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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
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殻から出たら。

狭い狭い。真っ黒。暖かい。

ここから出たい。どうすればいい?どうすれば、この空間から出られる?

いや、知っている。この空間からどうすれば出ることが出来るのか。

それはきっと、こういうことだ。

‐‐‐本能のままに口の先端、口吻を突き立てる。


ピシッ


 小気味良い音を立てて、目の前に存在していた壁に隙間が出来る。とはいえ、壁があるとも認識していなかったのだが。とにかく狭苦しいところに閉じ込められているのだということだけしか解らなかった。

それが、外界というものを隙間から眺めて、改めて実感される。

 スン、と鼻で呼吸をする。風に乗って、何だとも認識できない香りを嗅ぐ。直観的に解ることをやっていく。舌を出すと、周り全体の温度を知覚出来る。そして、目に入ってくるカラフルな空間。


これが、世界。


 生まれたばかりのそれは、言語も感情も無いまま、なんとなしにそれを理解した。


 彼は今、この世界有数の巨大な湿原に居る。人にはヒュデッカ大湿原と呼ばれており、その広さは地球でいう所のアマゾン川流域に匹敵するといえる。今は雨季が終わりを告げ、乾季へと移り変わるさなかだ。とはいえ、この巨大な湿原から水が絶えることは無く、そのおかげでこの場所は無数の生命の息吹にあふれている。


 漆黒のタマゴから這い出た彼は、先ずはその自分の宿となっていたものをじっと見つめる。何故、こんなものの中に入っていたのか?頭にそんなことが過らないではないが、ともかくその殻からなにがしかのエネルギーを感じ取り、それをガリガリと顎でかみ砕く。

 何か、身体に掴んだり押さえることのできる器官があればよいのだが、彼の身体にはそのようなものは内容だった。タマゴの殻が転がっていかないよう、ゆっくりと端から咀嚼していく。空腹感。まずはこれを満たさなければ。これを満たすために動かなければどうにかなってしまう!本能とは良く出来たもので、思考など全く介さなかったとて、生き物は死んだりはしないものだ。

 

 少し腹が満ちたところで、彼はスルスルと前へ進む。眼前には、大人一人が入れそうなほどのサイズで、深さは膝丈ほどであろう穴。そこに透明な液体がなみなみと溜まっている。その液体の上に顔を出し口をつけようとしたところで、その表面に移り込む動くものに一瞬驚愕して飛びのく。


はて、周りには動く気配は無かったはずだが。


 もう一度顔を泉の上へと出してのぞき込む。そこに移るのは真っ黒い細長い生き物が、首をもたげている様子。ああ、もしかして。これが自分なのかと彼は思う。

 彼は生まれ落ちたこの瞬間から驚嘆すべき知性を持っていた。それ故、すぐに自分自身という認識が生まれていた。人間の子供ですら、自我が生まれるまでにかなりの時間が要するというのに、彼はそれを生まれて30分で成し遂げてしまったことになる。

 とはいえ、そんなことを彼自身が認識しているわけではない。ただ、水面に映っている黒い生き物は自分なのだと認識しただけだ。

 

 水を少し口に含んだ後は、くるくると器用に丸まって、睡眠をとる。殻から出ただけで、体力の殆どを使い尽してしまった。あとは先ほど食べたタマゴの殻が消化されるのを待つほか無い。彼はゆっくりと意識を手放していった。


