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毒牙の泉  作者: たまごいため
第4都市モレヴィア
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ティラコ・スミルス①

ガルルァ!!


 強烈な横凪ぎの爪を回避しながら、テレスタはミレアから離れた位置に着地する。瞬間、ミレアとカーミラの前には硬化毒による防壁が展開。かなりの硬度を誇る高さ数メートルの壁は、瞬きの間に鋭利な刃物のようなものでバラバラに切り裂かれる。


「ルノ!お願い!」


 カーミラの指示に素早くルノが応じ、3人のダークエルフは風の加護に包まれる。


“奴も風を全身に纏ってるわ!厄介ね!”


 ルノが舌打ちを1つ。その間も休みなくライナスは次々と矢を番えて放つが、それらは全て風の障壁に阻まれ、ボロボロに切り刻まれて、あるものは空へと巻き上げられ、あるものは地面へと落下していく。


 それらの動きに合わせて、マルコーニの檄が飛ぶ。

「前衛、陣形を整えろ!後衛は詠唱開始!やつの動きを止めろ!」

(ちっ、なんでこんな所でこんなやつが出るんだよ!)思わず舌打ちをするマルコーニ。守備的中衛の位置から指示を出していた彼は、次の瞬間唖然として言葉を失った。


「...なんだ?...あれは?」


 彼の眼前で暴れる巨大な魔獣、その後方で、その魔獣すら飲み込むような見たこともない黒い影が持ち上がった。




 時間は、数刻前に遡る。テレスタ一行は順調に旅を続け、旅程の半分ほどの地点までやって来ていた。乾期の湿原は路面状態も良く、まっすぐに目的地へと向かうことが出来ていた。

ふと、ライナスの耳が、不穏な馬の足音を捉えた。それも一頭ではない。整然と真っ直ぐに此方へ向かってきている。


「ミレア様、人間族の冒険者のようです。このまま進めば、数分の後には遭遇すると思われますが、どうなさいますか?」


 警戒するライナスに、ミレアはゆったりと構えて応える。


「何も、私達を害するために冒険者がやって来るわけでは有りませんよ、ライナス。道を譲って差し上げましょう。」


 果たして数分後、五頭の馬に跨がった冒険者達が姿を現した。しかし、ミレアの予想に反し、彼等はいささか剣呑な雰囲気を纏ってミレア達一行の前に立ちふさがった。部隊の先頭を進むリーダーと思しき冒険者が、口を開く。


「もし、止まられよ、つかぬ事を御聞きするが、あなた方はイネアの村の一行か?」


「そうですが、何か?」


 少しだけ剣のある言葉尻に、ミレアは訝しむように問い返す。


「私はモレヴィア・冒険者ギルド情報統括部、部長補佐のマルコーニという。ここにおる者共はその調査チームだ。我々は先日の隊商の護衛である冒険者や以来主である商人の証言から、新種のAランク魔獣の調査に向かっているのだ。」


 そこでマルコーニはそこで一呼吸入れ、テレスタに強い視線を落とすと言葉を継ぐ。


「みれば貴方の首に巻いているそちらの黒蛇、我々の調査対象と酷似しておる。少しの間、お時間を頂けないだろうか?」


 ミレアは表情こそ崩さなかったものの、内心舌打ちした。まさかこんなにも早くテレスタの調査が入ってくるとは考えもしなかった。しかも自分達の出自も先の質問で言質を取られてしまっている。そうなるとテレスタが調査対象であることは確定なわけで、下手に誤魔化すわけにもいかない。だが、森の声に従うならばテレスタは村の守り神。モレヴィアにそのまま引き渡す訳にもいかないが...


 ミレアが渋っているのを見てとったマルコーニ。事情は読めんが、テレスタがダークエルフにとって危害を加えるような存在ではない、ということは間違いないようだ。ただし、それが人間族にも当てはまるのか…その判断は直接黒蛇の反応を見て判断する他有るまい。そのように考え言葉を紡ぐ。


「なに、取って食おうとか、実験に使おうとか、そういうわけではないのだ。協力してはくれんかな?」


 多少柔和な表情をしたマルコーニに、ミレアはこれ以上渋っては逆に立場を悪くすると判断。


「この場で調査頂けるのであれば、構いませんよ。」


 と簡潔に伝える。テレスタがダークエルフにとってどのような存在なのか、詳細まで知られれば場合によっては人間族に対する害意と受け止められかねない。それほどまでにテレスタの持つ力は強い。それならば、最低限の言葉のみを伝えるのがこの場では得策と考えたのだ。

