその活動についての一切の権限を譲渡することが義務付けられている。そのようにして監視の目を光らせることで、ギルドが独自に国家転覆を企てることを未然に防ごうという訳である。そして、モレヴィア冒険者ギルドはマリウスの言葉にも在るように王都に次ぐ規模を誇るマンモス組織であるから、いきおいその総統を任される文官は頭が切れ、かつ保守的であるということになるのは必然であろう。


「さて、話が逸れてしまいましたが、これはたとえ部長職というあなた自身の進退を天秤にかけたとしても、その責任の範疇に在るとは言えません。使役している筈の魔獣が、滞在先で暴れ出す可能性は?チームとして活動していた冒険者や職員を殺害する可能性は?ゼロではありませんし、むしろ魔獣なのですから、大いに有り得ると考えるのが普通でしょう。」


「しかし、彼は念話も行使できコミュニケーションも円滑に量れている。問題なく冒険者と動くことも出来る筈だ。」


「シーラ部長、それを一般の人々や冒険者たちにどのように説明しようというのです?奴はコミュニケーションや意思疎通の問題以前に、魔獣なのです。そのような相手を信用しろといかに冒険者たちを説き伏せたところで、どれだけの信頼が得られるでしょう?」


 シーラはギリリと奥歯を噛む。反論する術が見当たらない。


「そういう訳ですから、私としては魔獣をギルド職員の腕として働かせる、ということに関しての許可は出すことが出来ません。私どもの判断は、国を代表するギルドの判断として、周囲から認識されるわけです。もしも、一地方のギルドがそのまねごとを始めて問題でも起こせば、私どもの責任追及は免れませんし、モレヴィア冒険者ギルドの沽券にも係わります。そうですね、この際ですから、職員の枠は種族を固定する決まりを創った方が良いかも知れません。モレヴィア冒険者ギルドが雇用出来る職員は、人類か亜人の要件を満たさねばならない。使役した魔獣などに関しては、あくまでギルドからの依頼という形のみを通じて、その活動を冒険者個人の責任の範囲で認める。ふむ、このように通達を出しておきましょう。異論はありませんね?シーラ部長。」


 わざわざ確認する必要もないことを、したり顔で確認してくるマリウスに辟易したシーラは、黙って頷くと総統の事務室を辞する。ドアを閉めると、その表情は苦虫を噛み潰したように歪んだ。


(くそ、これが通ればヒュデッカの奥地の情報が手に入る、またとないチャンスだったってのに!自分の地位カワイさに反対してくるとは思っていたが、ギルドの沽券だと?てめぇの首の間違えだろうが!)


 腸が煮えたぎるのを押さえて、情報統括部へと戻っていくシーラ。その姿を見た職員の誰もが息を飲み、(今シーラさんに触れてはいけない。命に関わる)と本能的に察知していた。

 事務所ではテレスタが午前のやり取りの時と同じく、会議机の上に乗せられていた。彼に対する調査は9割方完了し、単に結果待ちの状況であると言えるし、そもそもテレスタに結果を伝える必要も無いので、あとは彼らの身の振り方をこちらの方から考えるだけということになるのだが、それでも何かしら期待を込めた視線でこちらを待つテレスタに、シーラは残念なお知らせだ、と前置きをしてから話し始める。


「総統殿は魔獣をギルド内で働かせるつもりは無いそうだ。万一の時に自分の首が飛ぶのが怖いんだとよ。」


“首が飛ぶのか?それは確かに怖いな。私だったら飛ばせる首はいくつかあるが…”


 首が飛ぶ、の意味が解らなかったテレスタは文字通りに捉えると、シーラはシーラでそれを冗談だと思ったのか、先ほどのイライラした表情から一転、くっくっと可笑しそうに笑った。


「あんた、本気で言ってるんじゃないだろうね?首っていうのは要するに仕事を失うってことさ。それでね、職員になれるのは人類と亜人のみ、という規定までご丁寧に発令するんだそうだ。だからね、取りあえず職員として働くって話は諦めな。」


“うーむ。そうか、人類と亜人のみか…”


 残念そうに漏らすテレスタ。取りあえずそれについて伝えることは以上だ、と言いたげなシーラは、話を切り替えて今後の事に触れる。


「この後、お連れさんとモレヴィア観光でもするつもりだったんだろ?下手なことしないと誓ってくれりゃこっちとしては関知しないから、好きに動いたらいい。ルダスだけ、同行してもらうようになるけどね。」


“有り難う、了解した。”


 テレスタは返事を返しながら、別の事を考えていた。


(うーむ、亜人、か。)





 その夜、テレスタ一行は観光をひとしきり終えて、宿の部屋へと戻って来ていた。部屋割りはミレアとカーミラで一室、ライナスとテレスタで一室。ギルドの用意してくれたこの宿は珍しく風呂なども完備されており、ミレアとカーミラは夕食前に入浴するという事で、部屋をすでに後にしている。その際「テレスタも一緒にどうですか?」とミレアから執拗に誘われたが、“えっと、まぁ、うん、そのうち”などと言って何とかごまかす。何となく超えてはいけない一線であると本能的に察したのだ。その後ろでカーミラは赤くなってモジモジしているし、この一族は大丈夫なのだろうか…


「ミレア様は凛として美しい方だったのだが、お前が現れてから何というか様子がかなり変わられたな…。」


 ライナスが遠くを見ている。そっとしておいてやることにする。

 そんなことよりも、テレスタはやるべきことがあるのだ。シーラから聞いた言葉、亜人。現在ではエルフやダークエルフを主に指す言葉として知られているが、かつては他にも狼人や鳥人、リザードマンや果てはドラゴニュートまでいたと言われている。イネアの記録庫でその事を知ったのだ。多分、ダークエルフという長寿の一族であるからこそ、イネアは人間族では考えられないほど時間をさかのぼった時期の事まで記録として残してあるのだろう。

 そこでテレスタは考える。ドラゴニュートが亜人なら、蛇人も亜人なのではないか、と。そして、容姿の変化を伴う魔術は、無属性魔術の範疇。もしかすると、クロノスの魔術を使えば、身体の小型化という空間魔術だけではなく、「人化」という変化魔術も使えるのではないだろうか。


「クロノス、いけるか?」

「主よ、不可能ではないが、容姿はどうするのだ?まさか蛇面、という訳にもいくまい。」

「それは、そうだな…。何となく、今まで見てきた人の平均、というのでどうだろうか?」

「うむ、それならばやってみよう。」

「よー、大将、人間の形になったら顔が三つでした!なんてことにはならねぇのかよ?」

「う、それは忘れていた。」

「そのあたりは善処しよう。」

「全力でお願いします!」


 頭の中でそんなやり取りが成される。すると、クロノスが大量の魔素を集めて、術式を組み上げていく。隣で遠い目をしていたライナスが、「何事か!?」と振り向く。ああ、伝えておいてあげれば良かった。すまぬ、ライナス。術が成功した後の結果にも驚くだろうなぁ。重ねてすまぬ。今度お詫びに霊水でも差し上げよう。

 馬鹿なことを考えていると、全身がまばゆい光に包まれ、やがてその光が形状を変化させていく。蛇であったものから、人間の形へと…。


カッ!!


 強力なフラッシュのような瞬きに思わずライナスは両腕で目の前を覆いながら目を瞑り、視線を逸らす。そして、光が納まった後に恐る恐る視線を向けると、先ほどまで黒蛇の居た所には、一人の人間が佇んでいた。

いつも有難うございます。

風邪をひいた模様です。

でも風邪って治った後は身体すごく柔らかくなりますよねー。

お試しあれ。

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