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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
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冒険者と蛇。

「お、あなた、珍しい生き物を連れているね。ちょっと見せてもらっても良いですか?」


「え、ええ、最近になって森で拾ったの。かわいいでしょ?」


 少しだけ顔が引きつりそうになるのを我慢して、カーミラは笑みをつくる。対して、そんなことにはお構いなしに商人の一人がカーミラの首に巻き付いた黒蛇をしげしげと眺める。


「お嬢さん、この黒蛇、私のところの衣服と交換してくれませんか?」


「え?交換?それは困るわ。」


「いやいや、さすがに1着や2着では釣り合わない。私の店の商品だったら10点つけよう。それでどうだい?悪くない取引だと思うが?」


 実際のところ、全くもって釣り合わない取引だ。希少な獣は高く売れる。好事家ならばいくらでもお金を積んでくれるし、何しろ目の前にいるのは見たこともない2頭を持つ黒蛇だ。オークションにでも出せば一生遊んで暮らせるかもしれない。

 そんなことが頭をよぎりつつも、さすがに商人、表情には柔和な笑みを浮かべ、本心は一切出さない。


(ここで、もうひと押しすれば、今回必死の思いで商会を率いてきた甲斐もあるというもの!)


 だが、そもそも彼は知らないのだ。テレスタはペットとして飼ったとしても食費だけで破産するであろうし、そもそも絶対にペットになるような存在ではないということ。さらに言うなら、もしも本来の姿に戻ったりしたならば、その1キロ圏内にも居たくは無いような存在である、という事を。


「あー、洋服は気になるけど、やっぱり駄目ね。そもそも、この子を持って帰るなんて無理よ?ここにいる人間全員を殺しても十分余るくらいの毒を持っているんだから。やめといた方が良いわ。」


 カーミラはテレスタの正体をごまかしながら、やんわりとあくまで申し入れを断る態度を取る。流石に猛毒の事を聴いて商人は口に浮かべていた笑顔を少しだけピクリと引きつらせる。


「そ、そうですか。ならば、致し方ありませんな。いやぁ、本当に残念。」


「ええ、そうね。」


 ニッコリと笑い返すカーミラを見て、今度こそ商人は諦めて立ち去った。


“カーミラ、良かったのか?洋服10点だぞ?私は自分が帰りたい時に帰れるのだし。”


「あんた、馬鹿ね、あんたが帰りたい時に正体なんて現したら、今後この村がどうなるかわかったもんじゃないわよー。」


“そういうものか?”


「そういうものよ。人間たちにとっては、ダークエルフなんてあくまで亜人。都合が悪くなれば、何してくるか解らないわ。」


“ふーん、そうなのか。ミレアの講義がここでも役に立ちそうだな”


 テレスタは、以前に教えてもらった差別ということについて、何ともなしに考えた。この世界のヒト種族の中で、人間族は圧倒的多数を占めており、彼らは魔力が他の種族よりも低い代わりに土木や農耕の技術力が高く、様々な環境に適応して繁栄していた。彼らは自分たちを人類と呼び、ダークエルフなど他種族を亜人と呼んで一段下に見る傾向が強い。宗教というものの影響もあるらしい。ここに来ている商人のような人々はむしろ特殊で、差別が酷い場合には亜人族と場を共有することすら良しとしないらしかった。


“同じような恰好をしているのに、奇妙なことだ”


 テレスタは若干の呆れとともにそう言い放った。


 イネアの村に商人たちがやって来て2日になる。テレスタはそれまでの間、空間魔術を日に何度も練習し、かなりのレベルで消費魔力を合理化・軽減することが出来ていた。残念ながら、何度やってもアグニの頭は残ってしまったが。


「大将、今失礼なこと考えてたっしょ?」

「うるさい。勝手に話し始めるな。」


 脳内干渉にも若干慣れ始めてきている自分が怖いテレスタ。それにしても、空間魔術がここまで伸びてきたということは、また頭が増えてしまうのかなぁ。色々憂鬱だ。性格とか、外観とか、色々。


 そんな、テレスタとカーミラを遠巻きに見る視線があった。隊商の護衛を任され、仕事としてこの湿原の奥地までやってきた者たち。所謂冒険者と呼ばれる職業の人々である。5人のパーティを組んでいる彼らのうち、魔術師を職業としている女性が声をあげた。


