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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
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アーマーン①

魔鉱石というものがある。魔素の濃い地域では、通常気体である魔素が何かの切っ掛けで鉱物に付着して固体化し、その固形物に更に多くの魔素が集まり...という具合に拡大していった結果、石英の如く透明な結晶が出来上がることがある。

これが魔鉱石と呼ばれ、人間族の間では非常に貴重なものとして取り扱われている。

ここダークエルフの暮らすイネアの村においても魔鉱石は貴重な資源であるが、アラムの源泉に程近く、源泉近辺で魔鉱石がそれなりに採掘されるので、燃料として、また医薬品等として一般に利用されるほどには普及している。

そして、それは物事を記録する外部記憶としても利用されている。魔鉱石に魔力を流して特定の記憶を書き込むことで、それに再度魔力を流した際にその内容を呼び起こす事が出来るのだ。この世界では活版印刷が普及するよりも先に魔術による魔鉱石への記録が発達したため、大量の情報を保存する際には紙媒体よりも魔鉱石が利用される割合が高くなっていた。


さて、今テレスタの眼前にはそのような記録媒体として使用されている魔鉱石がところ狭しと並べられている。村の長老であるミレアが、毎日の日課として彼に記録庫から必要な魔鉱石を持ち出し、逐一解説しているのだ。その内容は現在分かっている世界の有り様、言語、魔術や精霊魔法、大湿原の外にいる人間族の営みの事など、あらゆるジャンルに及んでおり、知識欲旺盛なテレスタはその全てを吸収せんと一つ一つの媒体が写し出すスクリーンのような光のシルエットに意識を集中する。


「…という感じで、この村でもお酒を造って、この前の御祝いの席などでみんなに共有するわけです。たまに羽目をはずすのも、元気の元だと言うことですよ。」


“ふーん、なるほど、お酒はそのようにして利用されるのですね。勉強になりました。”


まあ、全ての記録媒体が真面目な内容というわけでは無いのだが。ミレアが懇切丁寧な解説をするために、それらは妙な説得力と真剣さを帯びている。


テレスタがこの村にやって来てから、既に一月が過ぎている。その間、魔素の補充のために何度かアラムの源泉には戻っているものの、ほとんどの時間をミレアの講義か、新しい魔術の練習に費やしている。

その一つに、属性魔術の訓練も含まれている。テレスタの生来持っている魔術属性は言わずもがな毒属性なのであるが、膨大な魔素を体内に宿しているため、多少燃費が悪かろうが他の属性についても扱えるようになるのではないか、という趣旨でためしに始めてみたのだ。そうして始めてみると、みるみるうちに他属性の魔術の腕が上達し、思った以上に伸びしろが有ることがわかった。特に過去にさんざんダメージを受けてきた火属性は、実体験としてその熱さがイメージしやすいのか、殊更顕現が簡単なようだった。


(もうすぐ、火属性魔術も実戦レベルで使えるようになる。魔素の使用料もかなり節約出来るようになってきたし、毒との組合せなんかも創れそうだな!楽しみだ。)


そんなことを考えていると、すかさずミレアから突っ込まれる。


「テレスタ、聴いていますか?あなたは今後、守り神としてこの湿原を治めてもらうことになるのですから、恥ずかしくないようにしなければいけませんよ?他のダークエルフの村にも顔を出すかもしれませんし......その時は私も横に立つつもりなのですから...ゴニョゴニョ」


“そ、う、なのですか?はい、頑張りますです。 ”


何だか最後の方は聞き取れなかったが、知識や文化を追いかけようという今のテレスタの姿勢から考えると、勉強を疎かに出来ない事もまた真実。魔術の事はまた後で考えることにして、テレスタの意識はミレアの講義に戻っていった。




明くる朝、テレスタは広場が白み始める時間帯に、のっそりと目を覚ます。普段なら村人の殆どが起き出してからでも未だ眠っており、カーミラからたたき起こされているというのに、何か今日は感触が妙だ。身体が、凄く重い。いや、首を持ち上げると、何だか右側から地面に引っ張られるようだ。

寝ぼけ眼で右を見てみると、何だか見知った顔が深紅の瞳でこちらを覗いている。


(...どちらさま?...ではなくて...こいつは...!!!)


「がああああ!!」


あまりの驚きに、思わず首から上を思い切りのけぞらして回避行動をとってしまう。そして、その様子を淡々と覗き込んでいる深紅の瞳は…自分!


(え、何?何が起こったの?どういうこと?)


 混乱の中で必死に相手の様子を観察する。顔は全く自分と同じ。鱗も。首はそのまま後方へ伸びていて…その根元は、テレスタ自身の胴体に繋がっていた。


(あっれぇぇ?益々解らん。貴方は私?)


 試しに念話を相手へと送ってみるも、何も返ってこない。ただじっとこちらを見つめているだけ。


(参ったな…まるで何が起こっているのか解らん。いや、起こっていることは解るんだが、これはどういう…首が新しく生えるとか、あるのか?)