 そうしてテレスタを首から外すと、地面へ横たえた。


「ご協力、感謝する。おい、ユマ、宜しく頼む。」


 後ろに待機していたユマ、と呼ばれるレンジャーが、なにがしかの魔道具を取り出しながらテレスタへと歩みより、腰を屈める。

 そして、それに魔力を流して起動すると、淡く白色の光が灯った。


「この道具は簡易の魔獣ランク測定器だ。なに、対象にダメージを与えたりすることは無いから、安心して見ているといい。」


 鷹揚に口を開くマルコーニ。その間も起動した魔道具に必要な操作を施したユマが、テレスタに向き合う。


「測定、開始します。」


 そして、ユマが測定器に魔力を注いだ瞬間、 バチンッ 機器から弾けるような音が鳴り、ユマが眉を顰める。


「何だ?」


 マルコーニの言葉に、ユマは首を横に振る。測定エラー。簡易の測定器とはいえ、Aランクの魔獣までは問題なく扱える代物の筈だが。その後も何度か測定を試みるユマだったが、結果は変わらない。

 思案顔のマルコーニは顔を上げると、申し訳なさそうにミレアに向き直って、告げる。


「どうやら、持参した計器での測定が難しいようだ。通常ならこのようなことは無いのだが…、悪いが、ギルドまでご足労願えんだろうか?宿泊先なども手配させてもらうし、悪いようには…」


“全員、ふせろ!!!!”


 唐突にテレスタの念話が強烈に頭に響き、反射的に全員がその場に伏せる。刹那、強烈な風圧が、全員の頭上を掠めていく。

 マルコーニ達は咄嗟に背後を見やり、目を見開いた。彼等が陣形を整えるよりも早く、襲いかかってきた魔獣が二の矢を放つために、強靭な両足で跳躍する。そして空中で右前脚を大きく振りかぶると、横凪の一撃を放った。


‐‐‐‐‐


 彼の魔獣の外観をざっくりと説明するならば、巨大なライオン型の魔獣だ。だが、その大きさや細部にはかなりの違いがある。まず、特徴的なのが白銀の相貌と、上あごから長く生える1対のサーベル状の牙。鬣の毛足はライオン程長くは無く、さりとてその面積は広く、上半身から前肢までを覆っている。両前脚の爪は非常に長く、出し入れが可能になっている。下半身はジャガーのような斑紋のついた毛皮に覆われ、独特な尻尾はまるで背骨がむき出しのように白く、節が出来ている。頭から臀部までの体長は5メートルはあり、その巨体と隆起した筋肉は対峙したものを委縮させるに足る堂々たる覇気を放っている。さらに、固有魔術として全身に風刃にも似た風の防壁を纏っており、全身から変幻自在の攻撃を可能にしていた。

 

 ティラコ・スミルス。ギルドにBランクとして登録されている、凶暴な魔獣である。


 マルコーニ一行はギルド職員ではあるが、情報統括部のメンバーは皆一様に元冒険者であり、それらの中にはマルコーニをはじめCランクで活動していた熟練の腕前を持つものも多くいた。情報統括部は実地調査を行うことも多く、素人ではその厳しい環境について行くことが出来ないことから、それなりに活躍している冒険者が様々な理由でスカウトされ、チームを組んで活動しているのである。故に彼らは下手な冒険者パーティよりも優れた連携を取り、一筋縄では崩れない団結力を持っている。

 しかし、現在まさに対峙している相手はBランク。冒険者の中でもBランク相当の実力者が5人パーティで挑んでようやく互角に渡り合えるという化け物だ。


 だが、その化け物を前にしても熟練の経験で怯むことなく動いていた情報統括部のチームが、唖然と動きを止めてしまう程の圧倒的な存在が、その化け物の背後に突如として出現した。


“人間族よ、足手まといになりたくなければ、ダークエルフ達とともに退避せよ。カーミラ、風の障壁を全員の前に頼む!”


 念話が頭の中に鳴り響く。マルコーニ一行は、迷うことなくその判断に従う。数々の死線を越えた経験が警鐘を鳴らしているのだ。この存在に対立してはならない、と。

 一方、ティラコ・スミルスは一瞬だけ怯むように背後を振り返ったが、自身の強者たる矜持が傷ついたのか、巨大化したテレスタに向き合った。他の有象無象は後だ、目の前の強者を食い破るのみ。


ガアアアアァァ!!


 咆哮を上げ、風の加護を爆散させると、テレスタに向かって躍りかかっていく。瞬間、テレスタと猛獣の周囲は真っ白な煙に包まれた。



いつも有難うございます。

ストーリーが浮かぶときと、

全く進まないときと、

どちらも楽しい時間にしたいものですね。

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