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毒牙の泉  作者: たまごいため
第4都市モレヴィア
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情報統括部。

 黒蛇に関する情報は中々集まらなかった。過去の記録の中に、それと同様の存在は確認されていない。空間魔法を付与した魔道具で、国中のギルドと情報交換を行ったにもかかわらず、そのような魔獣はただの一度として人々の眼前に現れたことは無かった。新種、なのだろう。あるいは突然変異の類なのかもわからない。そして、冒険者から集めた情報もまた、おそらくは真実なのであろうが、その素性を明らかにするには何というか信憑性に欠けると疑わざるを得ないようなものばかりだった。

 曰く、頭が2つあったが、いつの間にか3つになっていた。曰く、隊商全員を殺せるだけの毒を持っていた。曰く、瞬間的に猛烈に光ることがあった。曰く、火炎を口から吐き出した。曰く、ダークエルフと会話をしているようだった。

 そのどれも、常識的な魔獣に対する見解からすれば、全くの出鱈目のように聴こえるが、それらを語っている冒険者が複数おり、さらにはギルドに直接関係が無いはずの依頼主である商人達までもそのようなことを言い始める始末。

 ギルドの情報統括部長は深々とため息をついた。


「これは、一体どんな冗談なんだい。毒蛇が頭を3つに増やして火を吐くとか?聴いたことも無い。第一…」


 そう、第一、体調1メートル程度のサイズの魔獣が、Aランク相当の魔素を持っているなど有り得ないことだ。人間と違って、魔獣は魔素を体内に保存している。もちろん、人間と同じようにメタ世界に魔素を流している部分も在るのだろうが、人間と違って魔素を体組成として利用するよう進化してきているのだから、そのほとんどは体内を循環していると考えるのが妥当だ。それが証拠に、基本的に高ランクの魔獣は身体に大量の魔素を保存する必要から巨大化する傾向にあり、逆にいえば魔素を大量に取り込んで巨大化したことから、高ランクの魔獣として認識されるようになっていったともいえる。

 であるならば、体調1メートルの蛇がそのような大量の魔素を持っていようはずがない。全身が魔素でできているというようなものだ。いや、もし全身が魔素だったとしても、その量はせいぜいがDランク魔獣一頭の総量程度だろう。とてもAランク相当の量に達することなど有り得ない。


「さぁて、どんなカラクリなんだかね。これは調査隊を派遣しないといけないかねぇ。あたしとしても、直接会ってみたいもんではあるが…。」


 情報統括部長として、この件を放置しておくことは出来ない。銘々の冒険者がアラートはおそらく低いだろうと見積もっているとはいえ、Aランク相当の魔獣だ。どのような形で人間に牙をむくのか、わかったものでは無い。ダークエルフの集落にも赴いて調査する必要があるだろうし、ヒュデッカ大湿原の奥地まで赴いての実地調査も検討する必要があるだろう。

 

「マルコーニ、居るかい?黒蛇の件、調査チームを創ってくれ。早急にだ。」


「了解、シーラ部長。チームは部署内で集めますか?それとも、外部に依頼として出しますか?」


 シーラはひとしきり考えた後、マルコーニと呼ばれた担当者に指示を伝える。


「部署内で行こう。今回の件は場合に寄っちゃかなり危険が伴うが、それにしては報酬らしい報酬も用意出来ないからね。」


「討伐はなさらないので?」


「ああ、それは調査の内容によって考えるよ。何しろ情報が少なすぎるからこそ調査に行くんだからね。無手でAランクに挑む程、馬鹿じゃないさ。」


 肩を竦めると、シーラは書類の山に目を落とす。マルコーニはそれを見て一つ頷くと、事務室を後にした。情報統括はギルド内でもかなり重要な部署で、冒険者の命を預かっていると言っても過言では無い。現行の魔獣の生息状況・討伐依頼件数や冒険者同士の大まかな位置取り、野党や盗賊の発生状況、果ては疫病の状況や各地域の食糧事情なども集めて、有償・無償で情報を提供しているのだ。それだけに案件は多く、黒蛇だけに構っては居られないのだ。