 そうこうしているうちに、テレスタの叫び声を聞きつけたカーミラが駆けつけてきて、その姿を見ると同時に凍り付く。


「は?どゆこと?」


“私が聴きたいです。”


 全き混乱の中、新参者だけが落ち着き払った様相で相変わらずテレスタの顔を見つめていた。



 太陽も地上へすっかり顔を出し、改めて自分の陥っている状況を考える。どうやら首はある程度テレスタの意思で動かせるようだが、知能があるのか、無いのか、自分と違う性格とかを有しているのか、さっぱり理解が出来ない。首をどのように動かしたところで、頭だけはテレスタの方をじーっと観察しているのだ。そればかりは動かすことが出来ないらしく、途方に暮れたテレスタであったが、まぁ何かちょっかいをしてくるわけでも無し、取りあえずこのまま放置で…ということに決まった。

 そして、この新しい首が生えてからというもの、お腹の減りが異常に早い。森に出て適当な獣をいくら食べても少しも満たされない。この状況に、テレスタはかつての事を少し思い出す。


(そういえば、魔素の事を知る前も、こんな感じだったなぁ。もしかして、首が新しく生えて、魔素が足りなくなったのか?)


 どうやらそうであるらしい。村周辺にはろくな魔獣はおらず、仕方なしテレスタはアラムの源泉へ暫く戻ることに決めた。そのことをミレアに話すと、


「もしかすると、新しい首にはまだ魔素が流れて行っていないのかも知れないわね。本体からそれを吸い上げようとしているのであれば、確かにこの村の環境では難しいかも知れません。お勉強が中断してしまうのは残念ですけれど、一度戻るのが良いかも知れませんね。」


“ミレアさん、すみません。ちょっと空腹が酷すぎて、今勉強をしても頭に残りそうも有りませんので。”


「仕方ありませんね。でも、テレスタ、必ず戻って来てくださいね?・・・まだまだ教えて差し上げたいことが沢山あるのですからね・・・?」


 何故だか少し顔を赤くしているミレアに、何となく良からぬ事が起きそうな予感のしたテレスタは、“あ、ああ、はい”と生返事をして、早々に村を出ることにした。


 




 アラムの源泉に戻ったころには、陽も傾きだし、2つ月が空に輝き始めていた。テレスタは以前からの縄張りに寝転がり、大気に充満する魔素を肺いっぱいに吸い込む。それだけで、空腹感とも喉の渇きとも言えない感覚が治まっていく。


(うーむ、やっぱりこの感覚だよね、魔素は大事。)


 すっと視線を自分の新しい顔へ向けると、あちらさんは相変わらず自分の事を見つめている。


(だめだ、解らん。なんか、言いたいことがあるんかいな?私にどうしろと?)


 むーん、と悩んでいたその時、アジュニャの感覚を通じて、膨大な魔素が急速に接近していることを察知する。この方向は…沼、水中からか!?


 ドバッ 「グララァアアアア!!」


 水面が一気に盛り上がると爆散し、四方八方に滝のごとく源泉のしずくが降り注ぐ。西日をキラキラと受けて一見幻想的なその光景の中央に現れたのは、ワニ。いや、顔はワニなのだが、四肢はライオンやトラのような猛獣を思わせるそれ。体表にうっすらと水を纏うような光沢を放っている。


(っ、こんな魔獣、縄張りの近場に居たらすぐに気づく筈なのに!いや、もしかすると、イネアの村に長居をしたせいで、新しい魔獣が入って来たのか!?)


 ワニは真直ぐに此方をにらみつけてくる。一瞬の静寂。次の瞬間、圧縮した水のブレスを勢いよく横凪に放ってきた!


・・・魔獣アーマーン、ランクB。ミレアさんの講義より。


(魔獣の種族を覚えていたおかげで、相手の事が良くわかる。にしても、このブレスは!)


 強力に圧縮されたブレスの直撃を避けるため、体表に毒膜を張り、さらにそれを硬化させる。強化毒膜。物理的な攻撃にも、魔術にも大きな力を発揮するだろうことを前提に作り上げたオリジナル魔術だ。その硬度は非常に高く、すでに鋼鉄と変わらない強度を誇るテレスタの鱗と合わせての2重の防壁は鉄壁という表現ですら生ぬるかった。


ビシッ


 だが、アーマーンの放ったブレスはその表面に大きな亀裂を起こす。大量の水が一点から照射されたことによる水圧は、想像をはるかに超えて凶悪だった。


(ならば、その口ごと黙らせてやる!)


 テレスタはすぐさま反撃に出る。アーマーンを串刺しにすべく、大量の毒槍を空中に生み出していく。狙いは、絶え間なくブレスを吐いている開口部、そしてどてっぱら。かすりでもすれば神経毒が相手の体内に侵入して、動きを大きく阻害するはずだ。

 とはいえ、アーマーンも毒槍が呼び出されていることには気づいている。素早く口を閉じようとする瞬間と、テレスタが槍を一斉掃射するのが重なった。そして、高速で突き進む毒槍があわやアーマーンの全身に着弾する、と思われた刹那、ワニの魔獣の周囲には巨大な水球が張り巡らされた。


ゴボボボッ


 水の抵抗に勢いを失い、あえなく水面へと落ちていくテレスタの毒槍。しかしアーマーンも防壁を張っている間は動くことが出来ないらしい。暫くじっとにらみ合いが続く。


(決め手に、欠ける。)


手詰まりの中、思考を高速で回転させるテレスタの事を、新しい首はじっと見つめていた。




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