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毒牙の泉  作者: たまごいため
湿原にて。
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長老の復帰。

 いざ、カーミラの救出に向かわんと意気込んで森の中を疾駆していたライナス一行は、眼前の光景に度肝を抜かれた。アラムの源泉までの行程の半分もいかない辺りで、唐突にカーミラと合流したのだ。それも、ただ合流しただけではない。カーミラの後ろには、体長15メートルを超える巨大な黒い塊が蠢いていたからだ。咄嗟に陣形を整え弓を番えるライナス。っと、その様子に慌てて静止を促すカーミラが叫んだ。


「ライナス、やめて!彼は私を救ってくれた大事な友達なのよ!」


 矢の斜線上に飛び出してきたカーミラに驚きつつ、ライナスは眉間にしわを寄せる。同時に、カーミラの言葉がにわかには信じられないが、見るからに敵意のかけらもない大蛇に、多少警戒心を弱めながらも疑問の声を上げる。


「この蛇に助けられた、と?それは運が良かったと言えるかもしれないが、それが何故村まで付いて来ようというのだ?場合によっては村を襲うつもりなのかもしれんのだぞ。」


 疑問の声に、カーミラは毅然として応える。


「いえ、村には私が付いてきてほしいと言ったのよ。私とルノの2人ではアラムの源泉に住む魔獣を退ける力が無かったから…彼に護衛を頼んだの。」


 それを聞いてなおも訝しげに眉を顰めるライナス。


「カーミラ、何を言っているんだ?魔獣に護衛を頼む?そんなもの、どうやって…」


「彼は、精霊と同じで、念話が使えるのよ。それにルノが気付いて、そして私からも話をしてみたの。そうしたら護衛を引き受けてくれて…」


 ライナスはどうしたものか思案顔だが、少なくともこんな巨大な魔獣を村まで引っ張り込むわけにはいかないので、カーミラを説得することにする。


「カーミラ、ここから先は私たち狩人が護衛を行おう。彼も助けてくれたとはいえ、にわかには信じがたい話があまりにも多すぎる。村の皆を混乱させるわけにもいかない。ここで一旦、引き取ってもらうことは出来ないか。」


「嫌よ。」


 あまりにも即答され、ライナスにも苛立ちが浮かぶ。


「!、カーミラ、遊びじゃないんだぞ!村の事も少しは…」


「彼は、おばあちゃんの病気を治せる可能性がある。だから連れていく。」


「なっ!そのようなことが、どうやって!?」


 予想外の発言に、ライナスは目を見開いて驚いた。そんなライナス達狩人に、カーミラは事情を説明した。ウォーバットに襲われていたところを助けられたこと。念話を通じて言葉を教える代わりに、アラムの源泉の霊水を持って帰らせてくれたこと。もののついでに、暇つぶしという名目で護衛も引き受けてくれたこと。


「それから、おばあちゃんの病気の事を話したのよ。霊水を持って帰る話をしたときに、なんでそれが必要なのかってことを聴かれたのね。それで、おばあちゃんは魔素が枯渇していて、どうも魔素の流れを遮断するような毒物が身体に流れているかも知れないって、森の声を聴いたんだって話したわけ。そしたら、テレスタは毒魔術のエキスパートだって言うから、もしかしたら、おばあちゃんの身体の毒も分解できるんじゃないかって話になったの。」


 一つ一つの話がいちいち突飛なので、目を白黒させていたライナス達であったが、カーミラの言葉だけで信じたものか決断できないでいたところ、頭に直接声がかかる。


“ライナス、あんたは相変わらず頭が硬いわね!これだけの力を持った魔獣なんだから、私たちの事を殺そうとすればいつでも殺せたのよ!村に連れていっても問題ないから、少しは信用しなさいよ!”


 念話の言葉はルノだ。彼女は性格はあっけらかんとして軽いが、精霊は実はダークエルフ一族にとっては敬うべき森の眷属であり、彼らにとっては非常に畏れ多い存在である。…カーミラはそんなことはすっかり忘れているようだが。


「ルノ様、しかし…」


 その時、ルノの声とは別の念話がここにいるダークエルフ全員に放たれた。


“では、私の方からも。初めまして皆さん、私はテレスタといいます。たまたま今日はカーミラ殿が襲われている所を助けたわけですけど、長老がご病気なのですね?毒に関することであれば私の毒魔術を使えば解毒出来るかもしれませんよ。さらにいえば、ご病気の長老が、今日、運よく出会うことのできたカーミラ殿のおばあ様であるとのこと。それならば尚更の事、私も一つ力になりたいと思うのです。なに、特に具体的な報酬を求めたりはしません。今日は生きている中で初めて会話を楽しめましたし、そのお礼だと思ってもらえれば”


 やけに饒舌で、出来た言葉遣いをする魔獣に、一同瞠目する。先ほどまでテレスタと念話をしていたカーミラやルノまでも、一体どんな変わりようだと驚いている。先ほどまで全く幼児のような話し方をしていたにもかかわらず、いきなり一人称が私になったり、敬語を使ったり、一体どこで覚えたのだ?と二人して首を傾げてしまう。