(出来れば、新種の調査はあたし一人でやってしまいたいんだけどね。書類の山との戦いは、あたしにゃ向かないよ。)苦笑しつつ、一枚目の書状を見やり、サインを記入していった。



 

 

 自分自身に調査のメスが入ろうとしているとはつゆ知らず、テレスタ一行は商人たちが利用している正規ルートともいえる森の中に形成された凸凹の街道を徒歩で進んでいた。途中、藪から飛び出した魔獣などはあらかたテレスタが捕食するか、ライナスの弓に打たれて絶命しており、旅程はスムーズに進行している。


「それにしてもテレスタ、本当に空間魔術が上達したわね。もう何日もその黒蛇姿だけど、一向に魔素が切れる様子もないし。」


 話しかけたのはカーミラ。対するテレスタは、ミレアの首にストールのように巻き付きながら、返事をする。カーミラの首に巻き付いていないのは、ミレアが「この前ずっと巻き付けてたでしょ!」と言って譲らなかったからで、カーミラもそのことにそれほど拘りがあるわけでも無かったのと、祖母の態度に気圧された、という経緯がある。


“ああ、クロノスのお蔭だよ。やっぱり属性魔術を使用できる首が生えると、その合理化が一気に進むみたいだ。”


 少し誇らしげに首をもたげるクロノスに、カーミラは微笑みかける。


「そうなのね、クロノス、いい仕事してるわね。」


 そういって、人差し指でチョン、とクロノスの鼻先をつつく。本来なら1メートル近く在る巨大な顔も、今は鶏の卵程度の大きさだ。見た目も少し可愛らしい気がしないでもない。


「なんだか、アグニよりも理知的で、ハンサムな気がするわ」


「有り難き幸せ。」

「ぬぅ、大将、この女俺の良さを分かってねぇな」


 アグニやクロノスの声はテレスタにしか聴こえないけれども、雰囲気は周りの人々にも伝わるらしい。


“アグニは雑駁な性格で、粗野な戦士って感じだ。クロノスは礼儀正しい、紳士然とした性格みたいだから、それが外に出てるんだね。”


「へぇぇ、そうなんだ、いつかお話しがしてみたいわね?」


 カーミラが小首をかしげて、今度はアグニの鼻づらを人差し指で小突く。少しだけ不満そうな様子で、アグニはそっぽを向いてしまった。


「ミレア様、カーミラ、テレスタ殿も。そろそろ野営の準備に入りたい。私は夕飯の材料を調達してくるから、カーミラはこのあたりにテントを準備してもらえるか?」

 

 ライナスの言葉に

カーミラは頷いて、辺りをルノの風魔法で綺麗にしていく。


“夕飯は、ウサギかなぁ。私は少し森へ分け入って、魔獣を頂いてきますか。”


 テレスタはぼんやりとそんなことを考える。夕刻の空はうっすらと雲がたなびいて斜陽の光を吸い込み、息を飲むようなオレンジ色がどこまでも広がっていた。






 明くる朝、マルコーニは選抜メンバー4人と相対して出発前の指示を出していた。今回はあくまで調査が目的であり、討伐は目的の埒外である。とはいうものの、向かう先はヒュデッカ大湿原。何が起こっても不思議ではない。一行の表情はキリリと口が結ばれ、リーダーの指示に真剣な表情を浮かべている。


「いいか、今回の目的は対象の生態調査。および実地での聞き込みだ。ダークエルフの村落にはかなりなじみ深い存在のようだから、そこからの聞き取り調査で対象のデータがかなり集まってくる筈だ。くれぐれも、ダークエルフ達相手に粗相の無いようにな。聞き出せるものも聞き出せなくなってしまううえに、場合によっては森から帰還することすら困難になりかねんからな!」


 そこまで伝えると、マルコーニは徐に馬に跨った。メンバーもそれに続く。


「目的地は、ヒュデッカ。全員、欠けることなく生きて帰るぞ。出発だ!」


 燦然と輝く朝日を背に受けながら、一行を乗せた馬は西へ向けて走り出した。向かうはヒュデッカ大湿原。未だその最奥にたどり着いた人間族のいない、魔境である。






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