「っひ、あの、黒い蛇...!」


「イリス、どうした?蛇なんて居るか?」


「あ、あそこのダークエルフの首に巻き付いてるやつ...」


何がそんなに怖いのか、直視もできずに指差すメンバーに、首をかしげ、眉値を寄せるリーダーの戦士。


「何、そんなにびびってんだ?確かに黒蛇なんざ珍しいけどよ。」


「そ、そうじゃなくてね、黒とか珍しいとかじゃなくて。魔素、魔素の量が...わあ!こっちに向かってくる!」


 必死に物陰に隠れる魔術師に、困惑顔のメンバー達。人間族の中では魔素を感じ取る力を持っている者は少ないが、魔術師はダークエルフたちほどでは無いにせよ、他の人間に比べると遥かに魔素に敏感なので、いかに姿を小さくしているとはいえテレスタの異常な魔素の量には気づいてしまうのだ。

 ちなみにイネアの村ではテレスタは当たり前の存在になっているのでいちいち村人が驚いたりすることは無いが、他の集落に行けば同様に大きな驚きと恐怖を掻き立てることになるだろう。


「まあ、あんまりかかわり合いにならない方が良さそうだな…」


 誰ともなくパーティメンバーはそんな言葉を漏らす。もちろん、その判断は間違っていないのだが、それを聞いてほくそ笑む者がいるのもまた事実。


(いい話聴いたぜ、あの黒蛇、さっきも商人の野郎が目の色変えてたし、かなりいい値段つくんじゃねえか?最悪素材にしちまっても高くさばけそうだ。)


 別の冒険者パーティの男は、そう考えるが早いか気配を消すと、カーミラが隊商のキャラバンをぐるりと回るのを尾行しながら、根気よく待つことに決めた。


「テレスタ、人間族の感じはどう?」


“そうだな、ダークエルフとあまり違いは感じないけど…魔素が少ないのと、あとは、なんか心が読みにくいねえ”


「それは、そうかもしれないわね。人間族は交渉事が好きだし、表情は読みにくいわ。」


“ぬー、ダークエルフでもようやく気持ちが分かるようになったばかりだというのに。先は長いな”


「まー、テレスタがそんなに頑張ること無いんじゃない?この森の守り神様なんだし、そんなに外に出ることも無いでしょ?」


“ま、それもそうか。”


「それに、外に出るなんて言い出したら、おばあちゃんが黙ってないわよ?…まぁ、あたしとしても…残って欲しいし…」


“うん?なんだ?”


「何でもないわよ!それより、もうこの辺の見物はいいの?」


“そうだね、今日はもう十分かな。帰って良く眠ることにしよう。この空間魔術、結構消費が激しくてねぇ。まだ1日中持たせることが出来ないよ。”


「そ。じゃあ帰りはルノと一緒に送ってあげようかしら?」


“いやいや、そこまでじゃない。風の魔術付与の練習をしながら、この姿で帰るとするよ。”


 カーミラは村の門と広場のちょうど交わる交差点までテレスタを連れていくと、首からテレスタを下ろして分かれることにする。


「じゃあねー。また明日。空間魔術の練習も頑張ってねー?」


 ひらひらと手を振るカーミラ。その影が門の向こう側へと消えるのをじっと見送ってから、テレスタは踵を返してアラムの源泉へと還ろうとするが…。


「おっと、残念、こっちは行き止まりだ。ちょっと付き合ってもらうぜ、黒蛇殿。」


 気配を消していた盗賊風の男が、テレスタの前に立ちふさがった。


(こういうの、なんていうんだったか?ああ、そうだ、絡まれた、というやつだな。)


 男の剣呑な雰囲気を全く意に介していないテレスタに対し、黒蛇がひるんだと思いこんだのか、ニタリと口角を上げる盗賊男。


 「お前さんにゃ恨みは無いが、眠っててもらうぜ!」


 男が取り出したのは、布に染み込ませた魔獣に効果のある強力な睡眠薬。それを2つ頭のテレスタの鼻先にあてがう。だが、それは悪手だ。何しろ、それは分類すれば毒薬なのだから。身体の中に吸収されるごとに、テレスタの魔素で分解されてしまう。数秒経ってもちっとも効果の現れない状況に、男も少しだけ焦りの表情を見せ始める。


(私に毒を吸わせようとは、敵対の意思ありとみて良いのかな?)


 そのように判断するや否や、テレスタは支持を出す。


「アグニ、よろしく」

「オーライ、大将!」


 ドッグォン!


 火球の爆発で男が彼方まで吹き飛ばされていった。

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