 先刻、テレスタはカーミラ・ルノの2人と念話で会話をしていた。その最中から今まで、彼は意識に直接働きかける念話から言葉の持つ意味を拾い上げ、語彙を構築してまた念話の概念に戻す、という作業を頭の中で繰り返し繰り返し行い、急速に語彙力を増やすことが出来ていた。そのためにザックリではあるがある程度の敬語なども使えるようになっていたのである。


さて、念話で話しかけられたものの、念話をすることが出来ないライナスは、仕方なく言葉で返事をする。

「テレスタ殿、このたびは村の長老の孫娘たるカーミラをお守り頂き、感謝に堪えません。ご提案も甚だ嬉しく思いますが、そのお姿では村にいたずらに混乱が発生するかもわかりません。まことに失礼とは存じますが、村の門の外、少し離れた広場が森の中にございますから、そちらでお待ちいただくわけにはいきませんでしょうか?」


ライナスとしてはこれ以上は譲れない、という提案で、カーミラも渋々ながらそれなら仕方ないか、というような表情を浮かべている。それに対するテレスタの返事は、


“いいよー”


痛恨の語彙変換ミス。まだ生まれて半年も経っていないテレスタには、敬語の持続は荷が重すぎたようだ。





 カーミラが村にたどり着いてまず声をかけてきたのは、当然、ムルクであった。ムルクは烈火のごとく怒ったりはしないが、冷静に飄々と怒りを表すため、カーミラとしてはむしろその方が恐ろしい。小一時間極低温の説教部屋で軟禁されたのち、表情をげっそりとさせながらも歩き出した彼女は、持ち帰ることのできた霊水を持ってムルクとともに長老であり祖母である者の待つ部屋を訪れていた。


 この数週間は昏々と眠りについていた長老・ミレアは、霊水を口に含ませて飲み下させると、数分の後に見る見る顔色に赤みが差し、さらに数分するとおぼろげに意識を取り戻した。


「カーミラ、あれだけ無理はするなと言ったのに…私に心配ばかりかけて。」


ミレアの言葉に、後ろでムルクがうんうんと頷いている。


「ごめんなさい、おばあちゃん。でも、久しぶりにこうして会話が出来て、本当に良かった…」


 心配をかけて申し訳ないと思いつつも、少しだけ元気を取り戻した祖母に思わず安堵の表情を浮かべるカーミラ。


「それに、おばあちゃんだって、人の事は言えないんじゃない?何週間も意識不明で寝込んでいたのよ?」


「そうね、それを言われると耳が痛いわね。」


 朗らかな会話をする二人の後ろから、ムルクが声をかける。


「長老、実はその病気の事なのですが、もしかすると魔素の流れを阻害する毒物が原因なのではと…」


「ええ、存じています、ムルク。眠っている間も、森の声が私を呼んでいてくださいましたからね。」


「何と!では、その治療方法についても、何か…?」


「もちろんです、カーミラが連れて来てくれたのでしょう?あの大きな影を。」


「すでにそこまでご存じでしたか。」


カーミラが口を挟む。


「おばあちゃん、テレスタの事まで見えていたの!?」


「ええ、あれだけの巨大で純粋な魔素の流れ、森の声を聴かずともその存在位は直ぐに認識できますよ。それに、そこに悪意や害意が無いこともね。」


ニッコリと微笑みながら、ミレアは応える。おばあちゃんと呼ばれているが、見た目にはカーミラとそう歳の離れていない妙齢の美女にしか見えない。


「森の声が、にわかに大きくなってきたのですよ。彼の力の化身に救いを求めよ、道は先に拓けん、とね。ルノ、こちらに来ていますか?」


唐突にルノを呼ぶミレア。瞬間、ふわりとした一陣の風と共に、ルノが枕元に具現化する。


“もちろんよ、ミレア。全身に加護を送るわね。”

「ありがとう、じゃあ、早速行きましょうか。」


 ルノは、ミレアが何を求めているのか、幾百年の年月一緒に過ごしてきた仲だけに、暗黙の内に理解が出来るのだ。風の加護を頼りに寝台から立ち上がろうとするミレアをみて、驚いたムルクが引き留めようと歩み寄る。


「ミレア様、ご無理はなさらず!何も昏睡から目覚めた直後でなくても、彼のものはいつでも良いと言っておりますし…」


「いえ、問題ありませんよ、ムルク。貴方も一緒に来てくださいな。それから、カーミラ、フレッドも読んで来てもらえますか?」


 声色も落ち着きを払っており、表情もつとめて柔和で穏やかに保っているけれども、ミレアの内心は少し興奮を含んでいた。


(森の声が真実ならば、彼は蛇では無く、この湿原で太古に失われていた種族。この湿原全体の守り神の、再来なのですから。これが、眠ったままでいられますか!)


 自分の病気のことなどすっかり忘れて、守り神殿に拝謁給う!という雰囲気のミレアなのだった。 


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