‐‐‐‐


ライル、起きましたか?寝覚めはどうでしょう?器に入ることは出来たみたいですね。


はい、イストリア様。器に魂として入ることが出来ました。

これから長い一生が始まるのですね。

それにしても、人ではない生物に生まれ変わるなんて、いつ以来かなぁ。


そうですね、普通、最後の転生は人になることが多いですが、高等な知性を持つ生物・愛を理解できる生き物なら、どんな生き物にも転生できます。今回のあなたのようにね。


それにしても、こうして現実世界で深く眠ってしまうまでは、自分自身の魂の記憶をすっかり忘れてしまうなんて、毎回の事ですけど、本当に新鮮です。


ええ、そのような驚きの中に生きることが、一生を生き抜くことの本質の一つですから。

もし、困ったことがあったら、深い眠りの中で私に尋ねなさい。出来る限りのサポートをしましょう。現実のあなたには、直観としてそれが聞き取れるでしょうから。


はい、イストリア様。有難うございます、そろそろ時間のようですので、戻りますね。


行ってらっしゃい、ライル。楽しんで来てくださいね。


‐‐‐‐


 ゆっくりと丸めていた身体をほどく。まるで束められたホースのようになっていた身体がゆったりと伸びてゆく。辺り一面は真っ暗で、唯一森の上にはキラキラと美しい星々が瞬き、銀河の腕が夜空の端から端まで流れている。静かな光をたたえた恒星たちが空間をいっぱいに彩り、得も言われぬ美しい風景が広がっている。

 だが、彼はそんなことには一切頓着していない。

ベロンッ

 瞬間、身体全体から一枚皮が剥がれ落ちる。自分が今しがたまで羽織っていた皮の長さは1メートルほど。その隣の自分はもう少し長く1メートル20センチほどあるだろうか。どうやらこうやって皮がはがれて成長していくようだ。それも驚くほど早いスピードで、身体が大きくなるらしい。

 同時に、またも空腹感。自分の脱いだ皮をその場でモリモリと咀嚼していく。そして、あっという間に食べつくすも、今度は空腹感が満たせないことに気付く。当たり前の事だが、朝から自前のものしか食べていないため、食事を外から取り入れる必要がある。是非とも。なぜならお腹が減っているから。


 スルスルと森の中を音もなく進んでいく。時折スンスンと鼻でにおいをかぎ、そして鼻の下にあるピット器官で周囲の温度変化を感じ取る。地球の蛇には体温を感知するピット器官という特殊な器官が備わっているが、それは彼も同様に備えていた。

 暫く進むと、40センチほどの大きさのウサギを発見。発見、というよりは、熱センサーで感じ取っているだけなのだが、相手と自分との距離はぴったりと解る。

 幸いというか、相手は昼行性であったようで、ピクリとも動かずに眠っている。木の洞を住処にしているようで、そこで外敵から身を守っているのだろう。だが、視覚からは逃れられても、赤外線センサーから逃れることは出来ない。

 (ふ、甘ちゃんが…)そう、思わなくもないが、何しろ言語をまだ知らない彼は、内心ほくそ笑む程度しかできない。そのまま狩りへと取り掛かる。大あごを開くとそこには鋭く長い1対の牙。その先端からうっすらと水滴が滴っている。


毒牙。


 彼は自分の武器を直観的に理解していた。その使い方も。そうして鎌首をもたげると、木の洞で眠っている獲物へガブリ!と牙を突き立てる。

 使ったのは神経毒。体中の神経伝達を阻害し、筋肉の動きを止め、呼吸困難で死に至る強烈な毒素だ。眠っているウサギは痛みでたまらず飛び起きたが、多量の神経毒を撃ち込まれてあっという間に絶命する。

 彼は毒牙を折りたたむと、大あごに生え揃っている牙でウサギの皮膚を難なく引きはがすと、肉に食らいつき咀嚼していった。本来であれば丸のみにしたいところだが、この大きさのウサギを一口では飲み込めないし、何しろ自分は顎も牙も驚くほど強いようだったので、気にせず肉となく骨となく噛み千切って飲み下すことにした。


(うーむ、美味い。やはり自分の皮だけじゃあ物足りないよなぁ。)


そんなことを思ったか、思わなかったか。今晩はもう食事は十分だろう、と考えると、獲物を捕らえた木の洞でクルクルと丸まって眠りに落ちていった。




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